生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

生物多様性に配慮した人工林の間伐施業を目指してー細見谷渓畔林

 先日、細見谷渓畔林域の人工林の間伐をどのように進めるかという点について、広島森林管理署から意見を聞きたいとの申し出が有り、広島森林管理署署長以下、総括森林整備官、主任森林整備官の来訪を受けました。
 細見谷を縦貫する計画だった大規模林道緑資源幹線林道)についてはその是非を巡って林野庁とは侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしてきたことを考えると隔世の感があります。正直驚いたのですが、細見谷渓畔林が有する生物多様性の意義を考えれば、森林管理署のこうした取り組みは大歓迎で、協力しないわけにはいきません。広島森林管理署としては従来型の間伐施業を見直し細見谷渓畔林域の生物多様性の維持と生物生産性の向上をはかるという視点で間伐計画を作りたいとのことです。当初は、県下各市町村の森林整備担当者とともに、現地での講習会的な企画もということでしたが、いきなりそこまではできないだろうということで、このようなことになりました。

 今後の森林施業全般に関しても意見は述べておきましたが、今回は人工林の複層林化が主なテーマということでそれに絞ってかなり具体的な提案ができました。

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 細見谷渓畔林は、十方山を源流とし、山系の南西を流れる細見谷川(太田川の支流)にそって発達している西日本有数の規模と生物多様性を誇る渓畔林で、西中国山地の原生的ストックを有する極めた貴重な森林です。しかし1960-70年代に進められた大面積皆伐、拡大造林政策によって、右岸(五里山山系)と左岸(十方山山系林)の斜面にはかなりの範囲でスギを主とした未整備の人工林が広がっています(上の)写真)。この人工林を野生動物の生息に配慮した複層林になるよう整備事業を進めたいとのことで協力を求められたというわけです。

 そこでこれまでの経験を踏まえ、いくつかの基本的考え方を提示し,その方法について協議しました。その中で次の様な施業方針をできる限り採用することを約束していただきました。

1.河畔の人工林は時間を掛けて強間伐し、斜面の崩落を防ぐとともに河川生態系の多様性を回復すること。
 砂防、治山ダムもできる限り撤去ないしはスリット化を進める(ただし細見谷周辺にはそれほど多くはない)。ただし、今回の間伐施業とは直接の関係はない。
2.間伐に際して開設する作業道は中腹に1本だけに限定し、沢を跨ぐことはしない。これまでの小林班単位の施業ではなく、沢と沢にはさまれた小面積を作業単位とする。
3.渓畔林周辺は切り捨て間伐とし、材の搬出はしない。さらに渓畔林上部の人工林も間伐材は斜面上方へ搬出し、既設の林道を利用する。
4.中腹の間伐材は表土層を痛めないような施業をおこなう。間伐の方法は列状間伐(1列だけ間伐しその列の間隔は3-5列で帯状間伐はしない)かその応用となる可能性有り。列状間伐は斜面に沿って鉛直方向に行うが、所々、斜面水平方向にも切り捨て間伐をして表土層の流亡を防ぐ。

5.強間伐跡地はできるだけ埋土種子からの実生から再生を計るものとし、植林による移入はしない。
などが主な内容です。

 西中国山地国定公園内の細見谷渓畔林ですが、こうした周辺の森林が人工林へ転換されたことによって、その生産力がかなり減退し、かつての豊かさは見る影もないのが実情です(とはいっても、他地域に比べればまだまだ優れた自然が残っています)。これまでのフィールドワークから、河川生態系を支える陸域からの有機物の供給が減少し、そのことが陸域の生物相へ影響をあたえているという負の循環に陥っていることが大きな問題だろうと考えています。その物質循環を取り戻すためには河川沿いの複層林化は重要な課題です。年々、野生動物の気配が薄くなりつつあるので、この辺でこの悪循環を裁ち切り、生物生産力を高め、多様性を回復させることが、ツキノワグマをはじめとする野生生物にとって極めて重要なのです。こうした視点で森林管理署署自らが施業方針を転換し、生物多様性回復に動くことは大変うれしいニュースなのです。

 ということで基本的に沢筋を破壊しない方法をきめ細かく配慮して行うことが計画の基本となりそうです。もちろん、こうした施業の結果、どのように多様性が回復するかは追跡調査が必要となるでしょう。

 そしてもう一つの問題はこうした計画をもとに入札をしたとして、これに答えられる技術を持つ業者がいるかどうかです。
 いずれにしても細見谷渓畔林域ではこれ以上の天然林の伐採はなさそうですし、人工林の複層林化によって野生動物が暮らせる森作りが可能であれば、ここを西中国山地国定公園の特別保護区へとする運動にも励みになるでしょう。f:id:syara9sai:20170826150142j:plain

 陸生の野生動物はクマだけではなくタヌキもイタチもテンもアナグマも生物生産力があり、多様性に富む河川沿いは生活の場として大きな価値を有している。

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 ↑水に潜って魚を探すイタチ。

 ↓モリアオガエルを捕まえたオオコノバズク

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 ↓ミゾゴイも繁殖

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 ↑渓畔林を代表するカツラの巨樹

 ↓人工林の複層林化が進めば野生動物の生息場となるであろう。

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