生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

実質勝訴判決・やんばる訴訟

 2015年3月18日午後2時、沖縄県那覇地裁101号法廷は緊張した面持ちの傍聴人であふれていた。
裁判官が入廷し、2分間の冒頭撮影が済むと、おもむろに判決主文の申し渡しがあった。

1.本件訴えのうち、被告が別紙林道目録記載1ないし30の各林道の開設事業に関して公金の支出、契約の締結若しくは履行、債務その他の義務の負担、又は地方起債手続きをとることの差し止めを求める部分をいずれも却下する(下線引用者)。
2.原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3.訴訟費用は原告らの負担とする。
わずか数分、余りにもあっけない幕切れであった。
無表情で退廷する裁判官、勝ち誇ったような県側の傍聴人。
 負けたの?というつぶやきとも確認ともとれない声での質問がよせられた。
判決理由を読んでみないとなんともいえないですね」と応え、説明会場へむかう。
しばらく不安気な、沈んだ空気がよどんでいたが、 判決文を読んだ市川弁護士がにこやかに登場し、「勝っちゃたみたいですね。これで、県は工事再開はできませんよ」といって、その理由を解説すると、会場から安堵の声が次々に上がったのである。その核心部分を判決文から引用して、紹介しよう。
… こうしてみると、前記ウにおいて指摘した現時点での環境行政等との整合性を図る観点から見て、被告としては、社会通念に照らし、少なくとも、環境検討委員会や環境省から専門的に指摘された問題点について、相応の調査・検討をすることが求められているというべきところ、休止から既に7年以上が経過した現時点においても、被告が、これらの調査・検討等をおこなったことは窺われない。そうすると、現時点において現状のままで本件5路線の開設事業を再開することになれば、社会通念上これを是認することはできず、社会的妥当性を著しく損ない、裁量権の逸脱・濫用と評価されかねないものと考えられるのである。
 前記ウとはいったいどんな内容なのだろうかということが気に掛かるので、少し長いが引用しておくことにしよう。
 (ウ)県営林内における林道開設事業の実施に関する決定については、被告の裁量に委ねられているが、そもそも、本件休止路線の採択当時においても、森林・林業基本法、森林法、環境基本法及び沖縄県環境基本条例等の関連法令の規定並びにこれらの法令に基づく諸計画の内容等から見れば、沖縄県が沖縄北部地域において森林施業及び林道開設を実施するに当たっては、環境の保全に関し、区域の自然的社会的条件に配慮することや、環境基本計画や沖縄県環境基本計画で示された指針との整合性を図ることを要し、少なくとも、当該開設予定地における森林施業及び林道開設の必要性や当該事業が開設予定地の自然環境に与える影響について、客観的資料に基づいた調査を実施し、その調査結果に基づいて、貴重な動植物の生息・生育地の保全、赤土等流出の防止、景観の保全等の観点からの検討を行い、具体的な路線の位置、規模、工法の選定を行う必要があると解される。
 そして上記(イ)のとおり、本件5路線の開設事業休止後、沖縄県は、国と歩調を合わせて、沖縄北部地域の国立公園指定や世界遺産登録をその環境行政上の重要項目に掲げ、同地域が世界的に見ても生物多様性保全上重要な地域であることを明確に打ち出して、その環境保全に本格的に乗り出そうとしているのであり、そのような意味において、本件休止路線の採択当時と比較して、沖縄県の環境行政には顕著な変化が見られるということができるのである。そうであれば現時点において、被告が同地域の林業(林道開設事業も含む。)を実施するに当たっては、前記の調査・検討に加えて、上記のような環境行政との調和を図ることが求められているのであり、本件5路線の再開の可否を判断するに当たっても、このような観点から検討されるべきこととなる。

とまあ、こんな訳だから、事業再開は事実上不可能ということになり、内容的には勝訴というわけだ。
しかしそれなら、なぜ差し止めが却下されたのだろうか。却下と棄却の違いは何だろうかとの疑問が生じてこよう。それについては、市川弁護士から次のような解説があった。
却下と言うのは、訴訟での入り口論で、訴訟要件を満たしていない、簡単に言えば裁判に掛けることができないと判断されることを言うのだそうだ。その代表的な要件が、「原告適格」というももだが、これは県の公金を支出する事案だから問題はない。しかし差し止め訴訟となると、事業の推進や公金の支出が確実性をもつことが要件となる。この場合、すでに休止が決まり、その再開の目途はたたっていないのだから、事業のの推進の確性に問題があり、差し止める用件を満たしていない。ゆえに却下という判断なったのだろうということだ。

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   とりあえず、林道建設も県営林の皆伐もしばらくは止まっている。しかし問題がすべて片づいたわけでもなく、村有林では相も変わらず皆伐は行われている。そして装いを新たにして事業再開をもくろんでいるのだから、保全をめざす市民運動は現地調査を続けながら息の長い活動をしていく必要がある。
 実際、判決理由で示された調査検討の必要性の指摘には、CONFEを中心とした市民の調査活動や現地進行協議で実際に現場を見たという経験が少なからず影響したものだろうと自負している。
これらの調査内容については、「やんばるのまか不思議」「やんばるの今と未来」をはじめ専門的な調査報告書を証拠として提出している。弁護士と生態学者、市民が協働する日本森林生態系保護ネットワークのような活動が今後もますまる重要になるだろう。
少しずつだが確実に司法にも環境問題の意識改革が起こり始めているのかも知れない。「知ること」が何よりも大事なことだ。

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