生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

北ノ俣沢を歩く-その3 ブナとミズナラの夫婦樹

ブナとミズナラの夫婦樹

 ともかく昼飯をすまして、さらに上流を目指す。河原へ出てすぐのところで見つけた風穴へ温度測定にむかう。風穴は左岸と右岸にそれぞれ1カ所ずつあるが、まずは右岸の風穴へむかう。ちょっと見にはなんの変哲もない川沿いの森なのだが、踏み行ってみると岩塊が積み重なったところにコケやシダが覆っており、その岩の隙間から冷気がかすかに吹き出している。規模は大きくないが崩落した岩石が累積して形成された風穴である。二人が温度測定をしている間、私は付近の巨樹を見て回っていたのだが、そこでひときわ太いミズナラが目に入った。このミズナラをよく見るとその影にブナらしい木肌の巨樹がみえるではないか。この成瀬川源流域は巨樹・古木が多く、それだけでも見応えがある。その話は、後ほどゆっくりするとして、今回はブナとミズナラの巨樹が抱き合うようにして生育しているブナ-ミズナラ合体樹(便宜的にそう呼んでおく)の話である。

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 上の写真を見てもわかる通り、このブナとミズナラ、いずれも相当樹齢を重ねているに違いない。根元をよく見ると、どうやらブナの方が少し古いようだ。二本の古木が根元で癒合するかのように重なり合っている。ミズナラはブナの幹を取り巻くようにねじれ大枝を上流側に伸ばしている。
 じつはここ成瀬川源流域には、不思議と夫婦樹のようにブナとミズナラがセットで生育しているケースが目につくのである。じつに面白い現象であるが、この現象を最初に知ったのは、2013年5月の環境法律家連盟(JELF)の現地視察の時である。そのときは入山することもなく写真だけの解説であったが、そんなこともあるのかという程度の印象もったにすぎない(下の写真)。

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そして今年2016年に4回に渡って現地調査をしている中で、この写真以外に少なくとも3例のブナ-ミズナラの合体樹を見つけている。最初に出会ったのは、北ノ俣沢の左岸中腹の斜面で見つけた。これはHFMエコロジーニュース112でも紹介した事例である。ついで成瀬川の支流、赤川流域の赤滝神社近くで、そして今回の北ノ俣沢上流の3カ所である。

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写真:斜面中腹の合体樹。ミズナラがガレ場で生育した可能性を垣間見せている。

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写真:赤滝神社近くで見つけた。この近くに風穴がある。

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写真:北ノ俣沢上流のミズナラとブナ

 少なくとも広島の森では、ブナとミズナラが混交している西中国山地でもこうしたブナ-ミズナラが合体した例は見たことがない。成瀬川源流域の特殊な事情があるのだろうか?偶然にしては多いような気がする。

 これら4例の合体樹は、その生育場所が岩場ないし岩の多い場所ということだ。つまり重力散布によって拡散する両種の種子がたまりやすい場所だともいえる。つまり尾根だったり岩場の上部であったりということで、他所よりも少しだけ日当たりがよかったということなのだろうかとも思うのだが、面白いことに、赤滝神社付近と北ノ俣沢上流の2カ所のブナ-ミズナラの合体現象は風穴が存在する場所でもある。
 風穴植生とは言わないが、風穴ができる斜面崩落による岩石の累積によってて形成される地形が生み出した現象なのかも知れない。ちなみ中腹の斜面は雪による斜面の浸食がかなり激しい場所でもある。そんな岩の凹みは比較的安定してブナやミズナラが生育できる小さな小さな場所だったのかもしれない。
 だとすれば、常に崩落の起こる豪雪地帯の北ノ俣沢の特徴ともいえるだろう。
 そこで次回は、この斜面崩落の問題について考えてみよう。いやはや北ノ俣沢を中心に成瀬川源流域は本当に自然の実験場として興味が尽きないところである。