生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

ニュース107(264)細見谷調査行ーカエル合戦ー

 全国各地で桜の開花が早いという。
 最近の日本の気象が春も秋も短く冬が終わると即初夏となり、長い夏が終わると即、冬というような感じがする。こうした気象の変化が生物の世界にも影響を与えているに違いないのだが、それがどのようなものかすぐにはわからない。
 大型のほ乳類などのようにこうした変化をそれほど苦にせず、乗り越えることが可能な種もあるその一方で、当然、敏感に反応する生物もいるだろうし、対応しきれずに衰退していく種もあるに違いない。
一般的な言い方をすれば、冬の中に秋や春場合によっては初夏が混じり込んで気温の変化が大きければ、外温性生物はかなりのダメージを受ける可能性があるといえるであろう。
たとえば、ヒキガエルのように寒い冬から地温が一定温度に上がると産卵活動を始める種にとって、寒暖の差が大きい冬は不都合である。
産卵をした後で冬がぶり返せば、せっかく産んだ卵が凍ってしまう可能性が高いからである。
 そこで少し早いのだが、3月30日に予備調査をかねて細見谷へ言ってみることにした。
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例年であれば積雪のために4月中旬までは入山できないのであるが、今年の西中国山地では3月下旬にはすっかり雪もなくなり、例年になく早い時期に細見谷へ入ることができた。入山してみて改めて雪の少なさを実感した。3月といえばまだ根雪の下に押しつぶれているチュウゴクザサがすでに直立しているではないか。少なくとも、今まで押しつぶされていましたというがごとく、大雨の後の稲穂のように倒れているのだからまるで5月過ぎの情景だ。
 
 細見谷には雪がないとはいえ、ケモノの気配はまだ感じられない。特にクマはここ数年細見谷で見る痕跡は極端に減ってきている。細見谷でクマの痕跡が目立ち始めるのはブナの花芽やチュウゴクザサのタケノコなどが利用できるようになる5月以降である。とはいえ、何が起こっているかは、実際に現場へ足を運ばなければわからない。だからこそ、この時期に入山できることは大変貴重なチャンスなのである。
 日射しは強くなって入るものの、空気は雪肌をなめてきたかのように冷たい。
水温を簡易測定してみたが、本流では5.9℃、湧水地で7.9℃であった。ちなみに水たまりなどの止水では、20℃を超えるところもあり、太陽の影響をうける場所での水温は大きく変化する。
 実はこの周辺に温湿度や水温のデータロガーを設置し、年間を通じてのデータを収集しており、今回はデータの回収もしようと思っていたのだが、持参したPCのバッテリーが寿命を迎えていたらしく、データの回収には失敗してしまった。
次回以降に期待。
 というわけで早めの昼食をすまし、いつもヒキガエルが産卵する氾濫原内にある水たまりの状況を確認してみることにした。
行ってびっくり、見てびっくり。
 驚くほどたくさんの観点状の卵塊が直径8ミリほどの太さに水を吸って膨らんでいた。bufo-07-1
そればかりか林道上の水たまりにも産卵が確認された。昨年よりずっと多い。むしろ少なかった昨年が異常だったのだろうか。
今年は地温が一気に上昇し、ヒキガエルの活動が一時期に集中したのかも知れない。
に産卵されている林道上の水たまりには一定の傾向があり、近くに比較的安定した大きな止水がある周辺の水たまりがよく利用されているようだ。おそらく水場へ向ながら待ちきれなくなり、ここでもいいやということで産卵をしてしまう個体が少なからずいるのであろう。
卵塊はあれど、カエルの姿は見えない。と目をこらすと、水底に何匹もの死体が沈んでいる。
そこで、池の周囲を探してみれば、なんとあちこちにひからびた死体や骨だけになった遺骸が見つかった。
bufo-10おそらくカラスにでもやられたのであろう。
 残念ながら、この池ではカエル合戦はもう終わってしまったようだ。気を取り直して少し上流域にある別の産卵場も確認してみることに。まだ芽吹きまでしばらくかかりそうな明るい林を歩いていくうちに、遠くからかすかに「フォ、コー、フォ」とやや高い声が耳に届いた。その声はだんだんとはっきりしたものになってきた。
と、目の前の水たまり、林道上にできた水たまりに黄土色の塊がいくつか動いているのが見えた。
それはヒキガエルが団子状にひっつき合ってもがいているものだったが、そのちょっと先からカエル合戦を思わせる鳴き声が聞こえてくるではないか。
いそいでその声の発生現場へ向かう。そこは林道脇にできた10×3mほどの水たまりで、やはり毎年多くのヒキが産卵するところである。ササをかき分けて池をのぞき込んで驚いた。
bufo-11-1そこは黄土色したヒキガエルのバトルロイヤルよろしく、あちこちで組んずほぐれつの修羅場となっていた。
 ここもすでに多くの寒天質の卵塊があるにも拘わらず、さらに産卵が続いている。
どこにメスがいるのか全くわからない。
飛びついてはな馴れ、また別の集団に飛びつく、あるものは陸地へのそのそと帰っていく。ざっと数えても50匹以上のヒキガエルがいそうだ。しかも、どれも体長10センチを超える大物ばかり。
 細見谷にはヒキガエルが多いことは知っていたが、これほどとは。なにしろこうした集団があっちにもこっちにも、つまり、流れの強い本流以外の緩い流れや土石流でせき止められた比較的新しい池のあちこちにこうした集団がいるのだ。
最近、細見谷から生物の気配が消えつつあるが、これを見てまだまだ捨てたものではないと思い直した。
とはいえ、楽観はできない。全体としては、悪化の一途をたどっているのだから。
一刻も早く、西中国山地国定公園の特別保護地区へ指定するよう措置しなければ禍根を残す。
さあ、がんばろう。
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 「ひき鳴いて唐招提寺春いずこ」 という水原秋桜子の俳句がある。本当のことを言えば、これほど賑やかなカエル合戦を見るのは初めての経験だ。ヒキガエルがこれほどまでに鳴くとは思ってもみなかった。せいぜいオスがオスに抱きつかれたときに発するリリースコールを発する程度だと思っていた。ところがオスがだすこの声は、よく見ていると、抱きつかれていないオスもこの声を盛んに発している.どうやら、抱接という繁殖行動の文脈に突入したオスが興奮して発する音声のようだ。
 こうした情景はかつての日本の農山村ではごく普通に見られたに違いない。秋桜子の句は写実であったことを思い知った。だが、今、このカエル合戦は幻となっている。それだけ生物の多様性は失われ、生産力もなくなっているのだ。
bufo-18-1早春のこの時期に、ヒキガエルの鳴き声を聞くことができるとは贅沢なことではある。この贅沢を日本の各地で堪能できる世界を取り戻さねばならない。
「志を果たしていつの日にか返さん」唱歌「ふるさと」の3番をこのように変えて歌わねばならな
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い時代となっていることを肝に銘じよう。物流(金融)栄えて山河なしでは生きてはいけないのだから。
このカエル合戦の模様は「カエル合戦」をクリックしてください。

カエル合戦動画は

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