足下の山の神-倒潰したツガを偲んで
私の作業デスクの下には、長さ30cmほどの丸太が転がっている。足置きに便利なもので、特に夏は重宝している。直径10cmほどのツガの枝で堅くて重い。
2009年4月雪解け間もない細見谷渓畔林の入り口に鎮座する「山の神」の祠の脇にそびえていたのだが、枯れて倒潰してしまった。その枝の一部である。
1977年、私はニホンザルの研究とそれをベースとした博物館活動(今で言うところのエコツーリズム)を行うために、埼玉から広島(宮島)へ移住した。全く地の利のない瀬戸内地方での知見を得るために、県内でのサルを中心とする大型哺乳類の分布調査を始めた。とりあえずは聞き込みを車で林道を走り回ることに注力することとして、細見谷に踏み込んだというわけだ。
当時、細見谷周辺は皆伐と拡大造林の末期にありながらも、林道には水が流れサワグルミやトチノキ、ミズナラなどの巨木群を有する渓畔林にすっかり魅了されてしまった。とはいえ、その後私は宮島から離れることはできず、再び細見谷を頻繁に訪れることになったのは、2000年以降、大規模林道反対運動に力を注ぐ羽目になってからのことである。
西日本有数の規模と生物多様性を誇る細見谷渓畔林ではあるが、2004年の台風以後、樹齢400年以上とも思える巨木群がポツポツと枯死し、乾燥化が進行している。ツキノワグマの中核的生息域でもある細見谷でさえ、近年クマの生息は希薄となりつつある。
さて、このツガの樹齢はいかほどであろうか。幹の年輪を計測することは困難なので枝の年輪を数えてみると、およそ90年とでた。直径10cmで90年。枝であることを考慮すれば、樹齢250-400年はたっているのではないだろうか。
そもそもツガは日本列島の福島以南および鬱陵島など、中間温帯に生育するが、モミが土壌が暑く水気の多いところに生育するのに対して、表土層が極めて薄い岩場に生育する傾向が強い。宮島でも花崗岩が露出する山頂部付近や尾根筋の岩場に多い。細見谷にはそれほど多くはなく尾根筋の岩場に見つかる程度であるが、細見谷川が立野で太田川本流と合流点から少し下流の左岸(打梨集落付近)の岩場に群落がある。
痩せた土地に根を下ろし、時間をかけて成長するので年輪が密になる。屋久島の屋久杉と同じニッチを形成しているのだろう。
枝張りがすっきりしていて美しい樹木である。
そんな立派なツガの枝を足下において踏みつけているのも不遜ではあるが、 年を経るごとに、いい色合いになっていています。
不思議とこうしていると山の神の力が体内に伝わってくるような気がするのである。
「山の神様、これから調査のためしばしばお邪魔しますがよろしくお願いします。また欲ではありますが、調査の安全と十分な成果がありますようお願いいたします。」と祈念して仕事に精をだす。
アニミズム信奉者の願いであります。
*皆伐以前の細見谷の様子を聞き取りしたことがありますので、いずれ紹介する予定です。