生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

HFMエコロジーニュース116(通算273号)

 クマ調査での思わぬ発見
 10月下旬から11月初旬にかけて、細見谷川流域ではゴギの産卵シーズンとなる。この時期にクマがゴギを求めて小さな沢にやってくるということはこれまでにも何度か報告している。しかしながら、魚影の薄い昨今ではなかなかその現場をつかむことは難しものである。それでも一縷の望みをかけて、某放送局の取材が行われている。
 「さわやか自然百景」とかいうこの番組では細見谷渓畔林の一年を紹介することになっているようだが、その中でツキノワグマの魚食が紹介できればということで協力しているのだ。時間と取材費の制約を受けながらだから、可能性としてはかなり低いがそれでも西中国山地の細見谷渓畔林の素晴らしさは十分紹介できることと思う。
 ここ数年、クマやゴギを取り巻く生息環境の変化は激しい。とくにゴギの産卵床となる沢は集中豪雨や台風で倒れたブナなどの残骸が沢をせき止め、土砂の堆積状況が大きく変わったため、産卵床の数も減少している。しかし渓畔林とは本来そうしたもので、常に攪乱が生じるものである。長い目で見ればそれが多様性と生産性の維持に貢献しているのだろうが、一時的には生存への脅威ともなる。ここ数年は、再生前の状態が続いており、クマにとっては暮らしにくい状況にあるようだ。
 今年は晩夏のブナはそこそこ利用されていたし、ウワミズザクラへの執着も見られたが、秋にはミズキ、クマノミズキ、ウラジロノキ、アズキナシといった液果類が不作だった。クリ、コナラ、ミズナラの堅果類は場所によってはそれなりの収量が見込めたが、あちこちにクマ棚ができるほどでもない。ただ、落下した堅果を拾い食いしている様子が垣間見られたので、ごく少数の個体群ならば何とかやって行けそうではある。
 細見谷のような中核的生息地における痕跡の希薄化とは裏腹に、集落周辺への出没が世間を賑わしていることでクマは増加しているとの風評が流れているが、フィールドを歩いている限りクマの生息環境は悪化の一途をたどっていることは間違いない。すぐに絶滅ということはないにしても、けっして安心できる状況ではないし、むしろ危険な方向へ向かっているように思う。
 クマの痕跡や気配を求めて森(沢筋)をさまようのだが、今回の調査では、思いもかけぬ生物との出会いや生々しくも微笑ましい生活痕にも出会うことができたので、それらを簡潔に紹介してみよう。
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痕跡を求めて
 ゴギの産卵現場とクマの補食行動を撮影しようと細見谷川の支流の源流域に入った。所々にゴギのペアが産卵の準備のために集まっているものの、肝腎のクマは姿を現さない。今年はこのあたりに親子連れ(親1,子2)が確認されているが、若い世代のクマは魚食には無関心なのだろうか。
 近くの林道法面では植林されたヒノキの幼齢木が倒れ、地面が割れて空洞ができている。そこにオオスズメバチが何匹も集まって右往左往している。どうやらオオスズメバチの巣があり、クマがその巣を掘り返したようだ。
 このようにクマの痕跡はあるにはあるのだが、その気配は薄い。ゴギの産卵床の状況もいまいちの感じがしたので、しばらくご無沙汰している下流域を見てみることにした。下流域も以前より倒木が多く若干景観が変わってきている。しかし産卵床として利用できる場所は源流域より多い。ただし川幅が少し広く、沢には隠れやすいくぼみや倒木などが多く魚影は上流域より濃いようだが、クマにとっては捕食しにくい環境にちがいない。流れは緩やかで小さな落ち込み、瀬、小さな淵が連続しているのは源流域と変わらない。
 と、沢にかかる朽ちた倒木に鳥の羽毛が散乱している。尾羽の大きさや色からするとツグミのようだが、アカハラかもしれないと同行の杉さんは言う。私が写真をとっている間に杉さんは十数メートル先で川の中を覗き込んでいる。事件が起きたのはこのときだ。子細は後述するとして、少しばかりこの日見つけた野生動物の生活痕の話をしてみよう。
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20151104-17 この日は普段歩かないルートをあるきながら沢を取り巻く森林内の状況を把握することにした。沢から離れ、尾根筋を液果の実りの状況とフン、爪痕、食痕などの生活痕を探してみようということだ。
 年をとってくると滑りやすい斜面を歩くのはかなりしんどい。かつてのような広域の探索ができないのもやむを得ないが、その分は経験に裏打ちされた勘が頼りだ。そこで歩きやすい尾根道を歩くことにした。晩秋の落葉林は明るく美しい。空の青さと赤、黄、緑が織りなす色の共演とさわやかな風に疲れを癒やしつつ歩く。
 ゆっくりと歩くことで、様々な生活痕がめに飛び込んでくる。見逃しそうなクマ棚や爪痕、どれも親子と見られる痕跡ばかりだ。大きな個体(オス)の痕跡はない。少しばかり古いがドングリを食べたクマのフンも落ち葉に半ば埋もれて見つかる。
 タヌキのためフンにはサルナシの種子が、それにしても少ない。テンのフンもほとんどない。イノシシの馬耕も少なく、ここ数年全体としてケモノは減少しているようだ。休耕田や廃田が広がる集落周辺での個体数増加とは裏腹に奥山はケモノの過疎化が進行している。
 林道へ出てみると道路端に落ちていたクリの実はすっかりなくなり落ち葉とイガが残るのみ。ミズナラの果実はまだまだ残っている。おそらくクリはクマが拾い食いしてしまったのだろう。法面にはびっしりとクマイチゴが繁茂している。これもケモノを集落へ導く資源となっている。いまやケモノたちは人のいなくなった集落周辺で命をつないでいるのだろう。
 舗装道路の真ん中につぶれたクマのフンを見つけた。つぶれていたが紛れもなくクマのフンである。変なつぶれ方をしているのでよく見てみれば、何とクマの子どもの足跡がくっきり残っているではないか。母親のフンを子どもが踏みつけて行ったのだろうか。ここは2日前に雨が降っているので、足跡はその雨が上がった後に附けられたものの可能性が高い。
 と、今度は道ばたでヒミズ(モグラの仲間)のばらばら死体を見つけた。血の色も鮮やかに頭と尻尾が切り離され、腸管の一部が残るものの胴体部分がない。こんな食べ方をするケモノはいない。杉さんの推測では猛禽類の仕業ではないかと言う。それにしてもきれいに頭と尻尾を切り分けて、律儀に残して言っているのも見事な仕事ぶりだ。このほかにも、アオバトやヤマドリが捕食された痕跡を見つけている。猛禽類が活発に動いている様が見て取れる。ケモノに見られる現象とは対照的な感じを受ける調査行であったが、ここで話を少し戻してみよう。
 猛禽類の食事跡を記録しているそのとき、獣数メートル先で川を覗き込んでいた杉さんの「カワネズミ、早く早く」という叫び声をきいた。私は取るものも取りあえず杉さんの基へ急ぐ。このときの顛末は、杉さんの森便り に詳しい。 実は以前にもこの沢の上流でカワネズミに遭遇している。出会いはいつも突然で瞬間的だ。しかし今回は少しばかり事情が違っていた。カワネズミは小さな淵から30cmほどの落差のある落ち込みの中へ姿を消した。ここは岩盤なので行き止まりのはずなのだが、なかなか姿を見せない。といっても数十秒、せいぜい1分程度なのだろうが。と突然、落ち込みの泡の中から20cmほどのゴギが飛び出してきた。とはいえ最初は何が飛び出してきたのかわからなかったというのが正直なところだ。オレンジ色のものがのたうち回っているのだが、よく見るとそれはゴギでそのゴギに灰銀色のものが食らいついているのだということがわかるまでに一瞬の間があった。カワネズミがゴギに食らいついているのだ。写真写真と思いつつ夢中でシャッターを切った。しばらく格闘は続いていたが、やがてカワネズミは諦めたのか我々の存在が気になったのか、ゴギから離れて、上流へ駆け上っていった。しばらくは先ほどの落ち込みに姿を消したが、そこから出てきたかと思うとさらに上流へ滝登りを敢行し、岩陰に姿を消した。すぐにその岩の下を調べてみたら、いくつかの隙間が空いており、そこが巣穴につながっているようで、この先姿を見ることはできなかった。
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kawanezumi-1 さて夢中でシャッターを押した結果だが、家にかえってよくよく調べてみると、画像は水でゆがんでいるものの、尾びれと尻びれの間あたりに腹側からかみついているカワネズミと仰向けになってオレンジ色の腹部をみせているゴギが確認できた(写真中央部、原盤でないと難しいかも、下は拡大した写真)。獲物が大物過ぎたのと食らいついた位置が悪かったことで、小さなカワネズミが振り回され、仕留めることがかなわなかったようだ。
 一見、生物の気配がないような沢であるが、丹念に探してみると案外多くの痕跡や事件が起きていることに気づかされた一日であった。 陸棲のケモノにとっても水辺という環境は特に重要な意味を持っているに違いないと言うことを改めて感じた次第である。
 ということで、まあまあ実りのある調査行でした。
 
 編集・金井塚務 発行・広島フィールドミュージアム
この調査は、広島フィールドミュージアムの活動として行っています。当NGOは細見谷渓畔林を西中国山地国定公園の特別保護地区に指定すべく調査活動を行っています。特にツキノワグマにとって重要な生息地であり生物多様性に秀でた細見谷渓畔林域はツキノワグマサンクチュアリとして保護するに値する地域です。
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