生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

エゾナキウサギ

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ーアマチュアリズムの結晶ー 

 エゾナキウサギはとても魅力的な生きものである。私はニホンザルの研究者として本州以南をフィールドとしていたが、このエゾナキウサギは名前が示すとおり、その生息地は北海道にある。したがって、ニホンザルのフィールドワークをしている限りはエゾナキウサギに出会うことはできないのだが、私の中におけるその存在感は意外なほど大きかったようだ。なぜだかよくわからないが、一度はこのナキウサギなるものを直接観察してみたとずっと思っていた(ふしがある)。

 2005年大規模林道問題を話し合う大会が北海道札幌であり、そこで広島の問題について報告することになっていた。せっかく遠路出かけていくのだから、この際、ナキウサギなる動物を見てみようと大会世話人の方に勝手な希望を伝えたら、それなら私が案内しましょうと快く引き受けてくれたのだが。その方こそがナキウサギふぁんくらぶ代表の市川利美さんだったのだ。2005年6月27日のことである。そのとき撮った写真がこれである。ややピンぼけになっているあたりに感激の度合いがにじみ出ている。 

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 この小さなウサギの仲間は少々変わり者である。どんな変わり者かは是非この写真集をお読みいただければわかる。氷河期からの生き残り(遺存種・レリック)であるためにその生存には低温という条件が欠かせない。永久凍土を有するがれき地帯のい地下が主な生息地であるゆえに、その生活史や生態にはまだまだ未解明の部分がおおい。今はやりのGPSやラジオテレメトリーを利用した研究も困難で、じっくりと観察を続ける以外に有効な研究方法は見つからない。つまり、大学などの研究機関ではなかなか手が出せない研究対象でもある。

 とはいえ、地道な観察を続けることによって生活史の解明は確実に進んでいる。その努力こそアマチュアリズムの神髄でもある。成果を急がず丹念に観察事実を積み重ね、理論化して得られた仮説を検証するという息の長い研究は今の大学でも専門の研究機関でも為し得ない。ナキウサギに魅せられその不思議を知ろうとする動機に突き動かされる知的好奇心こそ研究活動の本道である。世間ではアマチュアといえば素人(しろうと)とさげすむ風潮があるが、アマチュアは決して素人を意味しない。アマチュアの原義は「好きであること」にあり、好きであれば突き詰めて知ろうとする欲求が出てくる。したがって真のアマチュアは探究心に富み、専門的な知識も獲得しているものである。翻って、大学などの研究機関に所属する研究者はそれを職業としているという意味においてプロである。しかしプロであったとしても研究対象に専門的な知見を有しているとは限らない。そうした事例は枚挙にいとまないのだが、多くの人たちはそのことを知らない。

 このエゾナキウサギという写真集は実にキュートな写真に満ちている。それだけでも楽しいのだが、その内容は生態学的にも進化論的にも豊かなものである。まさにアマチュアリズムが生み出した傑作といえる一冊になっている。

 ぜひ皆さん、購入して熟読して見てください。エゾナキウサギという魅力的な生きものの不思議とその厳しい現実と学問の楽しさを堪能できることと思います。

 エゾナキウサギ

 発行:ナキウサギふぁんくらぶ

 発行所:共同文化社  1800円+税

問い合わせ先 060-0003 北海道札幌市中央区北三条西11丁目 加森ビル6F

       ナキウサギふぁんくらぶ(代表 市川利美)

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