生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

シカのフンからガラスを作る

サル・シカ・原始林ニュース  139号 2003.04.23

やけくそで作ったガラスー宮島野外博物館セミナーリポートー

 

という記事があったのを思い出した。このサル・シカ・原始林ニュースはこの後、HFMエコロジーHFMエコロジーニュースへと発展し、このブログへとつながるものです。広島フィールドミュージアムの広報誌です。

改めて読んでみて、この頃は実にいろいろな試みをしていたものだと我ながら感心する(冗談です)。

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シカのフンで作ったガラス

埋もれさせてしまうには惜しい記事なので、ここに再録することに。

 2003年4月20日日曜日はあいにくの雨模様だった。この日は久しぶりに野外博物館セミナーを宮島で行うことになっていたのだ。なんでこんなめでたい日に雨が降るのだ。小雨決行(結構)と案内しておいたが、これが小雨と判断する人は少ないかも知れない。はっきりした雨で傘ナシではしんどい。というわけと案内の不徹底とが重なって参加者は少ないと覚悟して集合場所へいった。案の定少ない。今年の春はいつになく花が多く、宮島の森を散歩するのが楽しみだったのだが、雨に打たれてせっかくの花もうなだれて、愛でるに愛でられないといった塩梅だ。大元公園ではモミの新緑と実生がちらほら目に付くが、程なくして全てシカに食べられてしまうことになる。
 大元公園の地面はシバとコケに覆われたところと、それすら生えていない裸地同然のところがある。とりあえず、約束のシカのフンからガラスを作るために、材料となるフンを集めてもらう。そぼ降る雨にフンを拾う姿は決して美しくない。がそれよりも好奇心が勝るのでみんな一所懸命にフンを拾う。

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ガラス作りの原料となるシカのフン

 あいにくの雨なので、大元公園無料休憩所にある事務所を使わせてもらうことにした。窓を開け放ち、換気を良くする。何しろフンを焼くわけだから臭かろうというわけではない。シカのフンは焼いてもまったくそれらしい臭みは出ない。そうではなく、ガラス製造の過程で使う、鉛の化合物の蒸気を排気するためである。ほんの微量ではあっても密室で作業するのは危険である。換気を良くするのに越したことはない。
 では、実際にガラス製造の工程を順を追って紹介しよう。
 まず、集めたシカのフンに着いているゴミをきれいに取り去り、カップ一杯ほどを用意する。このきれいになったフンを100円ショップで購入したステンレスの小鍋にいれ、ガスバーナーで焼却する。

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2台のバーナーで焼かれたフンはまもなく炎を上げる。これでもかというくらい、およそ15分ほど焼き続け、徹底して有機物を燃焼してしまう。有機物が消滅したフンは、ふわふわのねずみ色をした俵のようになる。バーナーにあぶられると飛んでいってしまいそうになるのをなだめなだめてパウダー状の灰にする。

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 もうあぶっても炎が出なくなると、冷やしてからこれまた100円ショップの茶こしでふるい、大きな不純物を除く。この灰を2グラム計測して、そこにホウ砂と一酸化鉛をくわえ攪拌して、るつぼに投入。
 再び、バーナーで1000度C以上に熱すると、るつぼの中の灰が飴のように溶け始める。完全に溶け、流動性が出てくると、今度は冷却してガラス化を待つ。ただ、冷やすときに焦ってしまうと、ガラスは細かく砕けてしまうので、時間をかけて冷やさねばならない。冷却用の鍋を温めておいてるつぼの中で解けている飴をそこへ流し込む。ゆっくりと冷やしてできたガラスはやや茶色がかった鶯色の半透明のきれいなものだった。

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 思った通りシカのフンからガラスを作ることができた。国内初、いや世界で初めての快挙かどうかは知らないが、シカのフンからガラス作りというのはそうそう思い付くものではないだろう。いったいなぜそんなことを考えたのか。とよく聞かれるのだが、そのいきさつはこうだ。
 まず、今回協力してくれた寺山さんは勤務する学校の化学クラブの生徒と一緒に校庭の土からガラス作りをしていた。その話の中で、よく覚えていないのだが、植物からもガラスは作れるでしょうと私が尋ねたときに、シダで作ったことがあるといったように記憶している。シダでできるなら珪酸を多量に含むササでもススキでもできるに違いない。しかもこれらは動物の消化液で分解することもなくそのままフンとして排泄されるはずだから宮島でシバを食べているシカのフンからガラスを作ることは可能であろうと発想したわけである。また、殆ど人間の与える餌に頼って生きているシカのフンではガラスはできない。そこで、フンからガラスを作ることを通じてシカの食物の質を知ることもあるいは可能なのかも知れないと思っている。これは今後の課題だ。
 それと、花粉にもガラス質が含まれているので、春に大量に飛散するマツやモミ、スギの花粉からもガラスができるかも知れない。誰か挑戦してみますか?
 写真の大きな円い黒いガラスは鉄製の鍋で溶かしたもので小さく割れてしまったガラスがるつぼで溶かした不純物の少ないガラスです。
 というわけで、天気には恵まれなかったが、大変おもしろいセミナーでした。
以上 再録