生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

アサリ漁の復活はあるか

 私の住んでいる廿日市市大野地区は、知る人ぞ知る「大野あさり」の産地である。宮島の対岸の干潟(前潟)は大野瀬戸に面し、永慶寺川、毛保川などの小河川が流入する砂礫干潟である。干潟の規模はさして大きくはないが、以前からアサリの産地として漁が営まれていた。が、1975年突然アサリが絶滅するほどの大量死が発生し、以後生産猟は大幅に落ち込んだという。しかし近年、全国的なアサリ不漁の中にあって、手掘りアサリとして、大きくふっくらとして、美味なアサリとして知られるようになり、品薄状態が続いている。

 そこで、地元漁協と研究者との協働作業としてアサリの生産量復活のプロジェクトが立ち上がった。その辺の事情については、アサリ漁民となってみた-アサリ養殖は儲からないが役に立つを参照してほしいが、今日は、この稚貝採取の作業風景についてリポートしてみます。

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 4月になり、今年も稚貝採集の時期が巡ってきた。大潮のこの日は宮島の須屋浦で稚貝の採取を行うということで、作業に必要な道具を積み込んで、漁船に分乗し、約30名の有志が大野下の浜漁港を出発した。この日の大野瀬戸の干潮は午後3時30分、潮位50cmの大潮。午後2時に出港し、須屋浦までは10分ほどだろうか。ちなみに須屋浦というのは宮島の最西端に位置している。

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須屋浦海岸

 カキ筏の間を縫って須屋浦海岸に到着。

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 写真にある廃墟のようなものはカキの稚貝採取用の棚で遠景は大竹の化学工場群である。かつてこの工場群から排出された有害物質によって様々な公害が問題となったのが1970年代のことだ。この頃、海はどぶの様な汚水となって異臭を放っていた。これが、アサリの大量死に関係していたのかも知れない。

  それはともかく、作業用品を下ろして準備が整うと、各自十能を使って砂浜の表層約3cmほどの砂を掬い取り、青い網袋に半分ほど入れたら、口を閉じ、砂浜に並べていくのだ。

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 この時期のアサリの稚貝は数ミリ程度の大きさで、なかなか肉眼では見にくい。巣は浜を指でなぞってみると、見つかるのだが、中にはかなり大きく育っているものもある。ただ稚貝はそのほとんどが3cmより浅いところにしか生息していないので、深く掘ってもむだである。ひたすら表面を掬い取って、網袋に入れる。口を閉じる。並べる。といった作業を繰り返すのみ。

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 単純作業であるだけにこれを3時間ほど続けるのはかなりの重労働である。中腰での作業なので腰は痛く、太もももじんじんしてくる。途中で休憩をはさむが、この時間はカキの稚貝採取用の櫓の根元に生えているワカメをいただくことに。

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 持ち帰ってめかぶを三杯酢で食べるとこれが、大変に美味しい。新鮮さが命なのだ。

このワカメは冷凍保存しておいて、通年利用することができる。単純重労働のご褒美だ。

 午後5時潮が満ちてくるのを合図に、作業は終了し、アサリ養殖の復活を祈念し、集合写真を撮って帰途に。

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 こうして稚貝採取の初日は無事終了したのだが、ただこの海域にも問題がないわけではない。一次産業の工業化と商業主義化は生産コストの削減と作業の効率化に飽くことなく突き進まざるを得ない。そのために目的外の生物やその生息地の保全には目をつむることも多い。

 ここ数年、顕在化してきたマイクロプラスチックの問題もその一つである。かつてより海は透明度を回復し、一見きれいになったように見えるが、その実、目に見えない汚染が深刻化しつつあるという。これはグローバルな問題として極めて深刻なもんだいでもある。が、カキ養殖などの零細企業として漁業が成り立っている現状からは目に見える汚染も極めて深刻である。

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 上の写真は須屋浦の景観である。宮島は町の周辺以外は、島の周囲ほとんどが自然海岸でコンクリート護岸はない。そのことが劣化した瀬戸内海の生物的自然をなんとか養っている。大野のアサリ養殖がが何とか存続できるのも宮島の存在が大きいのかも知れない。

 上の写真に写っている森の手前の薄茶色の茂みはハマゴウである。ハマゴウは常緑の小低木で夏に薄紫の花を咲かせる。

 しかしながら、写真のハマゴウは葉をすっかり落としてしまっている。枯れているのかどうかは不明だが、心配な景観ではある。

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 工場群の排出する汚水や廃棄物などはだいぶ軽減されているが、カキ養殖にまつわる別な汚染問題も深刻化しつつある。

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 カキを育てるためのカキ筏はタケを組んで作られる。浮力を増すために筏の周囲には発砲プラスティックの浮きが取り付けられている。その筏からは番線が海中に伸びており、その番線にはホタテ貝の貝殻がプラスティックの管をはさんで吊されている。ここにカキが付着して成長するのだ。数年の耐用年数を経て筏は廃棄されるが、その筏を野焼きしているのが上の写真である。タケそのものを燃やすことにはそれほどの問題はないのだが、タケと一緒に様々なプラスティックや不燃物までもが処理される。もちろんカキそのものも焼かれる。プラスティックからはダイオキシンのような有害物質が発生する可能性も無視できないだろう。焼け残りは海に散逸する。

 こうした作業が終わるのを待っているのがシカである。シカはカキの貝殻やカキの身を食べに集まってくる。カキだけを食べるのであれば、さほど問題はないのかも知れないが、有害物質を含む消化不能なものも口にする。これらはすべて第一胃に滞留し、シカの健康を損ねる原因となる。町のシカもゴミの摂食による餓死が問題となっている。

 筏の処理に関わるゴミ以外にも台風などの自然災害による筏の損傷、沈没などによるゴミ汚染も無視できない。

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 これは損傷したカキ筏の残骸が打ち上げられたものである。もう20年近く前の写真だが、今でもこうしたゴミは管理者が不明なために放置され、蓄積していく。時に行政が処理する場合もあるようだが、それには税金が使われることになる。社会的コストを考えると大変な損失に違いない。

 産業の低コスト化を追い求める一次産業の工業化は、生態学的な矛盾を抱え、時に生物多様性を蔑ろにしかねない。漁業の工業化、つまり養殖漁業の総コストを生物多様性の価値と比較して論じる必要を感じているが、複雑で広範な利害関係が絡んでいるこの問題をどう処理していけば良いのだろうか。

 わかっちゃいるけど、手が出ない。こんな状況が続いている。しかしこの矛盾の行き着くところは、生存の危機である。何とかしようといいう思いが、新たになった稚貝採取作業でした。