生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

やんばるの森事情4-イタジイとノグチゲラ

  やんばるの森を歩いていると、太い木の幹、地上数mの高さに直径数センチの穴が空いているのを見つけることがある。

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 よくよく観察してみるとこうした穴にはある特徴が認められる。まず穴はそのほとんどがイ20cmを超えるタジイの幹に穿たれていること。そしてその穴の多くは谷側に傾いた幹にあってやや下向きに開いていること。そして穴の前方には一定の空間があること。などである。
 そして比較的新しい穴には穴の下側に写真のように穴の下側が爪でひっかいたような痕が残っている場合がある。

 そう、この穴は、ノグチゲラの巣穴である。

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  ノグチゲラの産卵数と巣立ち雛
 ノグチゲラ(Sapheopipo noguchii)は沖縄やんばる地方のみに生息するキツツキで、国の特別天然記念物にも指定されている固有種である。環境省レッドリストには絶滅危惧ⅠA類に分類されている。ノグチゲラは主に胸高直径20cmを超えるイタジイの幹に巣穴を掘って営巣し、子育てをするが、沖縄県が進める森林整備事業に伴う皆伐によって生息環境は悪化の一途をたどっている。営巣できる太さのイタジイが減少していることは我々CONFEの調査(「やんばるにおける森林伐採・施業とノグチゲラへの影響について(市川他)」日本森林生態系保護ネットワークの報告書2014)でも明らかなのだが、こうした森林植生の破壊は、イタジイのみならず森林におけるあらゆる生物群の生活の場を破壊し、生物生産力を奪う。ノグチゲラも例外ではない。少し具体的に考えてみよう。
 環境省の調査によれば、ノグチゲラの産卵数は平均で4-5個で、巣立つ雛の数は2羽と半減するという(巣立ち成功率50%弱)。このことは環境省発行のパンフレット「ノグチゲラ」に紹介されている。
 一方、帯広におけるアカゲラでは、巣立ち成功率は76.6% (67.7-90.0),巣立ちヒナ数は3.5羽(1-6)という例が知られている(バードリサーチ バードリサーチニュース2009年5月号 Vol.6 No.5 )。事例が少ないので断定的なことはいえないとしても、近似種のアカゲラに比べ、巣立ち成功率はかなり低い。この事実は育雛のための餌の資源量が不足していることを伺わせている。

 ノグチゲラの親鳥は雛がかえってからは育雛のための給餌で忙しくなる。何しろ4-5羽の雛の餌を調達しなくてはならないからだ。かつてノグチゲラの育雛状況を観察した人の話によれば、親鳥は巣穴を離れて数分と立たないうちになにがしかの餌(主に昆虫の幼虫)を採って帰ってきたという。しかし最近ではこの給餌時間の間隔が伸びてきているように感じるという。仮に倍の餌を確保するために以前の倍の時間がかかれば、半分の雛しか育て上げることはできなくなる。つまり、森林の生物資源量が減ったことで巣立ちする雛の数が減ったのではないかと考えることもできる。給餌間隔や餌の種類などの詳しいデータはないのだが、少なくともオオシマゼミやカミキリムシなど様々な昆虫類の減少はノグチゲラの育雛にはマイナスにしか作用しないであろう。

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ノグチゲラは地面でも採餌することがある

 こうした問題を提起すると必ずデータ不足を根拠に推測にすぎないとして森林破壊との関連を無視する傾向があるのだが、少なくとも無関係とする根拠もないことを考える必要がある。野生生物保護においては必ずしも科学的データが必要なものではない。むしろそこに拘泥することの方が弊害が大きいともいえる。特に様々な要因が複雑に絡み合ってのことであることは重々承知してはいるが、少なくとも保護上マイナスとなる要因である可能性があればそれを極力除去していく対策が必要であろう。
 確かにかつてのやんばるの森の生物生産量に関するデータはないのだが、確実に劣化していることを示す傍証はある。たとえば天然記念物のオカヤドカリの採取データによれば、1982年には56tもあったのが30年余り後の2010年には2t程度に激減している。これは、ペットブームによる需要の減少ということも影響されるので、必ずしも個体群の盛衰を反映しているものではないが、どこにでもいたオカヤドカリを最近では目にしないという住民の感覚から観て、かなり減少していることは間違いないだろう。同じことは、オオシマゼミでもみられる。あらゆる野生生物が減少しており、確実にやんばるの森の生物生産力が減衰していることを窺わせる。そのことがノグチゲラの巣立ち成功率に影響している可能性はかなり高い。人造の巣箱の設置などという小手先の対策ではなく、森林の生産性を回復させる努力が求められる。

 このような目に見える森林性の生きものたちの衰退ばかりではない。小さくて普段目にすることもないような生きもの、たとえばササラダニのような土壌生物なども森林伐採によって酷いダメージを受けることになる。これについてはいずれ紹介することにしよう。

 なせノグチゲラはイタジイに営巣するのか?

 ノグチゲラの巣穴は前述したとおり、そのほとんどがイタジイである。最近では林相沿いのリュウキュウマツやタイワンハンノキなどにも営巣する例が報告されているが、これは適当な太さのイタジイが少なく、やむなく代替の樹種で営巣しているようにもみえる。

 ノグチゲラアカゲラに近縁なキツツキで、アオゲラのような生木に穴を穿つだけの力はないという。その点、イタジイは本土のスダジイとはことなり、樹皮に近いところはある程度の堅さが有るものの材は水気を含んで柔らかい。つまり、穴の入り口は強固であるが、内部は柔らかく生木でも穴を穿つことができる。理想的な樹種なのだろう。ただ、水気を含んだ柔らかい材は耐久性に乏しく、一年で内部は腐朽してくるようだ。したがって、ノグチゲラの巣穴は一年限りということになる。沢筋のイタジイはよく成長し、営巣に適した太さになったものが多い。ただ尾根筋のイタジイは成長が遅く、営巣に適した太さのものは少ない。加えて、谷筋では幹が谷方向に傾き、谷側に穴を穿てば、雨の進入も防げるし、前方にはやや開けた空間を確保することができる。

 以上の理由から、ノグチゲラの営巣場所は沢筋のイタジイが多くなるのであろう。

  とにもかくにもノグチゲラが営巣できるイタジイはおおむね胸高直径が20cmを超える太さが必要であるが、本土復帰後からうち続く森林伐採の影響で、こうしたイタジイの林分はかなり少なくなっている。 

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 環境省レッドデータブックによれば、「森林伐採や林道建設、農地開発、ダム建設等により、生息地である天然林が極度に縮小した」ことがノグチゲラ生存の脅威となっていると指摘したうえで、様々な保護策を検討しているというが、現在も森林伐採は放置されたままで、国立公園内でも禁止措置を取り切れていないなどその内容はかなりお寒いものでしかない。

 市川弁護士は報告書の中で、「このような調査は、過去、同一の試験地を用いて皆伐前と皆伐後14年後の林分構造を調査した例や異なる試験地における皆伐後30年後の林分構造の調査(高橋玄et al. 2009)による結果が発表されている。この過去の調査結果ではイタジイの胸高直径は皆伐前に20~25cmのものが多数を占めていた森林において、皆伐14年後では2~4cm、皆伐30年後でも8~10cmの直径にしか成長しないものがほとんどであったとのことである。つまり、皆伐後30年を経過しても、ほとんどのイタジイの胸高直径は10cmほどにしか成長しない、ということなのである」と指摘している。

 やんばるの森の皆伐はこのように直接ノグチゲラの営巣場所を奪い、採食地としての質の低下や喪失をもたらす。このことが他の生きものとの関係を裁ち切り、生物相全体へ影響を及ぼすことになる。そして何よりもノグチゲラの進化史を断ち切ることにもなることをもっと真剣に理解する必要がある。進化する場の保全、それこそが世界自然遺産登録の意義である。

 今回はこれくらいにしておきます。次回もまた森林の破壊による生物多様性への影響を考えてみます。