生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

細見谷地域にシカ現る

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 2017年9月15日 ここ広島県西部地域も風18号が接近しつつあり、細見谷渓畔林域に設置してあるクマの生態調査用自動撮影装置を避難させるため現地へ趣いた。前回メンテナンスをしたのが、8月12日だったからほぼ一月ぶりとなる。比較的好天に恵まれていたが、さすがに一月も放っておくのも心配だった。実際、前回は一台が故障して修理の必要があったのだ。それでなくとも電池切れや誤作動でメモリが一杯になっているかもしれないので、少なくとも2週間に一度はメンテの必要がある。

 それはともかく、無事カメラを回収してきて、何が記録されているのか点検をしてみると、なんと驚くべき映像が見つかった。下の写真もその一つだ。ファイルを再生してみると鋭い目つきの大きめの鳥の姿が現れた。とっさにクマタカだとわかったのだが、カメラの目の前、50cmも離れていないように見える。雨上がりでレンズに水滴が付着してピントが甘くなってしまっているのが残念だがそれでも迫力は十分だ。写真はビデオ映像からキャプチャーしたので迫力は半減しているが、FBにアップ(広島フィールドミュージアムのページ)した動画でご覧いただくとかなりの迫力である。

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 そして今日の本題はもう一つ別のトピックスである。最初に掲げたモノクロのシカの写真がそれである。 

 9/14日の深夜、大きな角をもつオスのシカが沢筋を下流に悠然と歩く姿が記録されていた。細見谷地域でのシカの生息は初確認である。

 広島県下でのシカの分布域は、広島市安佐北区の白木山周辺以東と宮島で廿日市市吉和地区ではこれまでニホンジカの生息は確認されていなかった。また隣の山口県では萩市宇部ラインより西側、島根県では県中央部(奥出雲地域)を中心に県下全域に生息しているものの石見地方はかなり希薄なようだ。このシカが太田川沿いを遡上する形で移動してきたのか、はたまた宮島由来のシカなのか、山口県の個体群由来なのかそれは全くわからない。

 このシカ、大きな角を持っており栄養状態はかなりいい。悠然とカメラの前を通過して、下流方向へ去って行ったが、さてどこまで行くのだろう。体つきから見ると現在の宮島のシカよりずっと体格がいい。かつて、今から3,40年前の宮島にはこの程度の対角のオスはそう珍しくはなかったが、現在では身体の大きさはともかく、角の大きさはこれほどのものは見当たらない。宮島由来と考えるのは少し無理かも知れない。ここが太田川水系の源流部に当たることを考えれば、広島市の個体群由来というのが一番ありそうなことだと思う。がしかし、自然は何が起こるかわからない、不思議の追求には長い時間がかかることだろう。

 オスのシカは、シカに限らないが、相当の距離を移動することは決して珍しいことでもないので、シカがいたからどうということもないのだが、全国各地でシカの食圧による森林植生が大きく変化している昨今である。いよいよ細見谷渓畔林もシカの食圧にさらされるのかといういささか早まった心配をする向きあるかもしれない。しかし、1頭のオスがいたとはいえ、それが即、繁殖個体群の定着ということにはならない。しばらくは推移を見守ることにしようと考えている。

ついでに一言

 それよりももっと心配なのは、クマをはじめとする野生生物の密度低下である。まだまだ多様性はあるとはいえ、かなり深刻な状況となりつつある。クマの姿が希薄になっていることは疑いようのない事実である。

 ちまたでいわれているようなクマの個体数増加という話はどうも神話のような臭いがする。広島県の特定鳥獣保護計画・ツキノワグマには、「中核地域での密度低下」が指摘され、中核的生息地の複層林化をはじめとする生息環境の回復が謳われているが、残念なことに予算措置までの言及はなく、努力目標というかお題目に終わりかねない状況にある。その一方で、市街地、中山間地の集落周辺への出没件数の増加しつつあり、特に秋田県での人身事故以来、メディアを中心に過激な報道が世論をあおったこともあって、各地で異常なほどの駆除が行われたり、狩猟解禁の動きが出始めている。これは木を見て森を見ない議論の典型でもある。もっとフィールドにでて事実をしっかり把握した上で、政策に反映させる必要を痛感している。