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生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

タムシバについて考える-HFMエコロジーニュース116

季節の移ろいは速い。特に春はそうだ。
駆け足でやってきて、あっという間に通り過ぎてしまう。
私は宮島の対岸に居をかまえているのだが、4月上旬にはすでに花は散り葉桜の趣を見せ始めている。しかし同じ廿日市市内でも北部吉和地区は標高も高いこともあって、春の訪れは遅く、サクラは4月下旬にやっと満開となる。東北地方の福島県ほどの気候である。
 森林帯で言えば、暖温帯照葉樹林帯から中間温帯をへて冷温帯落葉樹林体(ブナ林帯)まであり、まるで本州の森林植生の見本市のようである。この利点を環境教育やエコツアーなどの観光に活かそうという発想が出てこないのがなんとも不思議なのだが、今はやりの名ばかりエコツアーがはびこるのも嫌なのであえて口を出さないことにしている。
 それはともかくニホンザルがいなくなった(実際にはまだいるのだが)宮島の照葉樹林帯から西中国山地の一角にある冷温帯落葉樹林帯の細見谷渓畔林へとメインフィールドを移して早、十数年。ここにはニホンザルはいないがその代わりツキノワグマがいる。その細見谷渓畔林周辺は4月下旬になってようやく桜が満開となる。このように広島県内の狭い地域でも桜前線の移動は3月下旬から約一月をかけて北上するのだ。ただしここのサクラは植栽されたソメイヨシノではなく、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラといった野生のサクラである。
 私は動物も植物も野生のものが好きだ。サクラとて例外ではない。長い進化の過程をへて、それぞれがそれぞれの暮らしを持ち、おたがいが関わりを持って世界を構築している。そんな関係を探るのが好きなのだ。
 とはいえ今日の話題はサクラはサクラでも苗代桜と呼ばれている「タムシバ(Magnolia salicifolia (Sieb. et Zucc.) Maxim.)」について考えてみようと思う。

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3月に入り気温が上がってくると、瀬戸内のこのあたりでもほんの数キロ内陸に入るとソメイヨシノの開花に先だって、山腹に白い花が目につくようになる。野生の花木であるから毎年豊年ということはないが、数年に一度、まるで雪が降ったように山肌がのほぼ全域が白くなることがある。(ちなみに宮島ではクロバイの当たり年がこのようになる)
 今年はその当たり年である。2013年、2011年も当たり年だったので、ここのところ2-3年周期で当たり年となっている。
 地元ではコブシの花が咲いたというが、これはコブシではなくタムシバというモクレン科の樹木である。遠目にはコブシもタムシバも見分けはつかないほどよく似ているが、よくよく見れば、枝振りや花の直下に葉がつくか着かないかといった違いはある。漢方に辛夷という薬があって鼻づまりや蓄膿症に効くとされているが、その辛夷としても利用される樹木である。
 苗代桜とも呼ばれているように、かつてはこの花が咲くのを待って苗代作りをしたという。今は昔の話である。今日の農業は効率化と工業化の波に飲み込まれ、田植え機にマッチした苗を工業的に生産されているので、苗代桜などという言葉も消えつつある。こうして言葉とともに文化も消えていくのである。その損失はいかばかりであろうか。
 愚痴はさておくとして、このタムシバの生育地にある特徴が見て取れることに気がついた。自宅からフィールドの細見谷へは、県道30号線-国道186号ー国道488を経て十方山林道へと入り細見谷へ至るのだが、その間ほぼ全域でタムシバの花を楽しむことができる。2016年4月9日土曜日には、さすがに沿岸部に近いところでは花期はとうに過ぎていたが、内陸部へ入り標高が上がるにつれて、コウヤミズキの黄色い花とともにタムシバの花が目立つようになる。

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 自宅から細見谷へはほぼ直線的に北北西に1時間半ほど走るのだが、沿岸部を離れて旧佐伯町に入る手前から、このタムシバがほぼ左手側の斜面によく目立つのである。つまり北向き斜面にということだ。図鑑などでは、日当たりの良い丘陵地、山腹、尾根筋に多い、とされている。確かに日当たりはいいが、日照時間は限られている。細見谷でもやはり北向き斜面によく目立つ。これは偶然だろうか。それとも何か関係があるのだろうか。タムシバの目立つところは尾根筋と山腹に走る小尾根のように見える。おそらく、腐葉土層がうすいガレ場や岩場となっていそうなところである。北向き斜面だと日照時間が短く、比較的雪解けが遅れる。そのため尾根筋でも水不足となりにくいのでがないだろうか。腐葉土層は薄く、水気があり、日当たりは良いものの日照時間が短く、やや気温が低い、そんな場所がタムシバの生息域なのかも知れない。下の写真は細見谷川右岸の女鹿平山系の北斜面に生育するタムシバである。ブナ、ミズナラ、シデ類など落葉樹の芽の膨らみの淡い色の中で際立つ白い花は、春を呼ぶ華やかさがある。天然杉の緑ともいいコントラストを醸し出している。この時期は本来、まだ雪が林道を覆っていて入れる状態にはないのだが、今年のように雪解けが速いと思わぬ発見があり、苦労のしがいもあるというものだ。

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編集・金井塚務 発行・広島フィールドミュージアム
この調査は、広島フィールドミュージアムの活動として行っています。当NGOは細見谷渓畔林を西中国山地国定公園の特別保護地区に指定すべく調査活動を行っています。特にツキノワグマにとって重要な生息地であり生物多様性に秀でた細見谷渓畔林域はツキノワグマサンクチュアリとして保護するに値する地域です。
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