沖縄本島北部のやんばる地域を世界自然遺産登録を目指す政府は、同地域の国立公園化を計画している。しかしこの計画ではやんばるの自然を保護するためのものではなく、かえって多くの生物の生息地の分断をもたらし、孤立した個体群の衰退を招く危険性があるとして、以下のような意見書を記者会見をして公開するとともに関係各省庁に提出することにした。
意見書・やんばる地域の公園化計画の問題点
2016年3月、環境省は沖縄本島北部のやんばる地域を国立公園化する方針を発表した。これは世界自然遺産「奄美・琉球」への登録をにらんでのことだという。国立公園の設置は自然公園法に基づき、その優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的としている。これまでの国立公園は風景地の保全と利用に重きがおかれ、生物多様性の保護はその下位に置かれていたと言っても過言ではない。しかしやんばるの国立公園化の方針が世界自然遺産登録のためにあるとすれば、優先すべき目的(機能)は、固有種を含むやんばるの生物相の保護・保全にあることは言をまたない。そこでここではこの計画案がやんばるの個体群保護にどのように関わるのかという視点から検討してみることにする。この計画ではやんばるに生息する固有種をはじめ地域個体群を維持し続けることは不可能であり、むしろこの計画が実施されることで公園域外の森林生態系の破壊が歯止めなく続く可能性すらある。以下その理由について少し具体的に説明してみる。
1.指定地域が狭すぎる
沖縄本島のやんばるでは国立公園として指定される地域(陸域)は13632㏊で、やんばる地域、約34,000haの40%に過ぎず、その内訳は以下の通りである。
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やんばる全域に対する割合(34000ha)
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特別保護地区
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790ha
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5.8%
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2.3%
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第1種特別地域
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4,402ha
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32.3%
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12.9%
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第2種特別地域
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4,071ha
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29.9%
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12.0%
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第3種特別地域
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3,334ha
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24.5%
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9.8%
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普通地域
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1,035ha
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7.6%
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3.0%
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陸域合計
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13,632㏊
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40.1%
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この区分けについての問題点は後述するが、決定的に指定面積が狭すぎることを指摘せざるを得ない。やんばる地域よりやや狭い西表島については、全島を国立公園化(29000ha)する方針であることを考えれば、やんばる地域の公園化計画の問題点が浮かんでくる。その背後には、やんばるの林業問題がある。やんばる地域では主に国頭村で県と村が競うように森林整備事業を展開してきたし、今後も継続することを目論んでいる。たとえば国頭村でも村有林で5ha規模の皆伐(1~数カ所)を毎年続けている。
このようなやんばる地域における林業の問題点は、パンフレット「生物多様性保全の視点から考える-やんばるの今と未来」でも指摘されているように、育材をめざすいわゆる本土の林業とはことなり、様々な名目の補助金で成り立っている林業もどきの事業と言わざるを得ない。
一方、県営林では「やんばる多様性森林創出事業」(平成25年から3年間)と称して伐採(皆伐)をしており、森林の劣化は年々深刻な状況になっている。
やんばるの国立公園化計画の環境省案が何を目的として立案されたのか理解に苦しむのだが、少なくともやんばるの生物多様性や固有種を含む種または個体群の保護に有効に働く規模になっていないことは指摘しておかねばならない。これまでのやんばる地域における森林整備事業(森林施業や林道開設など)が自然破壊の元凶として起こされた住民訴訟(通称・命の森やんばる訴訟)では、世界自然遺産登録を目指すという環境行政との整合性がとれないとして、これまでの森林整備事業の不合理さを指摘し、事業続行に一応の歯止めをかけた。しかしこの環境省による国立公園化計画が実施されるとなれば、その縛りが外れることにもなりかねない。逆に言えば、環境省が県や地元自治体に配慮して、国立公園化区域をきわめて限定的に設定したものと受け取れる内容となっている。
つまり国立公園区域を限定すること、特に規制の厳しい特別保護地区や第1種特別保護区域を限定することで、裁判所の決定を事実上覆し、合法的に自然破壊ができる計画となっていることを指摘しておく。つまり、本来の世界自然遺産にふさわしいやんばるの生物多様性の保護を目的とした計画ではないということに大きな問題がある。
では、やんばるに固有な自然(生物多様性)の保護を目的とするためにはどのような計画であるべきなのだろうか。それについて検討してみよう。
2.保護地区の区分けの問題点
前述したとおり国立公園には保護の必要性に応じていくつかの区分がなされている。ここで開発による現状変更(破壊)が厳しく制限されるのは、特別保護地区とせいぜい第1種特別地域だけで、それ以外の地域では事実上、利用に厳しい制限はなく、開発が可能となる地域である。これまで多くの国立公園・国定公園、天然記念物指定地域ではあらかじめ開発計画がある地域においては本来特別保護地区に指定してしかるべき地域であっても、意図的に第2種特別地域より下位の保護地域とされてきた事例は少なくない。たとえば、西中国山地国定公園内の細見谷渓畔林(大規模林道計画)や天然記念物・阿蘇北向谷原始林(立野ダム計画)などがある。
やんばる地域は、大宜味、国頭、東の三村(面積は34000h、S-Tライン以北で約30000ha)にまたがる本島北部の森林帯を指し、イタジイやオキナワウラジロガシが優占する亜熱帯常緑広葉樹林帯が大半を占めている。ここにノグチゲラやヤンバルクイナ、トゲネズミ、ケナガネズミ、リュウキュウコテングコウモリなどの小型コウモリ類、ヤンバルテナガコガネ、リュウキュウヤマガメ、イシカワガエル、クロイワトカゲモドキなどの固有種をはじめ幾多の在来種が生息している。それ故、政府としても世界遺産登録を目指すのであろう。そうであればやんばるの森に見られる固有性と多様性の保護を保証する要件を備えた内容であることが必然的に求められる。そうした十分な保全措置を前提として、その利用が許容されるはずである。
ところがこの計画案の内容を見る限りそうはなっていない。たとえば、やんばるの自然生態系にあって重要な要素であるオキナワウラジロガシは、うち続く皆伐によって年々減少していることが推定されている状況にあって、伊江川流域には比較的まとまった群落が残っている。中でもオキナワウラジロガシを含むやんばるの原型的な森林植生が保存されている林道・楚洲仲尾線の計画地一帯は全て第3種で開発可能な地域に指定される予定となっている。同じく謝敷の森も第3種で破壊から逃れることはできない【別紙1・2参照】。
これらはほんの一例に過ぎない。厳密に保護される地域はきわめて狭く、極論すれば保護地域は限りなく0に近いと言うべき計画に驚くばかりである。
本来、保護区の設定は科学的な調査に基づいて計画されなければならない。それは国際条約(世界遺産条約および生物多様性条約)で課される義務でもある。
たとえばノグチゲラ1種を考えても次のような視点が欠かせない。
ノグチゲラは主にイタジイを営巣木として利用しているが、それもイタジイならばどれでも良いというわけではない。直径20~30センチを超える太さを持ち、巣穴の前方に適度な空間が確保できる、材が堅過ぎないなどの要件を備えていることが重要である。その上で固体維持のためにどれほどの餌資源が必要かなどを考慮し、さらに個体群として維持するためにはどの程度の個体数、生息密度が必要かを科学的に推定するという作業が欠かせない。保護区の設定はそういう手順を踏んでなされるべきである。
しかるに近年、ノグチゲラの分布域の拡大や営巣木の変化(タイワンハンノキやリュウキュウアカマツ)などをとらえて、個体数が増加しているとの論調もあるが、仮にそれが事実であったとしても、これは必ずしも喜ぶべき現象としてとらえることはできない。なぜなら、これは本来の生活資源がまかなえず、その代償として人為的な環境へ順化した結果とも見られるからである。この順化あるいは馴化という現象は、場合によっては人為淘汰を促し、本来の生活様式を営むことができない個体群の拡大をもたらす可能性がある。その行き着く先は、野生個体群の絶滅である。この顕著な例は、安田(あだ)地区の養豚場のミミズに依存したヤンバルクイナである。これは餌付けに近い人為的環境下での個体数増加で、本来の生息地である森林内での個体群の動態は不明である。もしヤンバルクイナがこうした人為的環境下でしか生息し得ない状況下に置かれれば、それはほぼ、野生個体群の絶滅を意味している。
保護区域を限定し、その周囲に広がる森林(バッファゾーン)を皆伐し、自然環境を破壊することを許容するとすれば、フイリマングースなどの外来種に適した環境の創出にもなりかねず、やんばるに固有な在来種個体群の縮小再生産をもたらすであろう。そのような自然を世界自然遺産と呼べるのであろうか。
また、やんばるの自然の固有性は目に見えるレベルにとどまらず、ササラダニ類などの土壌生物、菌類やそれとの共生体(ラン科植物など)などきわめて複雑である。つまりはその複雑な自然は長い進化の過程において形成されてきた歴史の産物でもある。世界自然遺産とはこうした歴史的(進化)産物の保護・保全を求めるものである以上、それにそった保護区の設定が求められることはいうまでもない。
環境省が示した保護区区分では、個体群の孤立化と分断を招き、長期的にはやんばるの生物多様性を毀損し、種や個体群の絶滅を招来するものに鳴りかねない。
つまり、保護区の設定は土地利用(開発)を前提にするのではなく、個体群維持を基本に据えるという意味では、環境省案は全く評価に値せず、強く再考を促したい。
なお、やんばるの自然貴重性と破壊の現状等は
「生物多様性保全の視点から考える-やんばるの今と未来」日本森林生態系保護ネットワーク・やんばるDONぐりーず 2014年
「やんばるの森のまか不思議」 沖縄大学地域研究所 2011年
を参照のこと。
【別紙1】特別地域での伐採について
【別紙2】謝敷で行われた2015年度の皆伐
2016年3月23日
日本森林生態系保護ネットワーク(CONFE Japan)
代 表 金 井 塚 務
やんばるDONぐりーず
共同代表 喜 多 自 然
赤 嶺 朝 子
顧 問 平 良 克 之
NPO法人・奥間川流域保護基金
代 表 伊 波 義 安
環境NGO・やんばるの自然を歩む会
代 表 玉 城 長 正
沖縄・生物多様性市民ネットワーク
共同代表 河 村 雅 美
吉 川 秀 樹
泡瀬干潟を守る連絡会
ジュゴンネットワーク沖縄
ジュゴン保護キャンペーンセンター
「ヘリパッドいらない」住民の会
琉球列島を自然遺産にする連絡会
世話人 伊 波 義 安
日本鱗翅学会会員
宮 城 秋 乃
日本甲虫学会会員
楠 井 善 久
(以上順不同)
(連絡先)
沖縄県那覇市松尾2-17-34
沖縄合同法律事務所
弁護士 喜 多 自 然
TEL098(917)1088 FAX098(917)1089
【別紙1】特別地域での伐採について
自然公園法上,国立公園の特別地域(特別保護地区を含む。)における伐採は,環境大臣の許可制である(法20条3項2号,21条3項1号)。しかし,許可基準(法施行規則15条)を見ると,おおむね下記の条件では伐採が可能とされている。
第一種特別地域:単木伐採,択伐(伐区における蓄積(立木の材積)の10%以下)
第二種特別地域:択伐(伐区における蓄積の30%(用材林)・60%(薪炭林)以下)
皆伐(伐区内の2ha以内)
第三種特別地域:制限なし。
択伐においても,伐区の設定の仕方や択伐の方法によっては大規模伐採が可能である。沖縄県は2013年より「やんばる多様性森林創出事業」と称して,帯状伐採,群状伐採,小面積皆伐等の検討を行っている。帯状伐採,群状伐採では,伐採場所を広く取れば皆伐と変わらない状態になるが,形式的にこれを択伐として位置づけることで,上記の許可基準の下でも皆伐と変わらない伐採が可能になる。実際にやんばる多様性森林創出事業では帯状伐採を択抜と位置づけた上で,皆伐と同様の伐採を行っている。
また皆伐においても,1伐区内で2ha以内と定められているにすぎず,同時に複数箇所で皆伐をすることや,毎年場所を変えて皆伐を繰り返すことも可能である。
第三種特別地域については全く制限がなく,大規模伐採が可能である。
したがって,伐採について規制が制度的に担保されているのは特別保護地区(やんばる全体の2.3%)のみである。
以 上
提出先 環境省、沖縄県、林野庁、国頭村、大宜味村、東村など