生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

世界自然遺産登勧告ーその是非を問う

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 ついにと言うか、とうとうと言うか、政府から推薦されていた「奄美大島・徳之島・沖縄島北部および西表島」について、IUCN(国際自然保護連合)からの世界自然遺産登録を勧告するとの評価が下された。正式な決定は、この7月に開催されるユネスコ世界遺産委員会の決定まで待たねばならないものの、IUCNの勧告は事実上の登録決定とみて間違いないであろう。
 前回2018年には「登録延期」の勧告がなされ、世界自然遺産登録の夢は一時遠のいたかに見えたのだから、今回のこの決定を受けて、沖縄県国頭村はじめ地元の自治体や旅行関連業界の喜びはひとしおだったに違いない。

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ナショナルジオグラフィックの表紙を飾ったここもエコツアー客でごった返すのだろうか

 彼らの喜びは何に起因しているのかは、はっきりしている。世界遺産ともなれば世界的なブランドとしての地位が手に入る。それはすなわち、国内はいうに

及ばず、海外からの旅行客(インバウンド)の増加など観光業にもたらす莫大な利益が期待できるからという商業的利用が見え透いているからである。それゆえに、この喜びに水を差すようで少々気が引けるのだが、私には素直に喜べないのだ。

 そこでもう一度世界自然遺産の原点に戻って、やんばるの境自然遺産登録の是非を考えてみよう。
 1972 年 11 月 16 日 第 17 回ユネスコ総会

採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」には以下のような条文が見られる。
第12条 「文化又は自然の遺産を構成する物件が前条2又は4に規定する2の一覧表のいずれにも記載されなかったという事実は、いかなる場合においても、これらの一覧表に記載されたことによって生ずる効果は別として、それ以外の点につき顕著な普遍的価値を有しないという意味には解されない」とある。
 簡単に言えば、世界自然遺産登録されようがされまいが「奄美大島・徳之島・沖縄島北部および西表島」の自然が有する普遍的価値は世界自然遺産なのだということである。これは当然のことながら、その価値を認識した時点で国や自治体は世界自然遺産としての保全の義務を追うことになるという意味でもある。
 そこで問題は冒頭に述べた「記載されたことによって生ずる効果」すなわち消費的商業利用をどのように制御するかという登録の評価条件Ⅲに関わる問題である。これについては後述する。まずは登録に値するだけの条件が現地に備わっているかどうかについて考えてみたい。

世界自然遺産登録の基準
 世界自然遺産への登録は次に示すⅠ~Ⅲの条件が満たされている必要がある。
Ⅰ 次の4つの「世界遺産の評価基準〈自然遺産〉(クライテリア)」の一つ以上を満たすこと。
[vii]自然美
最上級の自然現象、又は、類まれな自然美・美的価値を有する地域を包含する。
[viii]地形・地質
生命進化の記録や、地形形成における重要な進行中の地質学的過程、あるいは重要な地形学的又は自然地理学的特徴といった、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本である。
[ix]生態系
陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や動植物群集の進化、発展において、重要な進行中の生態学的過程又は生物学的過程を代表する顕著な見本である。
[x]生物多様性
学術上又は保全上顕著な普遍的価値を有する絶滅のおそれのある種の生息地など、生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を包含する。

Ⅱ 「完全性の条件(顕著な普遍的価値を示すための要素がそろい、適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること)」を満たすこと。

Ⅲ 顕著な普遍的価値を長期的に維持できるように、十分な「保護管理」の体制が整っていること。
の三つの基準である。まず基準Ⅰについては
[ix]生態系
大陸島における独特な生物進化の過程を明白に表す生態系の顕著な見本。
[x]生物多様性
遺存固有種と新固有種の多様な、世界的に見ても生物多様性保全上重要な地域
という2つの評価基準をクリアしている。これに異論はない。ただし、その意味が遺産登録を目指す人たちに共有されているかとなると、いささか心許ない。例えば、この地域の固有性を例えて「東洋のガラパゴス」と形容してはばからないのがその一例である。
ガラパゴス諸島は南米ペルー沖約1000kmにある火山島で、大陸から隔絶された孤島(大洋島)である。それに対して、沖縄島を含む南西諸島はアジア大陸から分離した歴史をもつ大陸島で、その成り立ちが根本から異なるので、生物相にもその違いが明確に現れている。もし仮に「東洋のガラパゴス」と言うのであれば、それは小笠原諸島にこそふさわしい。それが基準の「[ix]生態系」の意味である。そしてもう一つの意味はもう少しわかりにくい。大陸との関連性を持ちながらも、島として孤立し生物相が隔離されたことによって生じたのが固有性である。そうした模式図は環境省のHPでも紹介されているが、それほど単純なものではない。
 たとえばなぜヤンバルクイナが誕生したのか?その説明の概要は次のようなものである。ヤマネコなど肉食性の捕食者がいない沖縄島に隔離されたクイナは飛ぶ必要がなくなり、飛翔能力を欠くヤンバルクイナが誕生したのだと。この説明で納得する人はどのくらいいるのだろうか。確かにそれば一つの要因かもしれないが、飛翔能力の欠如の説明にしては今ひとつ説得力に欠ける。彼らの生活の場や生活様式が飛翔より地上を歩いたり走ったりすることのほうが適していたという事実に即した説明が必要であろう。そして同じく捕食者がいない徳之島や奄美大島にはなぜ飛べないクイナはいないのだろうか。といった疑問はつきない。この「大陸島における独特な生物進化の過程を明白に表す生態系の顕著な見本」という意味は生物の進化を説き明かすための貴重な財産であり、研究の場であることと理解すべきであろう。なにが固有性を生み出したのか、その進化過程を明らかにすることが求められているはずである。

 ある生物種は暮らしを通じて無機的環境や生物群集という複雑多様な有機的環境との相互作用を経て変化している。
 また、やんばるの自然の固有性は目に見えるレベルにとどまらず、ササラダニ類などの土壌生物、菌類やそれとの共生体(ラン科植物など)などきわめて複雑である。生きることはつまり環境への働きかけであり、結果として環境を変えることになる。その環境が変化変容すれば、それに対して主体たる生物の暮らしも変化せざるを得ない(主体即環境、環境即主体の関係)。こうした主体ー環境の相互作用が進化である。生物は進化するものなのである。つまり進化は過去の出来事ではなく、つねに進行するプロセスであり結果でもあるのだ。であれば、やんばるの固有性も進化のプロセスとして捉える必要がある。そのためには生活の場の保全が必然となる。この認識は基準Ⅱとも大きく関連している。

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 さていよいよ本論に入ろう。前回(2018年)の登録延期となった原因は基準Ⅱ「完全性の条件(顕著な普遍的価値を示すための要素がそろい、適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること)」を満たしていないと判断された結果である。従って、この基準をどのようにしてクリアするのかが課題であった。今回、登録の勧告となったのは、前回細切れとなっていた推薦地を一カ所にまとめ、米軍北部訓練場の返還地約3700haをやんばる国立公園区域に編入し、特別保護地区を従来の790haから3009haへと拡大した。こうした措置をIUCNが評価した結果なのであろうがそれは自然公園法が保全に有効という形式上、観念的な保全対策に過ぎない。
 完全性の条件のうち、 「顕著な普遍的価値を示すための要素がそろい」ということはクリアしていることは認めるにしても、「適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること」に関しては、IUCNの認識に疑問が残る。
 前回の細切れ(沖縄の北部20か所)であった推薦地が連続性がないとの指摘を受け、今回はそれらの一つの地域をまとめたことで基準をクリアすることに成功したようだ。このこと自体は一歩前進なのかもしれない。しかしそれは図面上での形式的な連続性を確保したにすぎず、実態は何も変わっていないようにも思える。

<狭い指定域とやまない森林の皆伐>
  「開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持される」ための「適切な面積」とは一体どれほどなのか、これに対する確たる答えを見つけるのは簡単ではない。ただ一つ言えることは、やんばるの多くの固有種を含む今日の生物相は沖縄島という比較的大きな島で維持されてきたことである。今日のやんばる地域(S-Tライン以北で30000ha)に追い込まれてしまった状況は長い歴史の中でのごく最近の出来事だということだ。決して「適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること」と断定することはできない。にもかかわらず、自然遺産の登録予定地はやんばる地域の一部に過ぎない。そればかりか国頭村では今なお毎年5ha規模の皆伐が数カ所で行われている。この皆伐はやんばるの自然にどのような影響を与えているのだろうか。
 森林そのものの破壊はノグチゲラヤンバルクイナ、ケナガネズミなど森林棲の野生生物の暮らしの場の喪失であり生存に大きなダメージとなる。森林は進化史を通して多様な種間の相互作用の結果として成立した共生社会である。そこにある枯れ木ですら多くの昆虫類やその幼虫など生活の場として重要な構成物である。こうした生物群にも同様なダメージとなる。そして皆伐後には乾燥化が進み、陸産貝類やササラダニ類など湿潤な環境に適応している微少な生物群に負荷をしいることになるし、伐開地周辺の樹木が立ち枯れるなどその影響は伐開地にとどまらない。特にマイマイ類やミミズなどを食糧源とするヤンバルクイナは破壊された森林を離れ、養豚場の糞尿廃棄物に発生するミミズなどを求めて人間の生産活動に依存する傾向が強まるおそれがあり、これがロードキルを招くことにつながっている可能性もある。
 森林破壊に伴う問題は、ブログ「生き物千夜一話https://syara9sai.hatenablog.com/」で詳しく紹介しているので是非参照していただきたい。ここではやんばるにおける皆伐の背景について一例を紹介するにとどめる。

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 本島最北に位置している辺戸の伐採地はその一例である。観光客はもちろん自然観察にもほとんど利用されていない地域である。ここはやんばる型林業林業生産区域」であり、国立公園の特別地域(第3種)に指定されている。つまり届け出さえすれば森林の伐採はほぼ自由な区域なのだ。国立公園は規制の厳しい特別保護地区と特別地域(1~3種)および普通地域に区分されている。一見、国立公園の特別地域といわれれば、かなり厳しく開発や森林伐採が規制されているとの印象を受けるかも知れないが、実際はそうではない。厳しい規制が敷かれているのは「特別保護地区」だけであり、それに準じる「特別地域」はほぼ何でも出来る地域なのだ。

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 もともと特別地域には1種、2種、3種などの区分は法律で決められているものではなく、政令で定められているにすぎない。つまり一種の通達行政の産物なのかも知れない。第2種、3種ともなると、特別でも何でもないほど規制は緩く、普通地域との違いは届け出がいるかどうかしかない。
 やんばる国立公園は2016年9月15日に指定を受けているが、それに先だって、沖縄県は2014年3月にやんばる型林業ゾーニング案を発表している。
 このやんばる型林業は、それまでのやんばる地域での皆伐などの批判を受けて有識者による審議を経て決定したもので、やんばる地域を、1.自然環境保全区域 2.水土保全区域 3.林業生産区域の三つにわけている。こうしてみると伐採が出来るのは3の林業生産区域だけのように見えるが、実際には1の自然環境保全区域でさえ伐採可能な仕組みとなっている。
 そしてこのやんばる型林業ゾーニングと国立公園の保護地域の区分とは奇妙に一致しており、明らかに公園化に際してこのやんばる型林業ゾーニングに配慮したことがうかがえる。IUCNがこの点をきちんと評価していたなら今回の勧告は違ったものになっていたであろう。
 ただこうした広く保護地域を設定して皆伐を禁止することに対して、「林業」を否定し、地元の産業を阻害する暴論との批判もある。しかしながら、やんばるにおいてはいわゆる林家はなく有用材の生産を目的とする本土のような林業は存在しないし、有用材の生産には不向きなやんばるでは「補助金目当ての偽林業」であることが、これまでの住民訴訟で明らかになっている(やんばるCDONぐりーず)。
 さらに、返還された演習場跡地からは、空砲の残骸をはじめ様々な軍事用品の廃棄物が森林内に放置されているが、この点については、宮城秋乃さんの報告を参照していただきたい。

最期に Ⅲ 顕著な普遍的価値を長期的に維持できるように、十分な「保護管理」の体制が整っていること。
について論じてみよう。
 観光業というものの裾野は広く、交通産業、宿泊関連産業、飲食関係、土産物店や旅行業者など多くの人たちの生業に利益をもたらす。そのこと自体は決して非難されるべきものではないにしても、常に過剰利用の危険がつきまとう。
 これは普段自然保護を看板にしている研究者や保護団体、写真家などにも大きなビジネスチャンスとなる。それがあからさまに見えるところにこの問題の本質の一つがある。登録を期待し歓迎する人たちの真の目的は、「記載されたことによって生ずる効果」にあることは明白である。逆説的になるが、登録しないことこそ、世界自然遺産の意義にかなうのである。
 私は広島県安芸の宮島で長年ニホンザルの行動生態の研究とその成果を生かした博物館活動を行ってきた。またその一環として、タイのカオヤイ国立公園でのエコツアーを10年近く実施してきた。いずれも世界文化遺産世界自然遺産の登録地であるが、登録前とその後とを経験している。まさに「記載されたことによって生ずる効果」の負の側面の強さを実体験したのである。端的に言えば、質の劣化とでもいえようか。あるいは自然を消費し尽くすとも言えるかもしれない。遺産の価値を高めるためには地道な調査研究をベースとした普及活動が必須であるにも関わらず、横行するのは薄っぺらなガイドやエコツアーである。この点に関してはIUCNも懸念を抱いているようで、政府に対して附帯条件をつけているとはいえ、「記載されたことによって生ずる効果」に期待する推進派の人たちには馬の耳に念仏なのだろう。
 基本的に世界自然遺産の意義を全うするのであれば、野外博物館として調査・研究をベースとして、その成果を教育普及活動に生かし、自然保護の意識高揚に努める態勢を整えるのが先であろう。登録はその後の話である。

 

より詳しく知るための参考文献・資料

*やんばるの今と未来-生物多様性保全の視点から考えるー日本森林生態系保護ネットワーク/やんばるDONぐりーず 2014
*ブログ「 生き物千夜一話」 https://syara9sai.hatenablog.com/
*やんばるDONぐりーずhttps://yanbarudonguri.localinfo.jp/