生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

やんばるの森事情 1 やんばるの森散策

 前回は森林伐採の現場を紹介したが、こうした森林伐採がやんばるの生物多様性にいかなる影響を与えるかということを考えてみたい。だがその前に、そもそもやんばるは本来の森林って?、そこはどんな世界なのか、どのような生きものが暮らしているのか、といった素朴な疑問に答えておくことにしよう。

 下の写真は大国林道・長尾橋から眺めたやんばるの森である。よくポスターなどで見るやんばるの森はたいていここからの眺めたものである。もこもことしたブロッコリーのような森。このもこもこした樹木はイタジイ(スダジイ)で、このイタジイが優占する森、それこそやんばるの森の基本的景観である。写真は5月、いわゆる「うりずん」に撮影したもので、白い花はイジュ(ツバキ科)である。写真を見る限り、やんばるはこうした立派な森が延々と続いているかのように思えてくる。

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大国林道・長尾橋から見たやんばるの森

 しかし遠目には立派な森林に見える森でも、実際に足を踏み入れてみると意外に細い樹ばかりでがっかりすることも少なくない。というか、今のやんばるにはそんな森のほうが圧倒的に多いのだ。

 では本当に豊かなやんばるの森とはどんなものなのだろうか。その一部を画像で紹介してみよう。写真アルバムやんばるの自然 をご覧ください。

 

 やんばるの森散策

 やんばるとは山原の意味で、その地形は本土の山岳帯とは異なり、大きな山体を有するものではない。名前の通り、丘陵といった方がわかりやすい。千葉の房総半島内陸部や下北半島の地形に近く、平らな地面が東西南北から押されて地面にしわが寄った様な地形に特徴がある。せいぜい2-300mの山が複雑に連なり、小さな川が網の目のように流れている。森を眺めての印象は一見なだらかで歩きやすい森に見えるが、実際はかなり歩きにくい。それは樹木が地形の厳しさを覆い隠しているからに他ならない(下の写真参照)。

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 伐開地に立って森の断面を見るとわかるように、谷に近い樹木は樹高も高く太い。それに比して尾根部では季節風も強く、乾燥しやすいために樹木の生育は遅れ、樹高もかなり低い。また地形は沢筋の土壌は浸食されて岩盤が露出し、川沿いは数メートルの高さの崖となっていることが多い。つまりお椀を伏せたような地形の集合体と思えばわかるだろうか。その結果、樹木に覆われたやんばるの山並みはなだらかに見えるが、実際に森を歩くのは、粘土質の赤土の斜面と相まって容易ではない。またこの赤土の土壌はかなり酸性が強く農業には適さない。

 薄暗い森

 やんばるに残る古い森に足を踏み入れてみるてまず感じるのは、暗いということかも知れない。その暗さにはすぐに馴れて気にはならないのだが、写真撮影をするとなるとこの暗さに苦労することがある。動きのある鳥やパンフォーカスで景観をカメラに収めようとすると、どうしてもスローシャッターを切らねばならなくなり、息切れした身体では手持ち撮影で苦労する。

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 写真はそれほどでもないのだが、巨樹に覆われた森では樹冠が完全にふさがれて林床はかなり暗い。そのため林床に生育する植物は意外なほど少なく、すかすかである。熱帯、亜熱帯の森は、いわゆるジャングルのような樹が密性して歩きにくいと思うかもしれないがそれは誤解である。

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 森林内部は暗いだけではない。沢沿いの森は湿度が高くしっとりとしている。ところが尾根部は冬の強い北西風のためやや乾燥がきつい。そんなこともあってわずかな高低差ではあっても、生育している樹種は斜面の上部と下部(沢沿い)とでは異なっている。たとえば高温多湿の谷筋から中腹まではイタジイやオキナワウラジロガシの巨木が生育しているが、尾根部周辺は乾燥に強いアデクリュウキュウチクの群落となっているだどわずかな標高差でも大きく植生が異なる。

 生物にとって湿度(水分)は生死を分けるかなり重要な要素である。極端な言い方をすれば、水問題を解決することも生物の進化に大きな影響を与えてきたのである。逆説的な言い方をすれば、水を求めて水と縁を切るように大進化が生じたと言えるのかも知れない。身体の内部に豊かな水環境を保持できる身体の仕組みを獲得することで水の少ない新しい生息域を獲得してきたことは脊椎動物の進化史にも見られる。

 生物はこのような水問題の解決とともに 1.いかにして食物を獲得するか、そして逆に 2.いかにして他の生物の食糧とならずに暮らすか、そして3.いかにして子孫を残すか、という三つの難問を同時に解決しなければならなかった。この多元方程式を多様な環境の中で解決するために生物同士の多様な相互作用が生じ、多様な関係が構築されてきた結果が現在の生物世界である。 

 だから湿度も気温も高い亜熱帯のやんばるには、本土にはない多様性がある。そんなやんばるの森を探索しながら散策してみよう。 

 やんばるの川筋を歩くとそこここにかなりの巨樹に出会う。ほとんど岩盤のような川沿いの崖地の上部には、板根を発達させたオキナワウラジロガシがまるで斜面の崩落を食い止めるがごとく岩盤に板根を伸ばして立っている。

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川縁の岩盤にそそり立つオキナワウラジロガシの巨木

 日本最大のドングリで知られるオキナワウラジロガシであるが、今、このオキナワウラジロガシは毎年の皆伐で姿を消しつつある。その辺の事情を少し詳しく述べたいが、それは回を改めてのこととしたい。ここまでやんばるの森事情を紹介しようと書き始めてものの、どうもそう簡単には話が進みそうにない。ということですこし予定を変更して、これからはシリーズでやんばるの森事情を紹介していくことにします。

 次回はオキナワウラジロガシについて、これまで調査してきてわかったことなどを少し詳しくお話をします。ということで、中途半端ではありますが、今回はこのくらいにしておきます。