生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

クマゲラの巣を見つけた!! (119)

 クマゲラって鳥、知ってますか?真っ黒な身体に赤いベレー帽といった出で立ちのキツツキである。

 本州には、アカゲラオオアカゲラアオゲラコゲラ、アリスイといったキツツキの仲間が暮らしており、時折見かけることがある。とくにスズメほどの大きさのコゲラは町の公園などでも出会うことができる。 ところがこのクマゲラというキツツキは主に北海道の原生林に生息していてるのだが、東北地方の一部でも生存していることがわかっている。とはいえ、最近では東北地方での生息地は白神山地や森吉山(秋田)などに限られているとの報告がある(日本のクマゲラ・藤井忠志・北大出版会 2014)。

 かつては、会津ー山形にまたがる飯豊連峰や日光にも生息していることが知られていた。しかし多くのその生息地では絶滅したらしく、北東北のブナ林にごく少数が細々と生き抜いているらしい。つまり絶滅の危機に直面しているということなのだが、その生態(暮らしぶり)はまだわからないことが多い。

 手元に生きたクマゲラの写真がないので、ウトナイ湖サンクチュアリー(日本野鳥の会)の展示剥製を移したものを紹介しておく。

f:id:syara9sai:20160608103743j:plain

 これまでの文献を当たってみると、本州のクマゲラはブナの原生林に生息し、ムネアカオオアリをよく食べるということだ。ムネアカオオアリというのは森林内に生息する大型のアリで、文字通り胸の部分の体節が赤い(オレンジ色)をしている。朽ち木に巣を作って生活している。前回の北ノ俣沢を歩くの項で、イワナの胃袋からも見つかっているあのアリである。

 前置きがだいぶ長くなってしまったが、このクマゲラが現在も生息しているかどうか確認することも今回の調査の眼目の一つである。というのもアセスでもクマゲラは現地調査の結果では、水没地域に生息していることになっているのだが、個体群は維持できているのかどうかいささか心許なかったし、その生活環境を見定める必要があったからである。

 そこで、木賊沢、北ノ俣沢と沢沿いの森林形態を視察し終えたこともあって、野鳥担当の花輪さんを中心に5名で尾根筋を歩いてみることにした(前回の報告に掲示した地図のクロ線)。木賊沢・合ノ俣沢の合流点を渡渉し、急斜面にとりつきよじ登る。数十メートルも登れば尾根道にでる。その少し手前の斜面に胸高直径40cmほどのブナがあり、地上4.5mほどのところに野球のボールほどの穴が開いているのを見つけた(同地図の①の位置)。

f:id:syara9sai:20160609112156j:plain

 これがその穴である。メジャーを当てて大きさを図ると、縦10cm、幅9cmほどであることがわかった。穴の下側には爪でひっかいた跡が残っていて、傷の跡の様子からするとそれほど古いものではないことがわかる。育雛用の巣穴か休憩用の巣穴かわからないもののクマゲラの巣穴とみてほぼ間違いない大きさである。

 ちなみに、キツツキ類の巣穴の大きさは、これまでの調査結果(日本鳥類大図鑑 増補改訂版1965)から

 クマゲラ   8.5~13cm

 オオアカゲラ 6.5~6.8cm

 アカゲラ   4~6cm

 アオゲラ   4.5~5.2cm

と言うことである。

 ここ成瀬川流域ではクマタカイヌワシなどの大型猛禽類を頻繁に観察することができる。それほど豊かな森林でもある。そして攪乱と安定という極めて生産力のある自然がここに存続していることの意味を再認識する必要がありそうだ。

 ちなみに、アセスでの評価は「本事業区域には、本種の生息に適すると考えられる環境の一部であるブナ群落が分布するため、この環境が湛水区域では水没し、また工事実施関連区域では工事に関わる部分に該当した場合は消失する。しかし、本事業区の他にも成瀬川流域には、ブナ群落が広く分布し、その現状が維持されるために本種の生息地の保全は図られる。したがって、クマゲラについては、ダム建設による影響は少ないと考えられる」という。

 こうした予測はアセスの常套手段であるが、まったく科学的な予測となっていないことは読者諸氏にはあまりに明らかであろう。

同じような森とは、誰にとってのことなのか?クマにはクマの、クマゲラにはクマゲラのそれぞれ異なる価値をもつのが自然というものである。主体を無視した環境論は不毛であるだけでなく有害ですらある。安定と攪乱それが成瀬川流域の特徴であり、多様性と生産性を維持する要因の一つである。こうした動的で豊かな森でこそ多くの生きものが生きていけるのである。これ以上の破壊はもうやめようではないか。日本国民の将来のために。