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生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

HFMエコロジーニュース117ー秋田・成瀬ダム予定地を歩く

成瀬ダム予定地を歩く

 秋田県南東部、岩手県宮城県との県境近くに東成瀬村はある。成瀬ダムは利水、治水を目的とした多目的ダムであるが、多目的は往々にして無目的であることはよく知られた事実である。当然地元では貴重な自然を破壊する事業として反対運動も起きており、現在、仙台高裁秋田支で控訴審が進行中である(成瀬ダムをストップさせる会)。
 この控訴審において自然の価値を争点とするための調査が、このたびの調査行となったというわけだ。というわけでじっくり腰を据えての調査というわけにはいかない。この数ヶ月でめぼしい成果が要求されるという厳しい日程の中での調査である。
 昨年の秋に某団体からの助成を受けることになったのだが、ここ東成瀬村のダム建設現場周辺はかなりの雪が積もる地域でもある。したがって実質的に調査ができるようになるのは雪解け後の5月中旬以降ということになる。本当ならば、イワナが産卵する10月末頃から11月初旬にかけてツキノワグマの魚食の証拠を押さえておきたかったのだが、やむを得ない。というわけで4月30日に予備調査という形をとって現地へ趣いたという次第である。
 4月30日のい朝、前日からの小雨がようやく止みはしたものの、いつまた降り出すかわからない厚い雲が空を覆っている。気温も思ったより低く、準備してきたフリースを着てもまだ寒いくらいだ。現地付近の尾根は今朝まで降っていた雪でうっすらと白い。現場の少し手前に工事用ための門が設置されており、9時にならないと開かないという。その門まで来ると、工事事務所の職員がやってきて、雪のためこの先が通行止めとなっていてゲートを開けることはできないという。ということはここに車を置いてかなりの距離を歩かねばならないということになる。天気は悪い。最悪の状況だ。が、しかし車が一台、ゲートの、向こう側に止まっているではないか。聴いてみれば今日の調査に参加する人の車だという。朝来たときは門が開いていて門の存在に気がつかず、前の車に続いて入ってしまい、気がついて集合場所へ戻ってきたら、すでに門が閉じられていたというのだ。事務所の職員の権限では門を明けることができないという。午後5時ころに再度ここへ来てそのときに一時的に門を明けるのがそれまではダメだという。行くに行けず、帰るに帰れない。しかし考えてみれば、車が一台でもゲートの向こう側にあるのだからこれを使って調査員をピストン輸送すればいいということに気がついた。不幸中の幸いである。こうして私たちは無事、調査地(夢仙人大橋)へ行くことができたのだ。

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 9:30 曇り 北寄りの風:強 今日は成瀬川の支流、北ノ股沢へ入る。雪解けで水量が多く、沢を遡上することができないので、斜面を巻いて目的の場所へ行かざるをえない。直線距離にすればそんな遠くでもない。しかし斜面をトラバースしていくつかの沢を超えていくのだが、これがかなり難儀である。斜面が急であるうえに越えるべき沢はほとんど崩落しており沢の源頭部近くまで登っての渡渉しなければならない。しかも雪で押し倒されている樹木の枝は斜面下方に向かって地面近くに伸びているため、枝をかき分けかき分け歩くのだから歩きにくいことこの上ない。本来なら1時間ほどのところだと言うがそこを4時間近くかけてやっと到達できた。年寄りいじめの斜面である。
 斜面を歩いていて気がついたことがいくつかある。ここはとにかく斜面崩壊が頻繁に起こるということだ。火山灰のような土だからちょっと激しい雨や積雪で簡単に沢や斜面が崩落するようだ。そのためブナ、ミズナラ、トチ、ダケカンバなどの巨樹がまばらで比較的若い樹齢の林分となってる。攪乱が頻繁に生じるので裸地かした林床にはカタクリがよく繁茂している。こんな場所はニホンカモシカには好適な生息地なのだろう。フンも見つかった(写真)。ブナの若枝を食べたリス、あるいはムササビ、モモンガなどの樹上性齧歯類の食痕も見つかった。そして古いブナ、ミズナラには大きな樹洞ができていて、ツキノワグマの越冬場所になりそうだ。

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 急斜面を下って、北ノ俣沢から20mほど高い位置(標高530m)まで降りてくる。このあたりになるとテラス上の平坦な地形も出てくるが、そこはもうダムの湛水域で、ゆくゆくは人造湖の底に沈んでしまう場所である。
 こうしたテラス上の場所はところによって湿地状になっており、草本類が生育する場所でもある。そればかりではない。いわゆる移行帯(エコトーン)に当たるこうした場所は水域の生物と陸域の生物との相互作用がみられ、生物多様性と生産性の高い場所でもある。

 この時期、イワウチワ、キクザキイチゲ,ショウジョウバカマなどの草本類も花を咲かせていた。

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 北ノ俣沢をはじめ急峻な斜面が続く成瀬川支流域にあって、川沿いの緩斜面や平坦なテラスは動植物にとって貴重な生活場所でもある。試験的に比較的広いテラスの湿地にカメラをセットして動物たちの動きを探ることにした。今後の成果が楽しみである。
 周辺の斜面のを見れば、あちこちに斜面の崩落が見て取れる。残雪があって詳しい状況はよく見えないが、火山灰土が堆積した斜面は簡単に崩落するようだ。ここまで歩いてきたところでも、沢筋はことごとく堆積土が崩落し、部分的に基盤が露出しているところや、基盤そのものも崩落し岩石が堆積しているところも少なくない。これが少し大規模におこれば、岩塊流とか風穴といった地形になるにちがいない。崩落した急斜面(法面状)にはフキノトウなどの草本類が生育し、春先の菜畑といった状況にある。これらも野生動物にとって重要な食糧資源となっている可能性がたかい。

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 ここの林相は常に崩落するような不安定な場所(主に沢筋)と比較的安定した(小尾根)が縞状に分布しており、それが林相に反映している。つまり、若齢樹と老齢樹とが列状に混交していおり、生活場所の多様性を生み出している。
 わずか1日の予備調査なので、詳細はまだ不明だが、ここに巨大なダムができることで出てくる影響はそう軽微ではないことは間違いない。

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 河川流域のテラス状の湿地(写真上)はすべて水没してしまう。それは生物多様性の際立つエコトーンの消滅を意味し、生物生産の減退を招くおそれが強い。また、これほど頻繁に崩落を繰り返す地形にあっては、土砂堆積の問題も無視できないに違いない。ダム湖底には短期間の内に堆砂問題が表面化するであろう。

 何よりも、森と海をつなぐ動脈ともいえる河川の分断は、物質循環の大きな障害となり東成瀬地方全域の生物生産力を減退させるのみならず、雄物川流域をはじめ沿岸部への影響もはかりしれない。それはかなりの時間を経過して後に顕在化するにちがいない。
 これ以上、ムダな公共事業で我々の招来を食いつぶすことは許されない。地方再生はまず生物生産の再生でなければならないはずだ。

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