生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

大野権現山周辺のベニマンサク

 2018年6月2日土曜日、天気も良く久しぶりに地元の大野権現山へ出かけてみた。ほぼ25年ぶりのことだ。大野自然観察の森の駐車場に車を置いて、約2Kmほどの旧佐伯町との町境にある標高699.2mで旧大野町最高峰となる。

 大野自然観察の森は1984年から環境省が主体となり、各地方公共団体と整備を行った自然教育施設で、農業用のため池を中心とした通称「ベニマンサク湖」を中心に観察路が整備されている。

 開設当初は日本野鳥の会に運営を委託し、運営方針は外部の運営委員の合議でということになっていた。私自身もアニマルトラッキングなどの観察会を引き受けたりしてかなりの関与していたのだが、まもなく運営主体の大野町は財政負担に耐えられず委託は解消され、大野町の直営となった。

 当時私も運営委員を引き受けていたが、飲料水の自動販売機の設置を巡って設置不可の答申をしたことで、ほとんどの委員が解任されてしまった。というわけでそれ以後は、足が遠のいてしまったというわけである。

 ここ大野自然観察の森の目玉はなんといっても「ベニマンサク」である。駐車場に車を止めて遊歩道を歩くと川沿いにこのベニマンサクが並木をなしている。今はまだ紅葉していないが、特徴的な果実を見ることができる。

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 ちなみに秋になると写真のように真っ赤に紅葉するが、同時に赤い花弁の花を同時に楽しむことができる。

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秋のベニマンサク、赤い花も見ることができる。

 標準和名はマルバノキ(Disanthuus cercidifolia)。ハート型の葉の形だけを見るとマメ科ハナズオウによく似ているが、あまりなじみのない方が多いのではないだろうか。というのもこのマルバノキは岐阜、長野、愛知、滋賀、福井、高知と広島(旧大野町)のみに分布が限られているのでそれもやむを得ないだろう。

 広島県では県の天然記念物に指定されているのだが、その分布の実態が曖昧なため、1992年に総合調査を行い、翌93年(平成5年)に報告書としてまとめている。

 もともと大野地区の人々はこの木をバンノキと呼んでよく知られた植物だったようなのだが、植物学会ではマルバノキが大野地区に群生していることは知られていなかった。こうしたことはよくあることで、やんばるの固有種・ヤンバルクイナも地元の人たちは飛べない鳥がいることは知っていたが、その存在は学界には知られていなかった。やがてそれが学者の目にとまって、固有種の「ヤンバルクイナ」として学界に認知荒れると「世紀の大発見」となったのである。

 マルバノキが学界に知られるようになったのは1931年(昭和6年)のことである。広島山岳会に所属していた平川一秋氏(故人)が大野権現登山の帰路、現在の自然観察のある湿地で1本だけ紅葉している樹木に目がとまり、茶褐色の果実の着いた枝を採取して持ち帰り、佐藤月二(広島県師範学校助手、後に広島大学教授)氏に同定を依頼したという。当初、佐藤はなにやらよくわからないが、どうもハナズオウのようだとの感想を持ったが、後日、果実を見てマンサク科の特徴を持つことに驚き、マンサク科のマルバノキであるとの見当をつけ、田代善太郎、高木哲雄に連絡し、最終的に牧野富太郎によってマルバノキと同定されたということである。(べにまんさく総合学術調査報告書・大野町教育委員会 1993年より一部抜粋)

 このベニマンサクは水辺に群生しているが、当時調査してみた経験からは川の水面っから3m以内のところに生育しているケースが多く、水流による種子頒布をしているのではないかと考えている。多くの湿地が破壊され乾燥化していく中で分布がかなり分断してしまったのであろう。秋に咲く花は赤い糸が放射状に伸びる星のような形をしていて、なかなか美しいのだが、ドクダミによく似た悪臭を放つ。これが昆虫類を引きつけているのだ。

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 つまり遊歩道沿いの植栽は不自然な並木というべきなのだが、まあ、目をつぶろう。道の反対側の乾燥した真砂土にはガンピが黄色い筒状の花つけていた。このガンピは高級和紙の原料としてかつては子どもたちの小遣い稼ぎにもなったということだが、今ではほとんど利用される事はない。ただ、樹皮の繊維はは極めて強いので登山靴の紐が切れてしまったときなどは緊急批難的に利用できる。

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 そうこうしているうちに権現山登山口まできた。ここからはだらだらと小一時間ほど斜面を登る。ツツドリホトトギスキビタキの囀りも聞こえるが、イノシシ以外の野鳥もケモノも気配が薄い。手入れの悪いスギ林を抜けて尾根筋に出る。この森は若い二次林であるが、液果を稔らせる樹木が少なく、サルもクマも暮らしていけそうにもない。近隣にはクマもサルもいるのだが、残念な状況である。

 もう一つここで紹介すべき特徴がある。次の写真は、シロモジ(クスノキ科)である。暖帯から温帯の落葉樹林に分布するが、あまり多くはなく、レッドリストに掲載されている都県もある。

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 だらだらと緩斜面を登ること約1時間(連れ合いの足が遅いので)。ようやく山頂にたどり着く。ここから宮島を望むと大野瀬とをはさんで駒ヶ林の絶壁も見ることができる。まあ、軽いハイキングにはいい山なのかも知れない。人混みがないのが何より。

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 帰りにはベニマンサク湖に咲くヒツジグサ、(睡蓮)を堪能した。

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f:id:syara9sai:20180607161045j:plain 登山の前にヴィジターセンターで入園届けをしましょう。駐車場ーヴィジターセンターー登山口ー山頂  標準所要時間片道1時間

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