生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

馬毛島基地(仮称)建設事業に係る 環境影響評価方法書に関する意見

九州の南端からおよそ40キロメートル南東の海上に平らな種子島という島がある。鉄砲伝来やロケット発射基地(種子島宇宙センター)などでよく知られた島であるその種子島の東10キロメートルほどのところに、馬毛島という無人島がある。今は無人島と為っているが、かつては500人を超える人が住み着いてサトウキビ栽培や酪農などに従事していたという。その馬毛島には、マゲシカというニホンジカの亜種にあたるシカが生息しているのだが、今まさに絶滅の縁に立たされている。
 馬毛島という島は数奇な運命に翻弄されてきた不運な島と言うべきだろうか。
戦後の開拓として入植したものの、水は乏しく、農業に適さない環境の中、離農者が相次ぎ、1980年に最期の島民が離島して以来無人島となったという。以後、この島はある私企業が買い上げ、レジャーランド化をもくろんだがあえなく挫折し、その後紆余曲折を経ながら、最終的には防衛省が買収して今日に至っている(この間のいきさつについてはウィキペディアを参照)。
 防衛省はこの馬毛島に米軍のFCLP基地として提供することにしているが、地元である西之表市では基地建設反対の声も強く、世論は二分している。
 日本を母港とする米軍の航空母艦が出国するたびに、練度を保つためにFCLPと呼ばれる訓練が実施されるのだという。このFCLPが無い間には、航空自衛隊が訓練に使用するのであろうから、静寂が訪れることはほとんど無いのかもしれない。世界自然遺産に登録されている屋久島へもほぼ40キロメートルほどしか離れていないので、戦闘機による騒音に影響から免れることはないだろう。なにしろ、米軍の活動は日米地位協定のおかげで無制限、日本の法制度が適応されることもない。訓練空域から外れようが事故を起こそうが、日本の法支配は及ばない。一端基地ができてしまえば、もうどうしようもない。マゲシカが絶滅しようが、漁業権が侵されようが、騒音が住民の暮らしを破壊しようがお構いなしだ。それがわかっていながら、目先の金に目がくらんだ、一部の利権屋と防衛省は何が何でもごり押しで基地建設のための、アセスを強行しようとしている。
 このアセスに関わる方法書には、本来の環境影響を評価できる内容ではない。すでにひどい破壊がなされた後に、とってつけたような形だけの手続きとなったいる。しかし残念なことに、この手順を止める有効な手立てはない。
 法律の立て付けがそうなっているのだから、止めようがない。政-官-業-学-報-司のハニカム構造を破壊し、新たな国際基準に合致したアセス法に改正しない限り自然も過疎地の住民も蹂躙され続けることになる。

 とはいえ、黙っているのも業腹なので、一応、意見書をしたためて防衛省に提出した。

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   馬毛島基地(仮称)建設事業に係る 環境影響評価方法書に関する意見

                 広島フィールドミュージアム代表 金井塚 務

 馬毛島に建設が予定されている基地建設事業は、すでに防衛省が民間事業者から買収する以前に、同事業者による大規模な違法開発が行われていたという事実が存在する。それ故、今後、防衛省が将来予定している基地建設はアセスを実施しないままに事態が進行していることになる。本来、環境影響アセスメントの意義に照らしてみれば、違法開発以前の状況において評価をすべきである。その手順を省略し、すでに破壊された環境を基準とするアセスメントには何の意味もない。つまり破壊された生物多様性への影響は、予定されているアセスからは導き出せないことは道理である。

1.回避又は低減に係る評価
調査及び予測の結果並びに環境保全措置を検討した場合においてはその結果を踏まえ、対象事業の実施により選定項目に係る環境要素に及ぶおそれがある影響が、実行可能な範囲でできる限り回避され、又は低減されており、必要に応じその他の方法により環境の保全についての配慮が適正になされているかについて評価します。
2.基準又は目標との整合性の検討
また、国又は関係する地方公共団体が実施する環境の保全に関する施策において、選定項目に係る環境要素に関して基準又は目標が示されている場合には、当該基準又は目標と調査及び予測の結果との間に整合が図られているかどうかを評価します。

との文言の実態は空疎なものでしかない。すでに消滅している個体群があるか否かの評価さえできないのが現状である。ここに最大の矛盾が露呈している。
仮にアセスを実施するのであれば、馬毛島の自然状況が破壊以前の状況に限りなく近い状態に回復することを待つ必要がある。現時点でアセスを挙行することは許されない。

マゲシカ(Cervus nippon mageshimae)を例にとって
 面積820㏊という面積は大型哺乳類の生息地としては極めて小さく、常に個体群の存続は危機的といっても過言ではなく、環境省レッドリストに絶滅のおそれのある地域個体群として記載されているのもそのためである。このマゲシカ個体群は、南西日本に生息するニホンジカ同様、カシ類の堅果に依存する傾向が強く、照葉樹林面積や生産力が生存に大きな影響している。中部以北のササ型林床落葉樹林帯のシカ個体群とは異なり、照葉樹林帯のシカは、四肢が短く、オスの角が小さいことなど栄養条件の良くない地域に適応した形態が見られる。特に馬毛島のようにちさな島嶼では堅果類を生産するカシ類の存在は重要である。しかしながら馬毛島はすでに違法な開発事業によって島のおよそ9割が開発され(すでに基地建設が現実化している状態になっている)、個体群の存続は危機的な状況にある。
 基地が開設される以前の現在でも保全の措置が必要であるにも関わらず、基地稼働後は、米軍によるFCLPが予定されている。戦闘機によるタッチアンドゴーは、想像を超える爆音と振動が繰り返し生じる。そのことがシカの個体に与える影響は全く考慮されていない。
 現在日本各地でドローンを利用した獣害対策が始まっているが、小さなドローンでさえイノシシやシカを排除できる可能性が立証されつつある。まして戦闘機が繰り返し離着陸・タッチ・アンド・ゴーは長時間にわたって轟音と振動をとどろかせることになる。
 かつて宮島でニホンザルニホンジカ生態学的研究に携わってきたが、ここでは時折、岩国基地から大型ヘリコプターが飛来し、宮島上空を低空で旋回するということがあった。その時、ヘリコプターの爆音と機影にサルもシカパニックに陥り森林内を右往左往する事態となった。わずかに1機のヘリコプターでこのような状況に陥るのだから、それを遙かに超える爆音と振動はマゲシカ個体群に相当なダメージを与えるであろうことは容易に想像できる。島の片隅追いやられたシカの個体群がパニックに陥れば、逃げ場を失い、滑走路を囲むフェンスへ激突して死亡する事例や海へ逃避して溺死する事例が生じる可能性もある。生活の場そのものの消失と爆音と震動による安寧の喪失は、個体群を消滅へと導く可能性は極めて高いと予測される。
 さらにパニックになったシカがフェンスを越えて滑走路へ進入する事態が生じれば、戦闘機を巻き込む大事故につながる可能性もあり、シカのみならず訓練機や訓練支援のための人員に相当な被害をもたらすことも想定される。
しかしながら、この点に関しては、アセスの項目にすら上がっていない。
以上のことを勘案すれば、この方法書はアセスとしての体をなさないものであることが明らかである。よって、現時点でのアセス方法書の全面見直し自然の回復を待った上で実施することを強く要望する。