生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

HFMエコロジーニュース110(267)

ウガンダ紀行 その6
チンパンジー観察記@キバレ&カリンズ

 

 ウガンダエコツアーの目玉は、なんと言ってもマウンテンゴリラとチンパンジーという大型類人猿の観察にある。
これまで霊長類学を専攻してきたものとしては、これらグレイトエイプ(大型類人猿)の生息地にきて、観察せずにすますということはできない。
しかし絶滅の恐れのある大型類人猿の観察はそう簡単ではない。
ここウガンダでは両種とも棲息して入るものの、生息地である国立公園内への立ち入りは自由ではない。
カンパラにある野生生物保護局(UWA)へ申請し、許可受けなければならない。
これが結構面倒だし高額の許可料がいるのだ。
旅行会社に手配を頼めばそれなりに楽はできるが、仲介手数料なども馬鹿にならないし、こちらの希望が伝わりにくい。
今回は、現地に在住している甥のQ君の助けを借りて直接交渉することにした。
その甲斐あって、マウンテンゴリラはこちらの希望がかなう形で許可が取れた(この辺の事情は後日)。
 とにもかくにも許可をもらいに行く。
許可というのは要するに観察許可料のことである。
当然のことながら、生息数の少ないマウンテンゴリラの場合はずっと厳しい制限が課せられている。
しかしチンパンジーの場合には、一人150ドル支払えばほぼいつでも許可は得られるようだ。
さらに言えば、カリンズの森のように必ずしも政府の許可を得る必要のない施設もある。
ただし、ここでは地元のNGOがガイド料をとることになっている。
これはエコツアーを森林伐採に代わる現金収入となる産業として育成する意味もある。
今回はカリンズではなくキバレを観察値とすることにしたのだが、それには理由がある。
キバレはチンパンジー生息密度も高く、観察するには大変良いフィールドであるということ。
そして、もう一つの候補地であるカリンズの森を前回(3ヶ月前)に下見を下結果、教えられてきたほどには期待できそうになかったという理由がある。 
 今回のウガンダツアーに先立ち、2011年の12月~12年1月にかけてこのエコツアーの下見をしたのだが、そのときはクイーンエリザベス国立公園(QENP)にほど近いカリンズの森でチンパンジーウオッチングを実施するつもりでいた。kalinz-2
というのもここは京都大学霊長類研究所のスタッフがフィールワークを行っており、エコツアーの開発にも力を入れていると聞いていたし、カリンズの森で調査経験を持つ知人のすすめもあったからだ。
話を聞く限り、まさに理想的な場所であるように思えたからである。
もしこのツアーがそうした地元の経済活動の一助になるならという思いもあった。
 私たちがここを訪れたのは2011年12月31日、大晦日であった。
朝、ムエヤロッジ(QENP)を出発して約1時間弱走って小さな集落を抜けたところで、写真の様な看板が見えてきた。ここは以前、製材所があったところを利用して、チンパンジー研究の基地として、あるいはエコツアーの基地として再生利用している。
とはいえ、車を降りても古びた建物以外にそれらしい施設は見当たらない。
近くにいた人に用向きを伝えると、ちょっと待てという。今、ガイドを連れてくるという。
手続きはここでOKだという。オフィスというには少々無理があるような、暗い部屋に行って申し込みをする。
利用料(ガイド料)は確か一人100000ウガンダシリング(約3500円)だったと記憶しているが、記憶が定かではない。
しばらくすると、若い女性のガイド(森林局職員?)がやってきて、さっそく観察のためのブリーフィングが始まった。
使い古したパネルを使って、カリンズに暮らす霊長類の種類やここの森の特徴を教えてくれる。
がそれもガイドブックに記されている程度のことだ。
ここは少し高いところにあるとはいえ林内はぬかるんでいる。足下を確認して森へ入る。
ガイド氏は携帯電話を使って、チンパンジーの集団がいる位置を確認している。
頻繁に連絡をしているが、端から見ていてもいらだった様子が見える。
どうやらチンパンジーとの遭遇はあまり期待が持てない雰囲気である。
kalinz-1IMG_6207結局、チンパンジーの集団に遭遇することはできず、2時間ほど森を歩いてこのツアーは終了した。
森を抜けると茶畑が広がっていたが、その日射しの中をゆるゆると歩く足取りは徒労感も手伝って重かった。
 この徒労感は何?チンパンジーとの遭遇が果たせなかったからではない。
私も経験上、目指す動物に出会えないことは何遍もあるし、当たり前のこととして覚悟の上である。しかしである。
であれば、出会えないときにどう対応するか、それがガイドの力量というものである。森の中に素材はごろごろ転がっている。
それをその時々の状況の中で取捨選択し、瞬時に教材化する能力がエコツアーガイドには必須である。
つまり、ガイドは常に研究者でもなければならない。既知の事実に関する情報を伝達するだけではダメなのだ。
自分自身の自然観、分析力などを陶冶しなければならない。その点で、カリンズではまだまだ課題が残っている。
というかすでにこのプロジェクトが始まって10年以上が経過しているのだから、人材育成や運営体制など本質的な問題があるのかも知れない。
 というわけで、今回のチンパンジートレッキングはカリンズではなく涙をのんでキバレということにした。
 キバレでのチンパンジートレッキングは、カンパラでのパーミット取得が条件となるが、前回の下見時に、150米ドル/人を支払って獲得しているので問題はない。
chimp-1キバレでの料金はカリンズの$42(当時のレートで3500円)と比べると約4倍もの高額だが、それはそれなりの理由があった。チンパンジーの群れの動向の把握やレンジャーたちの練度の高さなど、カリンズとは雲泥の差がある。
お金はないが何日も自由な時間がとれるという、学生のような身分であれば、カリンズのような場所がおすすめだが、自由な時間も少なく、日程をやりくりして遠い日本からやってくる人たちには、確実にチンパンジーに出会えるキバレのほうがおすすめである。
 朝7:00、朝靄の残るCVKを出発し、30分ほどのドライブでキバレ国立公園のヘッドオフィスへ到着。
チンパンジートレッキングは、午前と午後に1回ずつ実施され、どちらも6名1組でそれぞれにガイドが付き添う2-3時間ほどのトレッキングである。
8:00から観察のためのブリーフィングが始まる。参加者は欧米人が多く、スパニッシュ系のおばさんの団体も元気に参加している。ということで、英語とスペイン語との2カ国語ということで少し時間が掛かるが、そこはアフリカ、「ポレポレ(ゆっくり)」の精神で行くのがよろしい。
ブリーフィングの内容は特別変わったものではなく、この施設の沿革であるとか、どんな霊長類が棲息しているかとか、ここが以下にチンパンジーの生息密度が高いかとか、観察に際して守るべきこと(たとえば7m以上近づきすぎないとか)などなど。特に餌(食べ物)を与えるという行為は絶対してはならない行為である。
 かつて日本ではニホンザルの研究のために、餌付けという「食べ物」を介してサルと接触することが、当たり前に行われていた。その結果、過度に人間依存をもたらし、サル本来の暮らしを見極めることができなくなったり、際限のない個体数増加といった弊害が大きく、大型ほ乳類の生態学的研究に「餌付け」とう手法はあり得ないという評価が定着している。
それに変わって、「人付け(ハビチュエーション)」という手法が確立された。その最初の成功例がヴィルンガ火山群に棲息するマウンテンゴリラであった。時間を掛けて人間の存在になれてもらうという接近方法であるが、ここのチンパンジーも人の存在に対して馴れてもらう、つまりチンパンジーが文字通り「傍若無人」に振る舞う環境を大事にするということである。
そのために対象となるチンプやゴリラに過度の負担を掛けないように、時間と人数の制限をするということである。
 20分ほどの講義が終わると、いよいよ出発だ。 
チンパンジーの群れがいる位置は、現場のレンジャーやトラッカーが把握しており、どの方向へ向かえば良いか、逐次無線で連絡が入ることになっているようだ。
我々の班はは女性のガイドと共にジープで少し南下して、そこから群れのいるところへアプローチする。
5分ほど林内に伸びる悪路を走り、チンパンジーが休息していると思しき森の近くで位置で下車する。
chimp-5それにしてもアフリカの熱帯雨林はアジアのそれと比べて重量感と多様性が乏しい様な気がする。
重量感がないということはどういうことなのかと言えば、いわゆる巨木や突出木が少なく、林床が比較的明るいというところに原因があるのだろう。
アフリカの森はほとんどが切り尽くされて商品作物(バナナ、コーヒー、茶、綿花など)のプランテーションとなっている。
わずかに残った国立公園のような保護林だけが残されているに過ぎない。
それもかつてはかなり利用された二次林であろう。
そして多様性の貧弱さは過去の氷河期(乾燥期)の影響によるもので、そうした極端な乾燥化による森林の減退が人類進化の要因の一つである。
灌木がまばらに生える林内をしばらく歩くと、突然、あまりにも突然にチンパンジーと遭遇した。
チンパンジーの雄の年寄り連中が三々五々林床でくつろいでいる。それはあまりにあっけないものだった。
 灌木がまばらに生える林床に数頭のチンパンジーが寝転んでいる。
すでに先客がいてカメラを構えて撮影に余念がない。1組6名という制限を設けているにも拘わらず、すべてのグループが同じチンパンジーを観察することになってしまったようだ。
 この群れは最大120頭ほどの規模だと言うが、チンパンジーの場合、ニホンザルとは異なり、群れのメンバーがいつも一緒にいるというわけではない。
同じ群れの中にサブグループと呼ばれる小集団が離合集散しながら時として大きな群れになる。
ここでもそうだが、おそらく老齢オス個体のサブグループが観察しやすいところにいたというだけのことであろう。
おそらく近くに別のサブグループもいるに違いない。
あとでわかったことだが、別のグループに入ったNさんによれば、最初、ヘッドオフィッスから徒歩で出発したものの、途中で呼び戻され車でここへ来たという。
おそらく別のサブグループを見に行こうとしたが、そのグループが遠ざかるような動きをしたか、私たちの見ているグループに接近するような動きを見せていたので、こちらへ来たということのようだ。つまり、そう遠くないところにも別のサブグループがいるということである。
 道ばたの林床に寝転んでくつろぐ個体やグルーミングに興じている個体など6-7頭のオスの老チンプの集団である。
老齢個体ばかりだから活発さはない。
chimp-3chimp-4のんびりと時間を費やしているばかりで、まさに老人の暇つぶしである。
中には、鼻くそをほじって暇つぶしをしているものもいる。
その仕草を見ていると本当に人間くさい霊長類であることを痛感するが、ほじるのに使っているのが薬指というのがおもしろい。ガイド氏によるとここに集まっている老齢個体はどれも40才を超えているという。確かに前頭部ははげ上がっているし、腰のあたりも白髪に鳴ってきている。
老人としての特徴がはっきり見て取れる。
とはいえ、足腰はかくしゃくとしており、まだまだ日常生活に支障を来すようなこともなく、生活に必要な体力は持ち合わせているようだ。
これもこの森に大型の捕食者が少なく、食糧の調達も比較的容易であるという環境のなせる業か。
 さあ、どのくらい時間が経過しただろうか。写真を撮るのに夢中になって時間の経過を忘れていた。
老齢個体集団のなかに、そろそろ移動しようかという雰囲気が見て取れる。
少しずつ他個体の動きを注視し、その動きにつられて動き出しては止まる。
そして軽くグルーミングを行っては、また移動するといった動きが見えてきた。
と、ある時を境に集団での移動が始まった、どの方向へ向かうかはどの個体もすでに了解済みといった動きでずんずんと森の緩斜面を下っていく。
乾期のせいか林床は乾いており熟成した森の林床は比較的すかすかで歩きやすい。
しばらくついて行くとそこにはメスやコドモ、アカンボウを含む集団がイチジクの木で採食していた。
時折、<ヒャーヒャー、ホワッ>というやや興奮気味の声が聞こえてくる。
どうやら、イチジクの果実を採食しているらしい。頭の上からぼとっぼとっとチンパンジーの食べくさした実が落ちてくる。
果実の周辺部分を食べた(しがんだ)だけで後は捨ててしまう。
ニホンザルにも見られるが、雑で贅沢な食べ方である。
chimp-8chimp-7 
 約1時間、チンパンジーの行動や生活スタイルを十分見たというわけではないが、まあまあ充実した観察ができた。
アカンボウを持つチンパンジー母子もいたり、群れの一端に触れただけではあったが、ガイドの練度も高く、こちらの質問にもかなりの部分こたえてくれたりで、充実した時間を過ごすことができた。
これで$150は納得がいく。ということで、午前の観察を終えて、CVKへ戻り、しばしの休息を楽しむことに…。
 ここに棲息するチンパンジーはPan troglodytes shweinfruthi で、中央-東アフリカ(タンガニーカ湖畔-ウガンダ-コンゴ民主共和国)の森林帯に分布するP.troglodytesの亜種である。
chimp-6     編集・金井塚務 
発行・広島フィールドミュージアム
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