生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

やんばるの森事情 3 森は生物の暮らしの場

 前回はオキナワウラジロガシについてでしたが、少しだけ補足しておきます。

 やんばるに産する樹木はたいてい成長が速く、材質が柔らかく耐久性に問題が有り、建築材などには余り適していない。そのかなではオキナワウラジロガシ、イジュ、モッコク、イヌマキなどは材が堅く、数少ない有用材として貴重な存在となっている。中でもオキナワウラジロガシやモッコクは貴重で、琉球政府によって厳重に管理され、一般市民用の住宅にはほとんど利用されることはなかったようだ。ちなみにオキナワウラジロガシは首里城の「守礼門」の門柱に使われている。

 わずかにイタジイ(板椎)が利用されていたが、現在でも沖縄の木造住宅に利用されるのは県外産が大部分を占め、やんばる産の建材はほとんどない。このうちモッコクやオキナワウラジロガシは、かなり希少なので古くから伐採が制限されていたようだ。

 もう一度やんばるの森を構成している樹種を見てみよう。典型的なやんばるの森を遠望すると、ブロッコリーのようなモコモコとしている。これらはほとんどイタジイが優占する森なのだが、古い森に足を踏み入れてみると、様々な樹種が生育していることに気づく。

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 やんばる地域には網の目のように林道が敷設されていて驚くばかりなのだが、その林道に車を止め、谷を下って川へ出る。やんばるでは川を道代わりに歩いて森を観察するのも一つの方法である。日当たりが良く水の豊かな場所には、沖縄の森ならではの木生シダであるヒカゲヘゴが見られる。

 ヒカゲヘゴは高さ10mを超えるものもあって、いかにも亜熱帯らしさを醸し出している。春、ヒカゲヘゴの大きな葉が展葉する前、伸びた若葉はゼンマイのように山菜としても利用されるという。湯がいてマヨネーズで食べるとそれなりに美味しいとのことだが、私はまだ試していない。このほかにも着生シダのオオタニワタリも山菜として利用される。

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 亜熱帯のやんばるには大型の木生シダ以外にもリュウビンタイ(写真)やオニヒゴなど多くのシダ類が生育している。

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 さて話を少し戻そう。川を遡上しながら観察してみると、イタジイに混じってイジュ、崖の上にはオキナワウラジロガシ、少し斜面を上がったところにはタブ、小尾根にはヤマモモといった具合に一抱えもありそうな巨樹が点在している。 
 そうした巨樹の幹をたどって情報へと視線を写すと、時に一風変わった植物を見つけることがある。先ほどのオオタニワタリもそうだが、もっと美しいオキナワセッコクやフウランなどのラン科植物が見つかることもある。

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オキナワセッコク

 これら着生植物は他種の幹に着生しているだけで決して寄生しているわけではない。つまり、生息地を提供してもらっているだけで、栄養分を横取りしているのではない。着生植物が多いということはとりもなおさず、空中湿度が高く、安定していることの証でもある。林冠が閉じた古い森は林内の湿度が高く保たれており、様々な生息地を作り出している。これが生物学的多様性の一例でもある。生物の多様性が高いということは多くの種が存在しているということではあるのだが、もう少し深く考えて見ると多様な生物が生きているということは、それだけ多様な関係が存在しているということを意味している。生物はそれぞれに固有な歴史をがあり、その歴史の中で他種との関係を培ってきたのだが、こうした生物同士の相互作用が新しい世界を生み出し、その世界に適応すべく自らの振る舞いや暮らしぶりを変えていく。この生物の歴史を進化という。だから地域の自然はそれぞれに固有なものとなる。とくに琉球列島の島々にはそうした固有性が色濃く残っている。世界自然遺産としての価値はそこにある。

 

薄い腐葉土

 樹上から地面に目を転じてみよう。やんばるの森は本土の山地とはやや異なり、地面が余りふかふかではない。スポンジのような腐葉土層が断然薄い(写真)。

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腐葉土層が薄い

 やんばるの森の腐葉土層はせいぜい数センチほどで、すぐに堅い基質が現れる。湿度の高い熱帯や亜熱帯の多様性に富んだ地域は、当然のことながら生物の活動が活発である。落ち葉や動物の死骸はたちどころに分解され、その産物はそく他種の生産のための養分として利用される。したがって分解物のストックがない。在庫を置かないどこかの生産現場のようにある意味自転車操業的な面がある。一旦森林が破壊されると、薄い土壌層は失われ基質が露出することとなる。こうなると多様性の復活はかなり困難になりかねない。

 オキナワウラジロガシやイタジイ、ヤマモモなどの巨樹は板根状の根を斜面に張り、そこに腐葉土層を形成するという機能が認められる。強い雨樹冠で受け止め、樹幹を伝わってゆっくりと地面に流す。その流れを板根が受け止め腐葉土層を形作るのだ。やんばるの森の巨樹の周辺にできた暑い腐葉土層にはそれこそ多様な菌類など目に見えない生物が様々なネットワークを形成する。そうした複雑な生物ネットワークに支えられてラン科植物が生き抜いてきたらしいこと、ランの研究者に教えていただいた。

 これら目に見えない土壌生物も含めて森の様々な生きものについてはおいおい紹介していくことにするが、とにかく、古い森の皆伐は、想像以上に生物世界に大きなダメージを与えている。次回は、イタジイとノグチゲラについて、その後は森林伐採による湿度の低下がもたらす様々な影響と枯れ木の存在意義について考えてみたい。

 爺のつぶやきー最近どうも頭が働かない。いいたいことはたくさんあるがうまくまとまらない。まさに老化現象。今回もまとまりのない話となって締まったのですが、勘弁してください。一つには自然が余りに複雑なので、やむを得ない面があるのですが、どうか新報強くお付き合いください。