生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

2019年やんばる紀行-森林破壊の現場を歩く

 暖冬とはいえまだ肌寒さが残る広島の我が家を出て、岩国空港へ。ここから約2時間ほどのフライトで沖縄県那覇空港に着く。3月2日土曜日、那覇は薄曇り。機外へでるとねっとりした暖気が身体を包み込む。やはり那覇はもう夏だ。Tシャツだけでも十分暑い。空港で北海道から来る市川弁護士らと合流して、レンタカーで最北部のやんばる(国頭村)へ向かう。伐採現場を訪ねる私たちのやんばる通いはもう11年目となる。

 やんばるの森林整備事業を巡っては、2008年から2014年の6年にわたって争われた第2次「命の森やんばる訴訟」で実質的な勝訴を収め、県営林の伐採とそれに関わる林道工事は止まった。

 しかしことはそう簡単ではなく、やんばるに存在する国頭村の村有林は訴訟の対象ではなかったために毎年10ヘクタールの森林伐採が続いている。

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謝敷(じゃしき)の現場

 ご存じのようにやんばるの森には多くの固有種が生息し、極めて特徴的な生物的自然の残る地域として「世界自然遺産」としての価値を有する地域である。その価値は県も、地元も国も認めていながら、こうした森林破壊は止むことがないしこの実態は基地問題にかくれて余りよく知られていないのが実情だ。

 昨年の登録延期決定を受けて、国は米軍演習場の返還地を国立公園に組み込むことで再度、登録申請をしたが、根本的な自然破壊活動には目をつむったままだ。こうした現状にストップをかけようと地元の弁護士や市民が協働して「沖縄DONぐりーず」なるNGOを立ち上げ活動を開始した。私たち日本森林生態系保護ネットワークもこれに協力する形で訴訟と調査活動を行っている。

 今回は情報公開請求によって明らかとなっている、2018年度の伐採予定地である、辺戸と宜名真の伐採現場を視察することにしていた.。ところが宜名真では伐採した形跡がなく、その代わり、偶然、謝敷で新しい伐採現場を確認したのである。この謝敷の伐採は、公開請求後に新たに計画されたものなのかも知れない。とはいえ、見た以上は現場を見ておく必要がある、ということで今回は、辺戸と謝敷の伐採現場の状況と、皆伐という事業がやんばるの生物多様性にどのような影響を与えるかということについて2-3回に分けてレポートすることにする。 

伐採現場を歩く

1.辺戸・吉波山

  国頭村の計画によれば、<辺戸・吉波山1149-1>における今回の伐採面積は書類上では1.49haということになっている。しかし現場に立ってみるとどうもそれ以上の広さえる。図面上ではわずか1.49haとはいえ、実面積でいえばその1.5倍から2倍近かそれ以上にまでになる。こうした皆伐による生物への影響は決して小さくはない。

 国頭村辺土名から国道58号線を北上し、最北端の辺戸岬への分岐を東進し奥集落方面へしばらく走って、細い舗装道路を左折する。ここは観光客も訪れることのない森林が広がっている。遠くに石林山がそびえ、独特な雰囲気を醸し出している。写真は2012年の伐採現場跡地で、6年後の今ではちょっと見にはだいぶ森林植生が復活しているように見える。

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 伐採現場へ足を踏み入れるとまず作業道として切り開かれる林地の惨状が目に飛び込んでくる。腐葉土層を含む土壌を破壊し、無機質に赤土が露出し、雨が降れば真っ赤な泥流が沢を流れ下る。河川に流入した粘土質の赤土はコロイド状になって河床や海岸周辺に堆積する。そのため浅海性のサンゴは死滅する。

 現場は沢に沿った右岸の斜面。ほぼ直線的に数百メートルの尾根から谷底まで幅100メートルほどの規模で森がはぎ取られている。尾根近くにはうち捨てられた枯損木や枝が積み上げられ無残なゴミの山が残されている。かつてはイタジイやイジュが優占する林齢40年ほどの林が広がっていたことが伐痕から見て取れる。もう少し放置しておけば、ノグチゲラが営巣することができる程度(直径20cm)のイタジイに成長するであろうに、もったいないことである。

2謝敷・(林道佐手与那線)

 この謝敷の伐採現場は事前に情報がなく、偶然見つけた現場である。謝敷、佐手地区では以前から伐採が進んでいるのだが、その理由は「しょぼい森」ということで、やんばる型林業における林業生産区域に指定されており、5ha未満であればほぼ自由に伐採できる事になっている。ところが、謝敷を含んでこの周辺には、オキナワウラジロガシやイタジイの巨樹が残存する立派な森林が残っていて、貴重なストックとして重要な地域なのだ。

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オキナワウラジロガシ

 

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人の大きさと比べてみるとその太さがわかる

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謝敷の伐採現場

 この伐採現場に立ってみて、まず驚いたのはその伐痕の太さである。全体を俯瞰してみればわかるが、巨大な伐痕がかなりの間隔を置いて認められる。つまり、ここにはイタジイやオキナワウラジロガシの巨木が生い茂る熟成した森林であったということだ。辺戸の現場と異なり、細い樹木の残骸はない。巨樹が樹冠を覆い、林床に光が届かず林床植生も若木も多くはない、そんな森であったことが見えてくるではないか(動画有り)。

 環境省はこのやんばるを含む南西諸島を世界自然遺産登録を目指してこの2月にユネスコに再申請したという。米軍返還基地を国立公園に編入したことでハードルをクリアしたということなのだろう。しかし、現実にはこうした森林破壊が続いており、生息地の消滅、分断、孤立化という、やんばるの生物にとっての脅威は日に日に強まっている。

 次回は森林伐採によってやんばるの自然生態系にとってどのような危機が生じるのかという点について生態学的な視点から考えて見たい。