生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

原始林のたまご

 忘れもしない1991年9月27日深夜、猛烈な風雨で目が覚めた。台風19号による暴風雨でガレージの柱が折れ、それが寝室の窓ガラスを突き破ったのだ。私は鉄鋸をもって外に出て、アルミ製の柱を切断した。家の外壁には飛んできた瓦が突き刺さるなど、大きな被害をうけた。200年に一度の規模の台風との報道があったが、そう思わせるだけの暴雨風雨であった。

 そもそも瀬戸内地方は災害の多い日本列島の中にあって、台風も地震もほとんど無い平穏な地域である。少なくとも関東出身の私たちには平穏な地方である。これほど大きな被害がでたのは、1945年の枕崎台風 以来のことであるから、すくなくとも50年まえにも大きな被害をもたらした台風はあったし、その後1999年、2004年と立て続けに大型で強い台風が襲来した。気象状況が大きく変わった、そのような時代になったといことだろう。

 それはともかく、この台風19号は強烈であった。薄暗い照葉樹に覆われた宮島の森が明るい森へと一変してしまったのだから。

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 上の写真は、風で倒潰した仁王門とその周辺の様子であるが、この仁王門は礎石ごと数十センチも南西にずれ、周囲のアカマツは刀でなぎ払ったように(下の写真)地上10mほどのところで折れてしまっている。相当強い風が吹きつけたに違いない。

 さて今回の話は台風の被害そのものについてではない。宮島の森(瀬戸内海国立)は様々な法令によって厳重な規制がしかれ、木を伐ることはよほどの理由がないかぎり許されない。しかし、台風被害があまりにも大きく、倒れた樹木を処理するの大事である。そこで倒木の枝の一部を切り取って、樹木標本にすることにして、収集したのだが、残念なことにこの時期私は、博物館活動をする職場を追われていたので、宝の持ち腐れ状態となってしまい、処分されることになった。

 そこで、細い枝をもらい受けて、卵形に削り出し、標本もどきを作ることにした。それが次の写真である。

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 現在、手元には9個が残っている。残念なことにラベルが剥がれ、樹種の特定ができないものが多いが、ツガ(前列左端の一番大きな玉子)とネズ(ツガの右上のつやのある玉子)だけその特徴から同定が可能である。それ以外のヤブツバキ、サカキ、アラカシ、ウラジロガシなどは特定することができていない。

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 台風被害を機に多くの標本を作製することもできたはずなのに、だれも気にすることなく倒れた樹木は淡々と処理されて消えていった。なんと残念なことである。ちょっとした気遣いや興味関心さえあれば、様々な資料や教材ができたはずであるのに。登山道を塞ぐ邪魔者程度の認識しか持てない行政も事業者の存在は残念だけでは済まない失政である。

 この玉子は決して孵化することはない。しかし宮島の森の破壊の記憶としてかすかな思い出を残してくれている。

 ツガとネズの針葉樹は堅くて重い。日がたつにつれて色合いが変化し、深みを増してくる。おなじ樹木でも材の特徴は様々であることが実感できるし、机の片隅置いておいてもちょっとしたアクセントになる。

 近所の雑木林で落ちた枝や倒れた樹木があったら、この玉子を作ってみませんか。ナイフと紙ヤスリがあれば簡単に作れます。樹種ごとの木肌の違いを実感することができます。