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生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

北ノ俣沢は雨だったー濁流でのイワナの食べ物 (120)

 秋田県雄勝郡東成瀬村への3回目の調査行である。今回は川沿いの森林植生についてより具体的なデータを集めることを目的としていたので、測量の専門家のKさんも同行しての本格的調査である。

 前の2回の調査は天候にも恵まれていたが、今回は梅雨真っ最中の調査で、予報も芳しくない。到着した日だけは日射しもあったのだが、夜から心配していたとおり雨が降り出した。調査は北ノ俣沢とトクサ沢の2カ所、いずれも河沿いのテラス状になった場所を予定している。前回の調査でそれぞれに特徴的な河畔林があり、この地域の多様性を具体的に示せることができそうな場所である。トクサ沢は川に沿って道が残っているので雨でも何とかたどり着けるが、北ノ俣沢は道と呼べるものは皆無で、切り立った断崖を巻くか沢を遡上するしか現場へはたどり着けない。だから雨が降って川が増水すると北ノ俣沢での調査は絶望的となる。

 雨が降りしきる中、宿舎をでて現場へ向かう。車から時々見える成瀬川は茶色く濁って激流となっている。現地の責任者であるOさんは何とかなるでしょうと極めて楽観的だ。彼は沢歩きに熟達しているので少々の増水はなんと言うこともないのかも知れないが、われわれ調査班は年寄りである上に沢歩きは馴れていない。それに雨に弱い電子機器類も持っている。無理はできないのである。それでも一応、皆、足下は沢歩き用に準備はしてきている。

 現場(夢仙人大橋)へ到着して遙か下を流れる川を見れば、やはり濁流である。が、水量はそれほどでもなさそうに見える。意を決して川へと急斜面を下る。雨は小降り。しばらく下って、川岸は出てみると、遠目に見た川とは全く様相がちがう。どうどうと音を立てて濁った水がうねっている。何とかトクサ沢と北ノ俣沢の合流点までたどり着き、岸辺で様子を見ることに。見たところでどうなるものではない。とても渡渉できる状況にはないのは明らかである。

 ここでもOさんは諦めない。ここさえ渡ってしまえば後は何とかなりますと確信に満ちていた。予定では、これより1.5Km上流の北ノ俣沢調査地近くにキャンプすることになっており、かなりの荷物を運ぶ必要がある。客観的にみればまず不可能な行動予定であるが、しばらく様子を見ることにして、滞留することに。

 岸辺にブルーシートを張って雨宿りしながら待つ(下の写真)。

 

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 待つと言っても何もしないわけではない。周囲の地形、植生など観察すべき事は少なくない。と、右手の森の上空を黒くやや尾の長い鳥がトクサ沢を超えて北ノ俣沢上流方面へ飛んでいった。ちょうどクマゲラの巣のある上空を飛んだのである。としばらくして今度は、姿を消した北ノ俣沢上流方面から川沿いに飛んで消えた。鳥の専門家である花輪さんも見たのだが、????。何だろう。という。ふわふわといいた飛び方で、カケスとも全く異なる。カケスよりは大きい。クマゲラ?との期待もあったのだが、結局正体は不明のまま確認することはできなかった。幻のクマゲラ事件であった。しばらくして後、今度はトクサ沢上流の上空に、大型猛禽類が姿を現した。しばらく飛翔した後、尾根の枯れたキタゴヨウにとまった。イヌワシかとも思ったが、写真を見る限りどうやらクマタカのようだ。

 そんな事をしながらひたすら待つ。釣り師のSさんが同行していたので、お願いしてイワナを釣ってもらうことにした。前回、イワナの胃袋には陸生動物(昆虫類)が詰まっていたが、このような雨降りでしかも濁った激流のとき、イワナは何を食べているのか知りたかったのでお願いしたのだ。さすがに名人だけあって、あっという間に写真のようなイワナをつり上げてきた。

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 早速、腹を割いて胃の内容物を検査してみると、次の写真のごとく、ほぼトビケラ類の幼虫ばかりであった。陸生の甲虫が1匹見つかったが、ほぼすべてトビケラ類である。

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 このトビケラ類は普段は石の下に植物の茎や小石をまとってくらしており、イワナに捕食されることは少ない。しかし、雨が降り流れの勢いが激しくなると川底の石が転がり、そこからトビケラの巣が水中に流れ出る。そこをイワナに捕食されるということになる。一方、陸生の昆虫類は、活動を休止しているので、川に落下することもない。晴天の日のイワナは前回報告したように、主に落下してくる陸生昆虫類を補食しているが、梅雨時など雨の日には水生昆虫の幼虫類を主な食糧としているということが窺い知れる。

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 こうしたことも雨の日でなければわからないことだった。足止めも悪いことばかりではない。

 今回の調査ではもう一つ大きな目的があった。それは北ノ俣沢周辺に風穴が散在している可能性があったので、できれば風穴を見つけることである(これは主に市川弁護士の役割)。かねてより、市川さんは風穴の存在を予感していたようで、もしそれがあれば風穴植生も存在する可能性に期待を寄せていたのである。最初の写真には鳥を観察する花輪さんが写っているが、そのすぐ左手の岸辺にその風穴が見つかったのである。

 実は私はこの沢で風穴を見つけるのはかなり困難だと思っていた。岩石が崩落して滞積している場所はあちこちに見られるが、それが風穴になっているとは予想していなかった。規模が小さすぎると思っていたからである。しかし規模こそ大きくはないが、岩の隙間から冷気の吹き出しがあり、外気温とのさも8°cほどあって、まさに探していた風穴に違いないのである。その後、北ノ俣沢周辺にはいくつもの風穴が存在しているらしいことがわかった。

 雨の日の滞留があればこその成果であった。転んでもただでは起きないCONFEの面目躍如と言ったところである。

 結局、この日は荷物を置いて撤退することになった。明日からの調査に乞うご期待。

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 雨に打たれたツルアジサイの花もサワグルミの果穂も美しかった。明日は雨も上がるだろう。