生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

二つ目のクマゲラの巣穴(HFM-122)

4度目の北ノ俣沢-その2
 二つ目のクマゲラの巣穴
 崩落地と園周辺の風穴での温度測定を終え、さらに上流を目指す。左岸の高茎草原で鮮やかなムラサキ色の花の群落を見つけた。花はトリカブトに間違いない。だが葉は見慣れたトリカブトよりも幅広で厚い。どうやらオクトリカブトのようだ。
 夏も過ぎて初秋の気配が漂い始めた北ノ俣沢では秋の花がそこここに見られる。少し下流の河原ではヨツバヒヨドリが花を咲かせていたし、ヤマブドウの果実はまだ青いもののブドウらしくなってきた。もう秋はそこまでやってきていることを感じる。

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 まもなく正午だ。少しばかり腹が減ってきた。目指す調査地はもうすぐだ。調査地へは左岸から右岸へ浅瀬を探して渡渉する必要がある。幸い浅瀬が続いているので、市川さんには先に行ってもらい、調査地周辺の写真をとっていると、先行した市川さんが私を呼ぶ声が聞こえた。何事と思って、急ぎ川を渡ったのだが、余りに慌てていたので石に躓き、こけてしまった。カメラをぬらすまいとして少し膝をひねったようだ。そのときは擦り傷以外にはそれほど痛みもなかったのだが、帰広してから膝に違和感を感じる日が続いている。年寄りの冷や水そのものだ。

 閑話休題
 とにかく川を渡ってテラスへ上がると、「クマゲラの巣が」と市川さんが少し興奮しておしえてくれた。テラスから斜面を少し上がったところにあるブナ。そのブナの幹の地上7-8mほどのところに、南南東に向かって、まん丸の穴が空いているではないか。まさにクマゲラの巣穴である。このブナは方形区調査でNo43(胸高直径57cm)の調査対象樹である。なぜあのとき気がつかなかったのか。あのときは天候も不安定で時間に追われ、樹種の同定と胸高幹囲の測定に目を奪われていて、樹木全体に目を配っていなかったに違いない、とも思ったのだが。かすかな記憶をたどると、穴には気がついていたような気もしてくる。ただそれがクマゲラの巣穴とは考えなかったのだ、とも思えてくる。いずれにしても「心そこにあらざれば見れども見えず」ということを身をもって体験してしまったことになる。痛恨のミス(見ず)だった。 双眼鏡で覗くと樹皮のはげた円形の穴にドーナツの様に木質の輪が見える。穴の内径はどのくらいなのだろうか。余りに高い位置にあるので直接測定することはもちろんできない。比較対照できるものを使って間接測定するしかないが、それでも現場でそれをしても精度が悪すぎる。そこで全長50cmの折り尺があったのでこれを使うことにした。

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 折り尺の2節目を直角に折ると、その部分が10.5cmとなる。逆L字型にした折り尺をスケールとして地面から巣穴までが入るように写真を撮り、プリントアウトした画面上で計測することでおおよその大きさを測ることにした。
 その結果、樹皮に穿たれた穴の大きさは、高さ、幅とも13cm ほどで木質部の穴は、6.5 ~ 7.0cm であることがわかった。樹皮の薄利や形成層の盛り上がり状況を勘案すれば、元々の巣穴の大きさは8 ~ 10cm ほどと推定できる。クマゲラの巣穴の大きさである。

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 こうした二つ目のクマゲラの巣穴を見つけたのだが、このときまたもや、同じ失敗を繰り返したのは、大いに恥じなければならない。巣穴の写真は望遠レンズでもとっておいたのだが、その写真をみると、問題の巣穴の右下1mほどのところにもう一つ穴が穿たれていたのだ(写真)。
 おもわず、「うっそー」と口走ってしまうほどの驚きだった。穴は正面を向いていないので正確にはわからないが、どうやら縦長の穴のようだ。穴の高さは20cmほどになろうか。この穴は何なんだ。巣穴でもなさそうだし、採餌痕でもなさそうだ。もしかしたらねぐら様の穴なのかも知れない。いずれにしても再度詳しい調査が必要だ。
 どうやら北ノ俣沢を含む成瀬川源流域はクマゲラの生息地としてかなり重要な地域なのではないだろうか。とこんなことを考えて意見書の追加と訂正を準備しているところに、成瀬ダム訴訟の控訴審に関する記事(9月8日)が地元の新聞に載った。内容は原告側が現地調査を行い、クマゲラが生息する可能性があり、ここの自然環境が世界自然遺産白神山地」に匹敵する貴重なものといった内容をしたためた意見書を提出したことを伝えるものだった。こうした記事が出たことで、北東北のクマゲラの調査をしている NPO法人本州産クマゲラ研究会の藤井氏も関心を持ったようで、このブログのクマゲラの巣穴発見の記事に次のようにコメントを寄せてくれた。
 「新聞記事のことやこのブログを見ましたが、この穴は試し彫り言って、未完成巣穴です。クマゲラの生息が十分可能なブナ林ですから、ダム建設は望ましいものとは言えません。小笠原先生は、何を根拠に大丈夫とお墨付きしたのか?」(原文のママ)(クマゲラの巣を見つけた 参照)。
 このようにクマゲラの専門家が関心を示してくれたことは、原告にとって大きな励ましになったし、今後へ調査への追い風になったこと思う。感謝する次第である。その上であえていえば、私にはこの巣穴がなぜ「試し掘り」と断定できるのか、という疑問が頭から離れないのだ。
 キツツキ類が樹幹に巣穴を掘り始めて途中でやめてしまうことはままあることは私も知っている。しかし、奥行き(深さ)は不明なものの、完全に穴が開いている巣穴が何故試し掘りと断定できるのか、そこがどうしてもわからないのだ。
 たとえば、巣立ちまで育雛に使用した巣穴であれば、もう少し穴の周辺へんに使い込んだ痕跡があって当然ということなのかも知れない。仮に使い込んだ痕跡が薄いとしても、何時の時点で使わなくなったのか、少なくとも穴の下縁にはひっかいたような爪痕が残っていることを考えれば、ある程度は出入りしていたことが推測できるだろう。
 ここと決めて巣穴を穿ち始めたが、どうも材質が堅すぎるとか水気が多すぎるとか育雛には適さない感じたとかで放棄するというのならわかる。が、それでもそうしたことならもう少し早い段階で放棄するのではないだろうか。どんな事情いがあって堀かけの巣穴を捨てたのかという事情はクマゲラに聞かなければわからないことだが、放棄すべき何らかの事情があったことは間違いない。かなり困難なことであったとしても、生態学者はそれを知ることが仕事なのだと私は考えている。
 たとえば巣穴を放棄するには、こうした営巣不適木というこの樹木特有の問題以外にも、たとえば、立地がよろしくないとか途中でテンやカラスなどの邪魔が入ったとか、ダム関連の工事が邪魔だったとか様々な要因が考えられる。   
この巣穴が未完成で使われなかった「試しぼりの穴」と断定するだけの根拠がわからないので改めて、その辺のことを聴いてみようと思う。
 そしてもう一つの疑問。藤井氏はクマゲラの生息環境として広大なブナ林が必要と考えているようだ。確かに広大なブナ林にクマゲラは生息しているし、そうでないところには生息していない。この事実からブナ林の重要性を指摘するのはよく理解できる。しかしこの事実は森林が破壊されることなく存続してきた森林、言い換えれば生産力の衰えてない森林(東北地方では当然それがブナ林ということだ)が必要と言うことに他ならない。問題は、雪深いこの地域で、クマゲラはどのように冬を越すのかという点である。冬を越せるだけの食糧を主とする生活資源をどう確保するのかが重要な問題である。そう考えるとブナの存在とは違った条件が必要なのではないだろうか。これはクマゲラに限らず、温帯域の野生動物全般に当てはまることである。

 食糧の乏しい冬越しにはたとえばクマやコウモリなどの冬眠のように生理活性を低下させてエネルギー消費を押さえるか、冬でも利用できる食糧を確保するかのどちらかである。クマゲラは冬眠をしたり冬に極点に生理活性を落とすということはなさそうだから、どうにかして栄養価の高い食糧を確保しているに違いない。

 私にはキタゴヨウの種子がその鍵を握っているのではないかと考えている。北ノ俣沢を中心に成瀬川源流域にはキタゴヨウの群落(写真下)があちこちに点在している、キタゴヨウの種子は油脂分に富んでおり、それがクマゲラの冬越しの貴重な資源になっている可能性がある。食糧の端境期である冬をこの種子を頼りに乗り切ることができるとすれば、白神山地などと比べてもキタゴヨウなどの針葉樹が混交し、多様性に富む成瀬川源流域はクマゲラにとって暮らしやすい森林なのだと思う。

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 この二つ目の巣穴発見に興奮しつつ、かつ悔やみつつ、昼のおにぎりをほおばり休息もそこそこに上流を目指したが、その話はまた次回に。

成瀬ダム予定地の自然ー北ノ俣沢を歩いて(HFM121)

4度目の北ノ俣沢- その1
 2016年、つまり今年のことだが、なかなか台風が発生しないと思っていたら、8月に入って突然、台風多発状態になった。しかも日本近海で発生し、関東、東北、北海道といった台風常襲地帯とはことなる場所で大きな被害をもたらした。一方西南日本特に沖縄諸島では台風の襲来は少なく、海水温の上昇がサンゴなどの海洋生物群集に大きなダメージを与えている。こうした気象は異常なのか、あるいは常態となっていくのか、地球温暖化と関連づけて考える必要も出てきている。
 9月2-4日に予定されていた成瀬ダム予定地(秋田県東成瀬村)での成瀬川源流域の森林生物調査は台風10号が東北地方を直撃しそうで、実施が危ぶまれたのだが、そこはそれ、究極の「晴れ男」である私のこと、奇跡的に東成瀬村は台風被害を受けずに済み、無事実施することができた。
 今回の調査の主な目的は、北ノ俣沢上流に伸びる湛水域の末端までの沢を歩き、河川周辺の森林植生や地形、地質など野生動物の生活場所を再点検すること、そしてもう一つ、これは市川弁護士の関心事でもある風穴の分布状況などを再点検することにあった。

 そこで今回からシリーズで北ノ俣沢の景観を紹介し、そこでの新たに発見した事実についてその意味を考えてみることにしよう。

f:id:syara9sai:20160916101803j:plain 北ノ俣沢は夢仙人大橋からおよそ直線で2Kmほど上流にある荒倉沢と唐松沢の合流点のすこし上(標高528m地点)までが湛水域として、ダムが完成した後に水没することになっている(上の図)。ここまで実際に曲がりくねった沢を遡上すると往復で約9Kmほど歩くことになる。勾配こそ少ないものの大きな石がごろごろする河原や切り立った岩を超えていかねばならない。年金生活に入った老人には少しきつい行程ではある。とはいえ、風景は素晴らしく、天気も良いとくれば、なんとなく浮き浮きした気分で歩けるというものだ。それに何かしらの発見が待っているとなれば、多少の苦労も何のその、楽しく歩けるというものだ。
 長いトンネルを超えるとそこは夢仙人大橋であった。山腹にトンネルをぶち抜き、深い谷に長い橋をかけて、ダムのための付け替え道路は栗駒山方面へと続く。橋を渡り終わるとまた新たなトンネル工事が始まっていた。ダムは本体工事以外にもこうした関連工事が多く、それだけゼネコンとその周辺が潤う構造となっている。このトンネルの出口すなわち橋の西詰めが調査への出発点となる。橋から北ノ俣沢までは70mほどの高低差がある。ダムが完成すると水面はこの橋の直下まで迫り、橋の上から見えている美しい沢はすべて消滅し、巨大な水面が出現することにになる。

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 その湖底に沈むものは自然だけではなく、多くの文化財や地域の暮らし文化、そして歴史もまた湖底に消えるのである。実際にここにあった集落はすでに消滅している。
 この橋の上から消えた集落のあった下流方面を見下ろすと、古い切り株のようなものが点在しているのが見える。何でもそこは旧石器時代の遺跡(トクラ遺跡)が見つかったとのことで文化財関連の発掘調査が行われているとのことだ。発掘現場は清水の湧くところだったことから考え得れば、あの切り株の一群はもしかしたら埋没林のたぐいなのかも知れない。もしそうであれば貴重な財産であり、興味はわく。しかし残念なことにそこまで行く時間もないので今回はパス。
 さて、いよいよ北ノ俣沢へ降りることにしよう。目指す北ノ俣沢は成瀬川の源流域にあたるが、この成瀬川はやがて皆瀬川に合流し、その皆瀬川横手市内で雄物川と合流して北上し、やがて秋田市内を貫流日本海へと注ぐ。秋田県の物質循環の大動脈ともいえる雄物川水系の源流域にダムを造り、循環系を遮断することが一体どんな意味を持つのか考えた人がいるだろうか?そんな疑問をもちつつ、北ノ俣沢へと足を踏み入れた。
 今回、調査に参加するのは、私の他、市川守弘(弁護士・日本森林生態系保護ネットワーク事務局長)、奥州光吉(成瀬ダムをストップさせる会代表)、斉藤龍次郎(成瀬ダムをストップさせる会)の4名。老骨にむち打っての調査だ。
 急斜面を降りて河畔に着く。ここは木賊沢との合流点のすぐ近くである。この木賊沢をさかのぼるとすぐに左手(北)からが合ノ俣沢が合流する。

 第一の風穴はこのすぐ近く、北ノ俣沢右岸にある。風穴内部の気温と外気温とを測定し、上流を目指す。

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 しばらくは谷も広く左岸は石の河原となっている。前方には崩れかかった吊り橋がかかっている。これはダム建設に絡む調査関係者のためのものだというが、見にくい残骸をさらしているが、人工物はこれくらいのもので、北ノ俣沢には林道もなく登山道もない。ひたすら沢筋を歩くしかない。そんな河原の石の上にはテンのフンがあちこちに転がっている。この時期はミズキの果実を食べているようだ。前々回にはヒミズの脚がひからびて残っていたが、テンの食べ残しなのだろう。

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 さらに遡上していくと両岸はやがて切り立った崖となる。こうした地形は「函」と呼ばれる。鉄砲水に注意しなければならない難所である。成瀬川源流域にも当然のことながらこうした函地形は多い。人を寄せ付けない崖にはまだ未確認の希少種(植物)があるに違いない。川も近くの岩壁にはダイモンジソウが張り付くようにして生育している。花の時期には少し早いようだ。

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 この函を越えるとまた谷は広くなり左手(右岸)に大規模な斜面崩落の跡が見えてくる。まだ新しい崩落のようだ。こうして崩落した岩石が堆積し積み重なると岩と岩の間隙の空気が冷え込み、外気温との気温差による対流が生じ、外部へ冷気を排出することがある。これが累石型の風穴である。新しい岩屑にはまだコケも何も生育していないので、直射日光によって岩が熱せられ、内部の空隙もそれほど冷えることはないのだろうが、やがて表土層が形成され植物が繁茂し、湿度が高まれば徐々に内外の気温差が大きくなることも十分考えられる。実はこの落石現場に隣接した河畔には古い岩屑の堆積があって、風穴と成っていることがこのたびの一連の調査で明らかになっている。岩にはコケやシダ、草本類が生育し、トチ、ミズキ、ホウなどの樹木も生育している。外見上は風穴とは見えないが、よくよく調べてみると小規模ながら累石型の風穴となっている。

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 北ノ俣沢はこうした函、河原、崩落地の繰り返しの連続で、風穴地帯でもあることがこのたび明らかになった。これが北ノ俣沢の大きな特徴である。

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 一方、左岸にも斜面崩落はあちこちに見られるが、右岸に比べると土質の斜面崩落が多い。これは雪崩などによる斜面崩落(雪食地形)の一つかも知れないが、こうした土質の崩落現場は、様々な草本類が繁茂し春先のカモシカニホンザルツキノワグマなどの採食地として利用価値は高い場所である。わたしはこれまで保護運動と関連した全国各地のフィールドを歩いてきた。しかし不運なことに専門とするニホンザルの生息地はほとんどなく、さみしい思いをしてきのだ。だからこそここ北ノ俣沢では久しぶりにニホンザルの姿を拝めるとかすかな期待を抱いていたが残念なことにまだニホンザルの痕跡だけは見つかっていない。
 風穴の調査をすませ、さらに上流へむかう。沢を何度か渡渉し、右岸左岸をジグザグに先へ進む。再び函の難所。ここは岩を攀りテラス状の岩場を歩き淵を回避する。こうした岩場には、凹みに水がたまり止水となった池が出現する。そんなところには、ヒキガエルトウホクサンショウウオなどが産卵していた。夏も過ぎようとしている今、その姿は既にないが、両生類にとって貴重な繁殖の場となっているのだ。ここももちろん水没し、再生の場は消滅する。急斜面の続くこの地域にあって、こうした止水のできる場所はごく限られており、両生類にとって産卵場所の水没は絶滅をも意味する。

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 そんなことを考えながらさらに沢を遡上していく。方形区調査地のあるテラス(昼の休憩場所)まではもう少しだ。
 ということで、今回はこの辺で。今回のハイライトであるクマゲラの巣の発見、イワナの話、河原の成立などの話題は次回以降にお届けすることにしよう。お楽しみに。

北ノ俣沢は雨だったー濁流でのイワナの食べ物 (120)

 秋田県雄勝郡東成瀬村への3回目の調査行である。今回は川沿いの森林植生についてより具体的なデータを集めることを目的としていたので、測量の専門家のKさんも同行しての本格的調査である。

 前の2回の調査は天候にも恵まれていたが、今回は梅雨真っ最中の調査で、予報も芳しくない。到着した日だけは日射しもあったのだが、夜から心配していたとおり雨が降り出した。調査は北ノ俣沢とトクサ沢の2カ所、いずれも河沿いのテラス状になった場所を予定している。前回の調査でそれぞれに特徴的な河畔林があり、この地域の多様性を具体的に示せることができそうな場所である。トクサ沢は川に沿って道が残っているので雨でも何とかたどり着けるが、北ノ俣沢は道と呼べるものは皆無で、切り立った断崖を巻くか沢を遡上するしか現場へはたどり着けない。だから雨が降って川が増水すると北ノ俣沢での調査は絶望的となる。

 雨が降りしきる中、宿舎をでて現場へ向かう。車から時々見える成瀬川は茶色く濁って激流となっている。現地の責任者であるOさんは何とかなるでしょうと極めて楽観的だ。彼は沢歩きに熟達しているので少々の増水はなんと言うこともないのかも知れないが、われわれ調査班は年寄りである上に沢歩きは馴れていない。それに雨に弱い電子機器類も持っている。無理はできないのである。それでも一応、皆、足下は沢歩き用に準備はしてきている。

 現場(夢仙人大橋)へ到着して遙か下を流れる川を見れば、やはり濁流である。が、水量はそれほどでもなさそうに見える。意を決して川へと急斜面を下る。雨は小降り。しばらく下って、川岸は出てみると、遠目に見た川とは全く様相がちがう。どうどうと音を立てて濁った水がうねっている。何とかトクサ沢と北ノ俣沢の合流点までたどり着き、岸辺で様子を見ることに。見たところでどうなるものではない。とても渡渉できる状況にはないのは明らかである。

 ここでもOさんは諦めない。ここさえ渡ってしまえば後は何とかなりますと確信に満ちていた。予定では、これより1.5Km上流の北ノ俣沢調査地近くにキャンプすることになっており、かなりの荷物を運ぶ必要がある。客観的にみればまず不可能な行動予定であるが、しばらく様子を見ることにして、滞留することに。

 岸辺にブルーシートを張って雨宿りしながら待つ(下の写真)。

 

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 待つと言っても何もしないわけではない。周囲の地形、植生など観察すべき事は少なくない。と、右手の森の上空を黒くやや尾の長い鳥がトクサ沢を超えて北ノ俣沢上流方面へ飛んでいった。ちょうどクマゲラの巣のある上空を飛んだのである。としばらくして今度は、姿を消した北ノ俣沢上流方面から川沿いに飛んで消えた。鳥の専門家である花輪さんも見たのだが、????。何だろう。という。ふわふわといいた飛び方で、カケスとも全く異なる。カケスよりは大きい。クマゲラ?との期待もあったのだが、結局正体は不明のまま確認することはできなかった。幻のクマゲラ事件であった。しばらくして後、今度はトクサ沢上流の上空に、大型猛禽類が姿を現した。しばらく飛翔した後、尾根の枯れたキタゴヨウにとまった。イヌワシかとも思ったが、写真を見る限りどうやらクマタカのようだ。

 そんな事をしながらひたすら待つ。釣り師のSさんが同行していたので、お願いしてイワナを釣ってもらうことにした。前回、イワナの胃袋には陸生動物(昆虫類)が詰まっていたが、このような雨降りでしかも濁った激流のとき、イワナは何を食べているのか知りたかったのでお願いしたのだ。さすがに名人だけあって、あっという間に写真のようなイワナをつり上げてきた。

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 早速、腹を割いて胃の内容物を検査してみると、次の写真のごとく、ほぼトビケラ類の幼虫ばかりであった。陸生の甲虫が1匹見つかったが、ほぼすべてトビケラ類である。

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 このトビケラ類は普段は石の下に植物の茎や小石をまとってくらしており、イワナに捕食されることは少ない。しかし、雨が降り流れの勢いが激しくなると川底の石が転がり、そこからトビケラの巣が水中に流れ出る。そこをイワナに捕食されるということになる。一方、陸生の昆虫類は、活動を休止しているので、川に落下することもない。晴天の日のイワナは前回報告したように、主に落下してくる陸生昆虫類を補食しているが、梅雨時など雨の日には水生昆虫の幼虫類を主な食糧としているということが窺い知れる。

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 こうしたことも雨の日でなければわからないことだった。足止めも悪いことばかりではない。

 今回の調査ではもう一つ大きな目的があった。それは北ノ俣沢周辺に風穴が散在している可能性があったので、できれば風穴を見つけることである(これは主に市川弁護士の役割)。かねてより、市川さんは風穴の存在を予感していたようで、もしそれがあれば風穴植生も存在する可能性に期待を寄せていたのである。最初の写真には鳥を観察する花輪さんが写っているが、そのすぐ左手の岸辺にその風穴が見つかったのである。

 実は私はこの沢で風穴を見つけるのはかなり困難だと思っていた。岩石が崩落して滞積している場所はあちこちに見られるが、それが風穴になっているとは予想していなかった。規模が小さすぎると思っていたからである。しかし規模こそ大きくはないが、岩の隙間から冷気の吹き出しがあり、外気温とのさも8°cほどあって、まさに探していた風穴に違いないのである。その後、北ノ俣沢周辺にはいくつもの風穴が存在しているらしいことがわかった。

 雨の日の滞留があればこその成果であった。転んでもただでは起きないCONFEの面目躍如と言ったところである。

 結局、この日は荷物を置いて撤退することになった。明日からの調査に乞うご期待。

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 雨に打たれたツルアジサイの花もサワグルミの果穂も美しかった。明日は雨も上がるだろう。

 

クマゲラの巣を見つけた!! (119)

 クマゲラって鳥、知ってますか?真っ黒な身体に赤いベレー帽といった出で立ちのキツツキである。

 本州には、アカゲラオオアカゲラアオゲラコゲラ、アリスイといったキツツキの仲間が暮らしており、時折見かけることがある。とくにスズメほどの大きさのコゲラは町の公園などでも出会うことができる。 ところがこのクマゲラというキツツキは主に北海道の原生林に生息していてるのだが、東北地方の一部でも生存していることがわかっている。とはいえ、最近では東北地方での生息地は白神山地や森吉山(秋田)などに限られているとの報告がある(日本のクマゲラ・藤井忠志・北大出版会 2014)。

 かつては、会津ー山形にまたがる飯豊連峰や日光にも生息していることが知られていた。しかし多くのその生息地では絶滅したらしく、北東北のブナ林にごく少数が細々と生き抜いているらしい。つまり絶滅の危機に直面しているということなのだが、その生態(暮らしぶり)はまだわからないことが多い。

 手元に生きたクマゲラの写真がないので、ウトナイ湖サンクチュアリー(日本野鳥の会)の展示剥製を移したものを紹介しておく。

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 これまでの文献を当たってみると、本州のクマゲラはブナの原生林に生息し、ムネアカオオアリをよく食べるということだ。ムネアカオオアリというのは森林内に生息する大型のアリで、文字通り胸の部分の体節が赤い(オレンジ色)をしている。朽ち木に巣を作って生活している。前回の北ノ俣沢を歩くの項で、イワナの胃袋からも見つかっているあのアリである。

 前置きがだいぶ長くなってしまったが、このクマゲラが現在も生息しているかどうか確認することも今回の調査の眼目の一つである。というのもアセスでもクマゲラは現地調査の結果では、水没地域に生息していることになっているのだが、個体群は維持できているのかどうかいささか心許なかったし、その生活環境を見定める必要があったからである。

 そこで、木賊沢、北ノ俣沢と沢沿いの森林形態を視察し終えたこともあって、野鳥担当の花輪さんを中心に5名で尾根筋を歩いてみることにした(前回の報告に掲示した地図のクロ線)。木賊沢・合ノ俣沢の合流点を渡渉し、急斜面にとりつきよじ登る。数十メートルも登れば尾根道にでる。その少し手前の斜面に胸高直径40cmほどのブナがあり、地上4.5mほどのところに野球のボールほどの穴が開いているのを見つけた(同地図の①の位置)。

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 これがその穴である。メジャーを当てて大きさを図ると、縦10cm、幅9cmほどであることがわかった。穴の下側には爪でひっかいた跡が残っていて、傷の跡の様子からするとそれほど古いものではないことがわかる。育雛用の巣穴か休憩用の巣穴かわからないもののクマゲラの巣穴とみてほぼ間違いない大きさである。

 ちなみに、キツツキ類の巣穴の大きさは、これまでの調査結果(日本鳥類大図鑑 増補改訂版1965)から

 クマゲラ   8.5~13cm

 オオアカゲラ 6.5~6.8cm

 アカゲラ   4~6cm

 アオゲラ   4.5~5.2cm

と言うことである。

 ここ成瀬川流域ではクマタカイヌワシなどの大型猛禽類を頻繁に観察することができる。それほど豊かな森林でもある。そして攪乱と安定という極めて生産力のある自然がここに存続していることの意味を再認識する必要がありそうだ。

 ちなみに、アセスでの評価は「本事業区域には、本種の生息に適すると考えられる環境の一部であるブナ群落が分布するため、この環境が湛水区域では水没し、また工事実施関連区域では工事に関わる部分に該当した場合は消失する。しかし、本事業区の他にも成瀬川流域には、ブナ群落が広く分布し、その現状が維持されるために本種の生息地の保全は図られる。したがって、クマゲラについては、ダム建設による影響は少ないと考えられる」という。

 こうした予測はアセスの常套手段であるが、まったく科学的な予測となっていないことは読者諸氏にはあまりに明らかであろう。

同じような森とは、誰にとってのことなのか?クマにはクマの、クマゲラにはクマゲラのそれぞれ異なる価値をもつのが自然というものである。主体を無視した環境論は不毛であるだけでなく有害ですらある。安定と攪乱それが成瀬川流域の特徴であり、多様性と生産性を維持する要因の一つである。こうした動的で豊かな森でこそ多くの生きものが生きていけるのである。これ以上の破壊はもうやめようではないか。日本国民の将来のために。

 

 

 

成瀬ダム予定地-北ノ俣沢を歩く (118)

 前回、ダム予定地を下見した様子を報告したが、そのときは雪解け水で増水した沢を歩く事ができなかったので、(地図の赤いピンマークを通るように)中腹を迂回するように歩いたのである。今回は鳥の調査(担当花輪さん)に同行して北ノ俣沢と木賊(とくさ)沢、そして北ノ俣沢と合ノ俣 沢に挟まれた尾根筋を歩いてきた。

 初夏の森を水につかりながらの楽しくも厳しい調査で、それぞれに面白い発見があったのだが、今回はそのうちの北ノ俣沢の状況について報告しようとと思う。 

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  地図の赤線で囲った範囲(夢仙人大橋より上流部のみ図示)が湛水域である。およそ標高530m弱までが水没する地域となる。下の写真は水没予定の北ノ俣沢から夢仙人大橋を見上げたところである。満水時にはこの橋のすぐ下まで水がたまる事になっている。

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 北ノ俣沢の特徴は谷底の幅が広く、流れが比較的なだらかであるが、その一方で両岸の斜面は崩落しやすく、至る所にガレ場ができているという点にある。多雪地帯にあるためもろい斜面は積雪によって崩壊することもあって、そこにはフキなどの草本類が繁茂する。これが春先のクマやカモシカなどの大型ほ乳類の採食地として大きな価値をもっているようだ。川沿いのテラス状になった場所に設置したVTRカメラにはこれらのケモノたちの姿が写っていた。特に冬眠しないカモシカにとっては、ガレ場や沢筋の法面にできる草地は、早春の採食地として重要な意味を持っているに違いない。

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 そして広い河原の石の上には、テンのフンがそこかしこに残されていて河原が春先の重要な生活場所となっていることがうかがい知れる。

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 同じく河原には大きな石のくぼみにできた水たまり(止水)があり、そこはヒキガエルトウホクサンショウウオなどの産卵場となっている。これらはいずれもダムが完成するや深い水底に消えてしまうことになる。急峻で崩落しやすい斜面にはさまれた北ノ俣沢にあって、河原に点在する止水はあこれら両生類にとって極めて重要な産卵(再生産)の場となっていることを考えれば、個体群の消滅は避けられないであろう。

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 それは両生類に限ったことではない。ダイモンジソウなどの植物群落にも大きなダメージを与えることになる。

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 沢を取り巻く森林からは、エゾハルゼミの声が野鳥の囀りをかき消す勢いで響いてくる。もう初夏の気温なのだ。雪解けも早くこの時期にしては水量が少ないという北ノ俣沢をさらに遡上する。今日(5月28日)は設置したカメラの点検をしなければならない。そこまではもう少しだ。

 北ノ俣沢にも少ないが川沿いにテラス状の湿地があって、渓畔林ができている。そこにカメラを設置して大型ほ乳類の動向を観察しようと思っている。どのような成果を上げられるか、いささか心配ではあるが、やるだけのことはやっておかねばなるまい。

            ☆  ☆  ☆  ☆

 今日の夜は、木賊沢(とくさざわ)で野営する予定である。野鳥の調査には早朝からの行動が欠かせないので、みな老骨にむち打って頑張っている。ということもあって食糧調達を任されたSさんがイワナを釣るという。我々に同行してくれたので、釣り上げたイワナの胃袋をちょいと調べさせてもらった。下の写真。

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 20cmを超えるイワナの胃袋から出てきたのは、ムネアカオオアリ、エゾハルゼミをはじめハチの仲間や甲虫の仲間ばかりで水生昆虫類はほとんど見つからなかった。イワナなどの渓流魚は水生昆虫を主な食糧としていると思いがちだが、実際はそうではない。ほとんどは陸生生物がイワナを支えているのだ。つまり流れに沿って樹林が連続していることは渓流魚にとっても大きな意味があるということになる。陸生生物と水生生物との相互作用が渓畔林や河畔林生態系にとって重要な要素なのである。 

 何とかカメラのメンテを終えて、もう少し先へ進む。

 大きな崩落地に出た。ここは岩手地震か東北大震災の折りに崩落した可能性があると言うことだ。斜面にはまだ雪渓が残っている。中央の巨樹は、サワグルミでかなり古い。この近くでアセスリストには記載がないセッコクと思われる植物を見つけたが、この崖地にはアセスでは見つからなかった希少植物があるような気がしている。

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 次回はクマゲラに関する情報をお届けする予定です。 

 

 

 

 

 

HFMエコロジーニュース117ー秋田・成瀬ダム予定地を歩く

成瀬ダム予定地を歩く

 秋田県南東部、岩手県宮城県との県境近くに東成瀬村はある。成瀬ダムは利水、治水を目的とした多目的ダムであるが、多目的は往々にして無目的であることはよく知られた事実である。当然地元では貴重な自然を破壊する事業として反対運動も起きており、現在、仙台高裁秋田支で控訴審が進行中である(成瀬ダムをストップさせる会)。
 この控訴審において自然の価値を争点とするための調査が、このたびの調査行となったというわけだ。というわけでじっくり腰を据えての調査というわけにはいかない。この数ヶ月でめぼしい成果が要求されるという厳しい日程の中での調査である。
 昨年の秋に某団体からの助成を受けることになったのだが、ここ東成瀬村のダム建設現場周辺はかなりの雪が積もる地域でもある。したがって実質的に調査ができるようになるのは雪解け後の5月中旬以降ということになる。本当ならば、イワナが産卵する10月末頃から11月初旬にかけてツキノワグマの魚食の証拠を押さえておきたかったのだが、やむを得ない。というわけで4月30日に予備調査という形をとって現地へ趣いたという次第である。
 4月30日のい朝、前日からの小雨がようやく止みはしたものの、いつまた降り出すかわからない厚い雲が空を覆っている。気温も思ったより低く、準備してきたフリースを着てもまだ寒いくらいだ。現地付近の尾根は今朝まで降っていた雪でうっすらと白い。現場の少し手前に工事用ための門が設置されており、9時にならないと開かないという。その門まで来ると、工事事務所の職員がやってきて、雪のためこの先が通行止めとなっていてゲートを開けることはできないという。ということはここに車を置いてかなりの距離を歩かねばならないということになる。天気は悪い。最悪の状況だ。が、しかし車が一台、ゲートの、向こう側に止まっているではないか。聴いてみれば今日の調査に参加する人の車だという。朝来たときは門が開いていて門の存在に気がつかず、前の車に続いて入ってしまい、気がついて集合場所へ戻ってきたら、すでに門が閉じられていたというのだ。事務所の職員の権限では門を明けることができないという。午後5時ころに再度ここへ来てそのときに一時的に門を明けるのがそれまではダメだという。行くに行けず、帰るに帰れない。しかし考えてみれば、車が一台でもゲートの向こう側にあるのだからこれを使って調査員をピストン輸送すればいいということに気がついた。不幸中の幸いである。こうして私たちは無事、調査地(夢仙人大橋)へ行くことができたのだ。

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 9:30 曇り 北寄りの風:強 今日は成瀬川の支流、北ノ股沢へ入る。雪解けで水量が多く、沢を遡上することができないので、斜面を巻いて目的の場所へ行かざるをえない。直線距離にすればそんな遠くでもない。しかし斜面をトラバースしていくつかの沢を超えていくのだが、これがかなり難儀である。斜面が急であるうえに越えるべき沢はほとんど崩落しており沢の源頭部近くまで登っての渡渉しなければならない。しかも雪で押し倒されている樹木の枝は斜面下方に向かって地面近くに伸びているため、枝をかき分けかき分け歩くのだから歩きにくいことこの上ない。本来なら1時間ほどのところだと言うがそこを4時間近くかけてやっと到達できた。年寄りいじめの斜面である。
 斜面を歩いていて気がついたことがいくつかある。ここはとにかく斜面崩壊が頻繁に起こるということだ。火山灰のような土だからちょっと激しい雨や積雪で簡単に沢や斜面が崩落するようだ。そのためブナ、ミズナラ、トチ、ダケカンバなどの巨樹がまばらで比較的若い樹齢の林分となってる。攪乱が頻繁に生じるので裸地かした林床にはカタクリがよく繁茂している。こんな場所はニホンカモシカには好適な生息地なのだろう。フンも見つかった(写真)。ブナの若枝を食べたリス、あるいはムササビ、モモンガなどの樹上性齧歯類の食痕も見つかった。そして古いブナ、ミズナラには大きな樹洞ができていて、ツキノワグマの越冬場所になりそうだ。

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 急斜面を下って、北ノ俣沢から20mほど高い位置(標高530m)まで降りてくる。このあたりになるとテラス上の平坦な地形も出てくるが、そこはもうダムの湛水域で、ゆくゆくは人造湖の底に沈んでしまう場所である。
 こうしたテラス上の場所はところによって湿地状になっており、草本類が生育する場所でもある。そればかりではない。いわゆる移行帯(エコトーン)に当たるこうした場所は水域の生物と陸域の生物との相互作用がみられ、生物多様性と生産性の高い場所でもある。

 この時期、イワウチワ、キクザキイチゲ,ショウジョウバカマなどの草本類も花を咲かせていた。

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 北ノ俣沢をはじめ急峻な斜面が続く成瀬川支流域にあって、川沿いの緩斜面や平坦なテラスは動植物にとって貴重な生活場所でもある。試験的に比較的広いテラスの湿地にカメラをセットして動物たちの動きを探ることにした。今後の成果が楽しみである。
 周辺の斜面のを見れば、あちこちに斜面の崩落が見て取れる。残雪があって詳しい状況はよく見えないが、火山灰土が堆積した斜面は簡単に崩落するようだ。ここまで歩いてきたところでも、沢筋はことごとく堆積土が崩落し、部分的に基盤が露出しているところや、基盤そのものも崩落し岩石が堆積しているところも少なくない。これが少し大規模におこれば、岩塊流とか風穴といった地形になるにちがいない。崩落した急斜面(法面状)にはフキノトウなどの草本類が生育し、春先の菜畑といった状況にある。これらも野生動物にとって重要な食糧資源となっている可能性がたかい。

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 ここの林相は常に崩落するような不安定な場所(主に沢筋)と比較的安定した(小尾根)が縞状に分布しており、それが林相に反映している。つまり、若齢樹と老齢樹とが列状に混交していおり、生活場所の多様性を生み出している。
 わずか1日の予備調査なので、詳細はまだ不明だが、ここに巨大なダムができることで出てくる影響はそう軽微ではないことは間違いない。

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 河川流域のテラス状の湿地(写真上)はすべて水没してしまう。それは生物多様性の際立つエコトーンの消滅を意味し、生物生産の減退を招くおそれが強い。また、これほど頻繁に崩落を繰り返す地形にあっては、土砂堆積の問題も無視できないに違いない。ダム湖底には短期間の内に堆砂問題が表面化するであろう。

 何よりも、森と海をつなぐ動脈ともいえる河川の分断は、物質循環の大きな障害となり東成瀬地方全域の生物生産力を減退させるのみならず、雄物川流域をはじめ沿岸部への影響もはかりしれない。それはかなりの時間を経過して後に顕在化するにちがいない。
 これ以上、ムダな公共事業で我々の招来を食いつぶすことは許されない。地方再生はまず生物生産の再生でなければならないはずだ。

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タムシバについて考える-HFMエコロジーニュース116

季節の移ろいは速い。特に春はそうだ。
駆け足でやってきて、あっという間に通り過ぎてしまう。
私は宮島の対岸に居をかまえているのだが、4月上旬にはすでに花は散り葉桜の趣を見せ始めている。しかし同じ廿日市市内でも北部吉和地区は標高も高いこともあって、春の訪れは遅く、サクラは4月下旬にやっと満開となる。東北地方の福島県ほどの気候である。
 森林帯で言えば、暖温帯照葉樹林帯から中間温帯をへて冷温帯落葉樹林体(ブナ林帯)まであり、まるで本州の森林植生の見本市のようである。この利点を環境教育やエコツアーなどの観光に活かそうという発想が出てこないのがなんとも不思議なのだが、今はやりの名ばかりエコツアーがはびこるのも嫌なのであえて口を出さないことにしている。
 それはともかくニホンザルがいなくなった(実際にはまだいるのだが)宮島の照葉樹林帯から西中国山地の一角にある冷温帯落葉樹林帯の細見谷渓畔林へとメインフィールドを移して早、十数年。ここにはニホンザルはいないがその代わりツキノワグマがいる。その細見谷渓畔林周辺は4月下旬になってようやく桜が満開となる。このように広島県内の狭い地域でも桜前線の移動は3月下旬から約一月をかけて北上するのだ。ただしここのサクラは植栽されたソメイヨシノではなく、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラといった野生のサクラである。
 私は動物も植物も野生のものが好きだ。サクラとて例外ではない。長い進化の過程をへて、それぞれがそれぞれの暮らしを持ち、おたがいが関わりを持って世界を構築している。そんな関係を探るのが好きなのだ。
 とはいえ今日の話題はサクラはサクラでも苗代桜と呼ばれている「タムシバ(Magnolia salicifolia (Sieb. et Zucc.) Maxim.)」について考えてみようと思う。

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3月に入り気温が上がってくると、瀬戸内のこのあたりでもほんの数キロ内陸に入るとソメイヨシノの開花に先だって、山腹に白い花が目につくようになる。野生の花木であるから毎年豊年ということはないが、数年に一度、まるで雪が降ったように山肌がのほぼ全域が白くなることがある。(ちなみに宮島ではクロバイの当たり年がこのようになる)
 今年はその当たり年である。2013年、2011年も当たり年だったので、ここのところ2-3年周期で当たり年となっている。
 地元ではコブシの花が咲いたというが、これはコブシではなくタムシバというモクレン科の樹木である。遠目にはコブシもタムシバも見分けはつかないほどよく似ているが、よくよく見れば、枝振りや花の直下に葉がつくか着かないかといった違いはある。漢方に辛夷という薬があって鼻づまりや蓄膿症に効くとされているが、その辛夷としても利用される樹木である。
 苗代桜とも呼ばれているように、かつてはこの花が咲くのを待って苗代作りをしたという。今は昔の話である。今日の農業は効率化と工業化の波に飲み込まれ、田植え機にマッチした苗を工業的に生産されているので、苗代桜などという言葉も消えつつある。こうして言葉とともに文化も消えていくのである。その損失はいかばかりであろうか。
 愚痴はさておくとして、このタムシバの生育地にある特徴が見て取れることに気がついた。自宅からフィールドの細見谷へは、県道30号線-国道186号ー国道488を経て十方山林道へと入り細見谷へ至るのだが、その間ほぼ全域でタムシバの花を楽しむことができる。2016年4月9日土曜日には、さすがに沿岸部に近いところでは花期はとうに過ぎていたが、内陸部へ入り標高が上がるにつれて、コウヤミズキの黄色い花とともにタムシバの花が目立つようになる。

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 自宅から細見谷へはほぼ直線的に北北西に1時間半ほど走るのだが、沿岸部を離れて旧佐伯町に入る手前から、このタムシバがほぼ左手側の斜面によく目立つのである。つまり北向き斜面にということだ。図鑑などでは、日当たりの良い丘陵地、山腹、尾根筋に多い、とされている。確かに日当たりはいいが、日照時間は限られている。細見谷でもやはり北向き斜面によく目立つ。これは偶然だろうか。それとも何か関係があるのだろうか。タムシバの目立つところは尾根筋と山腹に走る小尾根のように見える。おそらく、腐葉土層がうすいガレ場や岩場となっていそうなところである。北向き斜面だと日照時間が短く、比較的雪解けが遅れる。そのため尾根筋でも水不足となりにくいのでがないだろうか。腐葉土層は薄く、水気があり、日当たりは良いものの日照時間が短く、やや気温が低い、そんな場所がタムシバの生息域なのかも知れない。下の写真は細見谷川右岸の女鹿平山系の北斜面に生育するタムシバである。ブナ、ミズナラ、シデ類など落葉樹の芽の膨らみの淡い色の中で際立つ白い花は、春を呼ぶ華やかさがある。天然杉の緑ともいいコントラストを醸し出している。この時期は本来、まだ雪が林道を覆っていて入れる状態にはないのだが、今年のように雪解けが速いと思わぬ発見があり、苦労のしがいもあるというものだ。

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編集・金井塚務 発行・広島フィールドミュージアム
この調査は、広島フィールドミュージアムの活動として行っています。当NGOは細見谷渓畔林を西中国山地国定公園の特別保護地区に指定すべく調査活動を行っています。特にツキノワグマにとって重要な生息地であり生物多様性に秀でた細見谷渓畔林域はツキノワグマサンクチュアリとして保護するに値する地域です。
    広島フィールドミュージアムの調査研究&自然保護活動はすべてカンパによって行われています。
皆様のご協力をお願いします。                                                             
 カンパ送付先 
広島銀行宮島口支店 普通 1058487 広島フィールドミュージアム 
または  
郵貯銀行振込口座 01360-8-29614 広島フィールドミュージアム 

HFMエコロジーニュース115-細見谷へ春を探しに

 

 例年だと、雪が解けて細見谷へ入れるようになるのが4月中旬から下旬なのだが、今年はどうやら雪解けも早いのではないかとという気がして、まだ3月だというのに杉さんと一緒に下見に出かけた。 案の定、主川をさかのぼって林道入り口付近まで来ると、斜面には少しばかり雪が残っている。さすがに早まったようだ。それでもと、林道へ入ってみたが、300mほど行ってみたものの、その先の林道にはまだしっかりと雪が残っていた。あえなく断念する。

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 山腹のブナを見るとイヌブナの花芽、葉芽があかく膨らんでいるのがわかる。もうすぐ芽吹きだ。そしてこの膨らんだ花芽を目当てにクマがやってくるかもしれない。細見谷ではブナの花芽を食べたフンをいくつか見つけているが、比較的少ないのは何故だろう。沢筋のオタカラコウやササの新芽(タケノコ)やシシウドなどにより引きつけられるのだろうか。
 渓畔林行きを断念し、支流の一つろくろ沢へ入ってみる。空気はあくまで冷たいが、日射しは強く春が近いことを肌で感じる事ができる。この時期にしては水量が少ないが透明度は高く、その清冽さはなんともいえずいいものだ。所々にゴギの産卵床らしいものも見えるが、どうも生き物の気配は薄い。チャルメルソウもまだ芽吹き前だし、残雪の上にはトチ実の殻やブナの殻斗、枯れ葉が冬の名残をとどめている。

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 沢筋に一つ、フキノトウが顔を出していた。春一つ、発見。

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 こころくろ沢は生き物の気配の濃いいい沢だったのだが、年々、巨木が姿を消し、沢の状態も悪化しているようだ。特に今年は、雪の降り方が例年とは違って、湿って思い雪がどかっと降っては溶けを繰り返したようで、トチノキ大枝がねじれ折れてい、それが沢を夫妻であちこちに小さなダムを形成し、よどみが増えている。それに伴い、河床には泥が堆積し、大きく様相を変化させている。
 そうしたよどみに、おしどりがひっそりと越冬しているのが見えた。この沢周辺はおしどりが営巣するのに都合の良い樹洞が多く、貴重な繁殖地となっているようだ。

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 沢沿いの湿地で妙なものを見つけた。動物の毛のようなものだが、どうやらノウサギのものらしい。ノウサギの毛皮は捕食者に捕まるとすぐに破れてしまう。皮を斬らせて身を助くということのようだ。この谷にはオオタカハイタカ、フクロウはもちろんクマタカも姿を見せ、猛禽類の狩り場ともなっている。ノウサギも安閑とはしていられないのだ。 そうこうしているうちに、黒い雲が広がり、雪がちらついてきた。寒い。
 ヒキガエルもまだ出てきてはいない。あと2週間で一気に春となりそうな気配を感じつつ、ろくろ沢を後にした。

追記
 今年の雪はスギの植林地にも被害をもたらしている。手入れの悪い植林地のスギは、生育も悪く、細いスギが密に生育しているので、まるで楊枝の林のようにみえる。そこに重たい雪が枝に積もるのだから、少し強い風でも吹けばたちまち折れて倒れてしまう。主川沿いの植林地でもそんな光景を見ることができる。ただこうして折れたスギの植林地はやがて林床に陽が差し、埋土種子が芽吹いて本来の植生が復活する可能性が高い。すこしそっとしておくことも一つの方法ではある。

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やんばる地域の国立公園化計画の問題点

 沖縄本島北部のやんばる地域を世界自然遺産登録を目指す政府は、同地域の国立公園化を計画している。しかしこの計画ではやんばるの自然を保護するためのものではなく、かえって多くの生物の生息地の分断をもたらし、孤立した個体群の衰退を招く危険性があるとして、以下のような意見書を記者会見をして公開するとともに関係各省庁に提出することにした。

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意見書・やんばる地域の公園化計画の問題点

   2016年3月、環境省沖縄本島北部のやんばる地域を国立公園化する方針を発表した。これは世界自然遺産奄美琉球」への登録をにらんでのことだという。国立公園の設置は自然公園法に基づき、その優れた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図ることにより、国民の保健、休養及び教化に資するとともに、生物の多様性の確保に寄与することを目的としている。これまでの国立公園は風景地の保全と利用に重きがおかれ、生物多様性の保護はその下位に置かれていたと言っても過言ではない。しかしやんばるの国立公園化の方針が世界自然遺産登録のためにあるとすれば、優先すべき目的(機能)は、固有種を含むやんばるの生物相の保護・保全にあることは言をまたない。そこでここではこの計画案がやんばるの個体群保護にどのように関わるのかという視点から検討してみることにする。この計画ではやんばるに生息する固有種をはじめ地域個体群を維持し続けることは不可能であり、むしろこの計画が実施されることで公園域外の森林生態系の破壊が歯止めなく続く可能性すらある。以下その理由について少し具体的に説明してみる。

 

1.指定地域が狭すぎる

 沖縄本島のやんばるでは国立公園として指定される地域(陸域)は13632㏊で、やんばる地域、約34,000haの40%に過ぎず、その内訳は以下の通りである。

 

 

 

 

やんばる全域に対する割合(34000ha)

特別保護地区

    790ha

  5.8%

  2.3%

第1種特別地域  

   4,402ha

  32.3%

  12.9%

第2種特別地域  

   4,071ha

  29.9%

  12.0%

第3種特別地域  

   3,334ha

  24.5%

   9.8%

普通地域       

   1,035ha

   7.6%

   3.0%

陸域合計       

  13,632㏊

 

  40.1%

 

  この区分けについての問題点は後述するが、決定的に指定面積が狭すぎることを指摘せざるを得ない。やんばる地域よりやや狭い西表島については、全島を国立公園化(29000ha)する方針であることを考えれば、やんばる地域の公園化計画の問題点が浮かんでくる。その背後には、やんばるの林業問題がある。やんばる地域では主に国頭村で県と村が競うように森林整備事業を展開してきたし、今後も継続することを目論んでいる。たとえば国頭村でも村有林で5ha規模の皆伐(1~数カ所)を毎年続けている。

 このようなやんばる地域における林業の問題点は、パンフレット「生物多様性保全の視点から考える-やんばるの今と未来」でも指摘されているように、育材をめざすいわゆる本土の林業とはことなり、様々な名目の補助金で成り立っている林業もどきの事業と言わざるを得ない。

 一方、県営林では「やんばる多様性森林創出事業」(平成25年から3年間)と称して伐採(皆伐)をしており、森林の劣化は年々深刻な状況になっている。

  やんばるの国立公園化計画の環境省案が何を目的として立案されたのか理解に苦しむのだが、少なくともやんばるの生物多様性や固有種を含む種または個体群の保護に有効に働く規模になっていないことは指摘しておかねばならない。これまでのやんばる地域における森林整備事業(森林施業や林道開設など)が自然破壊の元凶として起こされた住民訴訟(通称・命の森やんばる訴訟)では、世界自然遺産登録を目指すという環境行政との整合性がとれないとして、これまでの森林整備事業の不合理さを指摘し、事業続行に一応の歯止めをかけた。しかしこの環境省による国立公園化計画が実施されるとなれば、その縛りが外れることにもなりかねない。逆に言えば、環境省が県や地元自治体に配慮して、国立公園化区域をきわめて限定的に設定したものと受け取れる内容となっている。

 つまり国立公園区域を限定すること、特に規制の厳しい特別保護地区や第1種特別保護区域を限定することで、裁判所の決定を事実上覆し、合法的に自然破壊ができる計画となっていることを指摘しておく。つまり、本来の世界自然遺産にふさわしいやんばるの生物多様性の保護を目的とした計画ではないということに大きな問題がある。

 では、やんばるに固有な自然(生物多様性)の保護を目的とするためにはどのような計画であるべきなのだろうか。それについて検討してみよう。

2.保護地区の区分けの問題点

 前述したとおり国立公園には保護の必要性に応じていくつかの区分がなされている。ここで開発による現状変更(破壊)が厳しく制限されるのは、特別保護地区とせいぜい第1種特別地域だけで、それ以外の地域では事実上、利用に厳しい制限はなく、開発が可能となる地域である。これまで多くの国立公園・国定公園、天然記念物指定地域ではあらかじめ開発計画がある地域においては本来特別保護地区に指定してしかるべき地域であっても、意図的に第2種特別地域より下位の保護地域とされてきた事例は少なくない。たとえば、西中国山地国定公園内の細見谷渓畔林(大規模林道計画)や天然記念物・阿蘇北向谷原始林(立野ダム計画)などがある。

 やんばる地域は、大宜味、国頭、東の三村(面積は34000h、S-Tライン以北で約30000ha)にまたがる本島北部の森林帯を指し、イタジイやオキナワウラジロガシが優占する亜熱帯常緑広葉樹林帯が大半を占めている。ここにノグチゲラヤンバルクイナ、トゲネズミ、ケナガネズミ、リュウキュウコテングコウモリなどの小型コウモリ類、ヤンバルテナガコガネリュウキュウヤマガメ、イシカワガエル、クロイワトカゲモドキなどの固有種をはじめ幾多の在来種が生息している。それ故、政府としても世界遺産登録を目指すのであろう。そうであればやんばるの森に見られる固有性と多様性の保護を保証する要件を備えた内容であることが必然的に求められる。そうした十分な保全措置を前提として、その利用が許容されるはずである。

 ところがこの計画案の内容を見る限りそうはなっていない。たとえば、やんばるの自然生態系にあって重要な要素であるオキナワウラジロガシは、うち続く皆伐によって年々減少していることが推定されている状況にあって、伊江川流域には比較的まとまった群落が残っている。中でもオキナワウラジロガシを含むやんばるの原型的な森林植生が保存されている林道・楚洲仲尾線の計画地一帯は全て第3種で開発可能な地域に指定される予定となっている。同じく謝敷の森も第3種で破壊から逃れることはできない【別紙1・2参照】。

 これらはほんの一例に過ぎない。厳密に保護される地域はきわめて狭く、極論すれば保護地域は限りなく0に近いと言うべき計画に驚くばかりである。

 本来、保護区の設定は科学的な調査に基づいて計画されなければならない。それは国際条約(世界遺産条約および生物多様性条約)で課される義務でもある。

 たとえばノグチゲラ1種を考えても次のような視点が欠かせない。

 ノグチゲラは主にイタジイを営巣木として利用しているが、それもイタジイならばどれでも良いというわけではない。直径20~30センチを超える太さを持ち、巣穴の前方に適度な空間が確保できる、材が堅過ぎないなどの要件を備えていることが重要である。その上で固体維持のためにどれほどの餌資源が必要かなどを考慮し、さらに個体群として維持するためにはどの程度の個体数、生息密度が必要かを科学的に推定するという作業が欠かせない。保護区の設定はそういう手順を踏んでなされるべきである。

 しかるに近年、ノグチゲラの分布域の拡大や営巣木の変化(タイワンハンノキやリュウキュウアカマツ)などをとらえて、個体数が増加しているとの論調もあるが、仮にそれが事実であったとしても、これは必ずしも喜ぶべき現象としてとらえることはできない。なぜなら、これは本来の生活資源がまかなえず、その代償として人為的な環境へ順化した結果とも見られるからである。この順化あるいは馴化という現象は、場合によっては人為淘汰を促し、本来の生活様式を営むことができない個体群の拡大をもたらす可能性がある。その行き着く先は、野生個体群の絶滅である。この顕著な例は、安田(あだ)地区の養豚場のミミズに依存したヤンバルクイナである。これは餌付けに近い人為的環境下での個体数増加で、本来の生息地である森林内での個体群の動態は不明である。もしヤンバルクイナがこうした人為的環境下でしか生息し得ない状況下に置かれれば、それはほぼ、野生個体群の絶滅を意味している。

 保護区域を限定し、その周囲に広がる森林(バッファゾーン)を皆伐し、自然環境を破壊することを許容するとすれば、フイリマングースなどの外来種に適した環境の創出にもなりかねず、やんばるに固有な在来種個体群の縮小再生産をもたらすであろう。そのような自然を世界自然遺産と呼べるのであろうか。

 また、やんばるの自然の固有性は目に見えるレベルにとどまらず、ササラダニ類などの土壌生物、菌類やそれとの共生体(ラン科植物など)などきわめて複雑である。つまりはその複雑な自然は長い進化の過程において形成されてきた歴史の産物でもある。世界自然遺産とはこうした歴史的(進化)産物の保護・保全を求めるものである以上、それにそった保護区の設定が求められることはいうまでもない。

 環境省が示した保護区区分では、個体群の孤立化と分断を招き、長期的にはやんばるの生物多様性を毀損し、種や個体群の絶滅を招来するものに鳴りかねない。

 つまり、保護区の設定は土地利用(開発)を前提にするのではなく、個体群維持を基本に据えるという意味では、環境省案は全く評価に値せず、強く再考を促したい。

 

なお、やんばるの自然貴重性と破壊の現状等は

 「生物多様性保全の視点から考える-やんばるの今と未来」日本森林生態系保護ネットワーク・やんばるDONぐりーず  2014年 

 「やんばるの森のまか不思議」 沖縄大学地域研究所 2011年

を参照のこと。

 

【別紙1】特別地域での伐採について

【別紙2】謝敷で行われた2015年度の皆伐

 

2016年3月23日

 

               日本森林生態系保護ネットワーク(CONFE Japan)

               代  表   金 井 塚       務

               やんばるDONぐりーず

               共同代表   喜   多   自   然

                      赤   嶺   朝   子

               顧  問   平   良   克   之

               NPO法人・奥間川流域保護基金

               代  表   伊   波   義   安 

               環境NGO・やんばるの自然を歩む会

               代  表   玉   城   長   正 

               沖縄・生物多様性市民ネットワーク

               共同代表   河   村   雅   美

                      吉   川   秀   樹 

               泡瀬干潟を守る連絡会

               ジュゴンネットワーク沖縄

               ジュゴン保護キャンペーンセンター

               「ヘリパッドいらない」住民の会

               琉球列島を自然遺産にする連絡会

               世話人    伊   波   義   安

               日本鱗翅学会会員

                      宮   城   秋   乃 

               日本甲虫学会会員

                      楠   井   善   久 

 

                            (以上順不同)

                     (連絡先)

                      沖縄県那覇市松尾2-17-34 

                      沖縄合同法律事務所

                         弁護士 喜  多  自  然

                      TEL098(917)1088 FAX098(917)1089

 
【別紙1】特別地域での伐採について

 

自然公園法上,国立公園の特別地域(特別保護地区を含む。)における伐採は,環境大臣の許可制である(法20条3項2号,21条3項1号)。しかし,許可基準(法施行規則15条)を見ると,おおむね下記の条件では伐採が可能とされている。

第一種特別地域:単木伐採,択伐(伐区における蓄積(立木の材積)の10%以下)

第二種特別地域:択伐(伐区における蓄積の30%(用材林)・60%(薪炭林)以下)

皆伐(伐区内の2ha以内)

第三種特別地域:制限なし。

択伐においても,伐区の設定の仕方や択伐の方法によっては大規模伐採が可能である。沖縄県は2013年より「やんばる多様性森林創出事業」と称して,帯状伐採,群状伐採,小面積皆伐等の検討を行っている。帯状伐採,群状伐採では,伐採場所を広く取れば皆伐と変わらない状態になるが,形式的にこれを択伐として位置づけることで,上記の許可基準の下でも皆伐と変わらない伐採が可能になる。実際にやんばる多様性森林創出事業では帯状伐採を択抜と位置づけた上で,皆伐と同様の伐採を行っている。

また皆伐においても,1伐区内で2ha以内と定められているにすぎず,同時に複数箇所で皆伐をすることや,毎年場所を変えて皆伐を繰り返すことも可能である。

第三種特別地域については全く制限がなく,大規模伐採が可能である。

したがって,伐採について規制が制度的に担保されているのは特別保護地区(やんばる全体の2.3%)のみである。

以 上

提出先 環境省沖縄県林野庁国頭村大宜味村、東村など

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うんちコロコロうんちはいのち

うんちコロコロうんちはいのち   きむらだいすけ さく・え
岩崎書店 2016年

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 うんちは排泄物とも呼ばれるように、多くの人は、不要なものいらないもの、あってはならないものと考えているかもしれない。たしかにうんち(フン)は動物が消化できないものを身体の外へすてるべきものなのだが、捨てる神あれば拾う神ありともいうように、不要物を利用する生き物がいることを忘れてはいけない。その意味ではうんちは排泄物でもあるが、生産物でもある。
 ただうんちにはたくさんの毒も含まれていたり、ひどく臭かったりする。だから排泄(生産)した動物や人にとっては直接の価値はない。とはいえ、このような毒もある生き物にとっては毒にはならないということがあるから生き物の世界は不思議でおもしろい。においだって、いやな匂いもなれればいい香りになることもある。
 たとえば、「くさや」という魚の干物は大変臭いが、なれれば大変おいしい食べ物となる。おいしい食べ物となれば、その臭さもごちそうに変化する。
 世の中は一事が万事これだ。多面性というのだろう。
 であれば、くさいうんちだって、おいしい食べ物として、あるいは生活の場としている生き物がいたっていいだろう。それがこの絵本のテーマである。
 動物の排泄物であるうんちを食べ、そしてそこに卵を産み付けて再生産する。この昆虫はうんちの中で生まれ、うんちの中で育つ。そして成虫となってもうんちを糧に生きる。このフン虫(フンコロガシをはじめとするコガネムシの仲間)だってうんちをする。そのうんちだって別の生き物(バクテリアなど)の食べ物(資源)となる。そしてやがて窒素や二酸化炭素などの無機物へと分解されて、大気や大地の中に戻っていく。つまりうんちはいのち(いきもの)をつなぐ一つの輪になっているということなのだ。
 とはいえ、うんちならどんなうんちでも良いというわけではない、ふんころがしにとっておいしいうんちもあればそうでないうんちもある。ここもまた面白いところである。フンコロガシが好きではない、ライオンのような肉食どうぶつのうんちを好むフン虫ももちろんいる。 うんちを通じていのちがつながっていることを楽しみながら知ることができる。なにしろ子どもたちは、とにかくうんちが好きなのだ。これは是非子どもたちに手にとってもらいたいし、おとなたちにはうんちのうんちくを子どもたちに語り聞かせてほしい。
 話は少し横道にそれるが、私もきむらだいすけさんの父親である木村しゅうじさん(漫画家にして日本を代表する動物画家・笑点カレンダーでもおなじみ)とは40年来の知り合いで、一緒に仕事をしたこともある。なかでも、サルを描かせたら右に出る人はいないとの評価を受けている木村さん挿絵を描いていただいた「にほんざる」(いちい書房)で吉村証子記念・科学読物賞(第6回 1986)をいただくことができたことは、私にとって数少ない記念碑である。
 うんちコロコロうんちはいのちの絵のタッチ、その雰囲気は木村しゅうじさんを彷彿とさせる。さすがに親子だなと感心したのである。ただ一つだけ欲を言わせてもらえれば、うんちをする際の尾の具合がもうすこし付け根をもちあげてその先を弛緩させるとよりリアルになるにちがいない。
 じつは私もかつて、うんこを巡る生態学入門を目指して、「うんころじー入門」なる本を出す予定で原稿をかいたことがあった。しかしその後あれこれとあって、原稿は手直しをすることもなくお蔵入りになってしまったり、「シカのフンからガラスを作る」というテーマで絵本をと思ってそのままになっていたりと、動物のうんちを巡ってはふんぎりの悪いことばかりだったので、この絵本は、私にとってもいい刺激となる作品での一つに違いない。
 世の中に「うんち(フン)」にまつわる図鑑や絵本は少なくないが、このように物質循環(いのちの連鎖)という視点(生態学的視点)で描かれたものはあまりお目にかからない。そこにこの絵本の価値がある。生き物は暮らしを通じて皆どこかでつながっているということを楽しみながら読み取っていただければ幸いである。