生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

大規模再エネ事業か、それとも美しい農村風景かー農村の未来を問う2 加美町

 

加美町風力発電建設地―撮影:日本熊森協会本部 水見竜哉

 宮城県北西部に位置する加美町は、奥羽山脈の東縁に位置し、農業を主産業とする町である。鳴瀬川とその支流である田川に挟まれた地域には平坦な堆積層が広がり水田地帯となっている。どこか砺波平野の散居村を思わせる景観が広がる農村地帯である。この町のシンボルである薬莱山は加美富士とも呼ばれる独立峰で平野の中に屹立する姿は心を揺さぶるものがある。そんなのどかな加美町ではあるが、少し前からきな臭い匂いが立ちこめるようになったとのことだ。こけしで有名な鳴子(宮城県大崎市)との境となる地域一帯に大規模風力発電計画が持ち上がり、一部ではすでに工事が始まっている。地元ではこの計画に疑問を感じた有志が「加美町の未来を守る会」を始めとする市民団体が建設反対の声を上げて活動している。その一環として、環境法律家連盟と再エネ問題全国連絡会合同でのシンポジウムが開催された。私も、「この森林破壊は問題だ」というタイトルで話をしたのだが、30分という短い時間でもあり、豊かな暮らしをするための自然の価値については十分伝わったかどうかいささか不安であった。とはいえ、このシンポジウムは市川守弘弁護士の問題点の指摘もさるものの、室谷弁護士の「加美町が、風力発電事業者と交わしていた町有地の利用に関する地上権設定契約について、明らかに他地域の自治体とは異なるような、問題ある契約である」ことの指摘は参加者に大きな衝撃を与えたようであった(シンポジウムの内容は(FB:加美町の未来を守る会・環境法律家連盟のページを参照)

 シンポジウムに先立つ現地視察では、残念なことに工事現場へ足を踏み入れることができなかったが、これまでの工事現場での様子(上の写真)を見る限り、森林生態系にかなり深刻なダメージを与えることはまず間違いない。

 工事現場周辺は、溶結凝灰岩の様なもろい土質(上の写真)にミズナラ、コナラが優先する落葉樹林が生育しており、かつては薪炭林として利用されていたようだ。樹齢は若く、風の影響もあるのか樹高が低い。見晴らしの良い場所にたってみると、かつてのブナ林がわずかに残っている。

 ここは、漆沢ダムの堤体(ロックヒルダム=石を積んで堤体とする)に利用することを目的とした石切場であったというが、岩質が脆く、使用に耐えないということで事業はとまった現場だという。

漆沢ダム-この向の尾根筋に強大な風車群が林立するという

 このような土質の尾根筋に道路を切り開けば、土石流や斜面崩落が生じることは大いに予測される。さらに問題なのは、埋土種子など森林再生のストックとなる表土層を削り取ることは森林再生を疎外する大きな要因ともなるし、吹き抜ける風による森林内の乾燥化の原因ともなる。こうした乾燥化の進行は林縁部の樹木群の枯死を招き、さらなる森林破壊をもたらすであろう。

現場付近のの若い二次林。

遠くにブナ林が見える。かつてはこのようなブナの林が広がっていたのだろうか

 そしてほとんどの住民がまだ気がついていないような問題が私には気にかかっている。加美町の住民の多くは平野部に暮らしており、山の変化にはそれほど敏感ではなさそうなのだ。確かに土石流や低周波といった直接被害をもたらすであろう問題には関心を持っているのだが。このような森林破壊が続けば近い将来必ず獣害(クマの出没)が目に見える形で頻発するようになるにちがいない。加美町の農村風景は、どこか砺波平野の散居村を思わせる景観だと描いたが、今、その富山の農村ではクマの出没が相次いでいる。宮城県のクマの生息状況の詳しいことはわからないが、県が発表している出没状況は西中国山地での傾向とよく似てきている。

 宮城県(2005-2020)と広島県(2003-2020)とのクマの月別出没状況を見比べてみると、明らかに同じ傾向を示しており、近年は春~夏にかけても市街地周辺に出没する傾向が強くなっている(加美町は第四期宮城県ツキノワグマ管理計画の管理区分で重点区域となっている)。これは、森林の生産力の減退とともにクマの生活様式が変化し、人工的な食資源に依存する傾向が強まっていることの表れと私は見ている。じつはこうした傾向は1990年代から始まっていたのだが、最近では生息域の拡大(中核的生息知からの分散)が顕著になっている。加美町の平野部でもその傾向は徐々に出始めているのではないだろうか。奥山の生物多様性とそれを基盤とした生産力の回復もなく、逆に生息知たる森林の破壊が進めば、よりクマの出没は不可避となり、それはクマ個体群の絶滅まで続くのではないかと危惧している。
 自然破壊をもたらす、大規模風力発電計画よりも、地道に森林生態系の回復を目指す事業を展開することが加美町の将来を明るいものにすると確信している。
 そして、この風車群を破産で北西側には、鳴子温泉郷がある。丸森町と同じく、美しい農村風景を大事にして、豊かな食糧生産基地として町が発展していくことを願っています。