生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

消えゆく集落・消える食糧生産の現場

  この冬はどこも雪が少なく、寒暖の差が激しい。この急激な温度変化は生き物に大きな影響を与えるに違いない。場合によっては地域個体群の絶滅にもつながる可能性もあるだろう。このことについてはまた別の機会に譲ることにするが、温暖化がもたらすこうした変化は大きな問題となる。

 私が仲間とツキノワグマの調査フィールドとしている細見谷渓畔林地域(廿日市市吉和)は、知る人ぞ知る豪雪地帯でもある。冬の間、2mほども積もることもまれではない。今年はあまりにも雪が少ないのでもしかしたらと思って、ドライブがてら様子を見に行ってきた。

 さすがにまだ車が入れるような状況ではなかった。入山はもう少し待つことに。おそらく、4月初旬には入れるような気がする。もしそうであれば、ヒキガエルのカエル合戦(集団包摂行動)を見ることができる。過去に一度、見ただけだが、それは壮観なものだ。クマの活動もまだ先のことになりそうだし、春の到来を楽しみに待つとしよう。

 さて、その帰り道のことだ。旧吉和村を出て、旧佐伯町飯室にはいった標高700mあたりも沿道は雪に覆われ、小さな集落の畑も雪に埋もれていた(写真)。飯室は佐伯地区の最奥の集落である。写真左側の大きなスギに囲まれてこの集落の社叢があり、このスギの幹にはクマの爪痕も残る。f:id:syara9sai:20160219095944j:plain

 いかにものどかな風景なのだが、じつはこの集落、ほとんど空き家なのだ。畑も耕作されず、ススキの草原へと変貌しつつある。秋には美しい風景となる。日本の中山間地域の典型的な風景である。最近では、研修農場として一部活用されているようだが、経済至上主義の農業では、生き残れるような場所ではない。

 高齢者だけの集落では基盤整備など農業に欠かせない労働力が確保できず、しかも小規模過ぎて、効率化もなにもあったものではない。せいぜい自家消費の自給的農業がせいぜいだろう。つまり、農業としては成り立ち得ない地域なのである。今日の社会においては、こうした自給的農業は無意味なものとして切り捨てられるのが当たり前なのである。人はすべからく職につき、幾ばくかの生活費を稼ぐ場がなければ暮らしていけない。勢い、中山間地域では補助金がでる事業や土建業に頼らざるを得ない。しかしそれは持続しないので、集落崩壊を少し先に延ばすだけのことにすぎない。

 しかしその一方で、世界的に食糧、水が欠乏し、それらの資源を奪い合う国家間紛争の種になっている。わが日本も決して例外ではない。食糧の大半を海外に頼り、その結果、水の乏しい国から大量の水(バーチャルウォーター)を買うという矛盾を抱え込んでいる。今は他国の食糧を買い付けることができているが、そんな時代はいつまで続くのであろうか。破綻は間近に迫っているかもしれない。

 グローバルに活躍することは決して褒められることばかりではない。他人の資源を奪うことでしか成り立たない社会ではなく、自前の自然の中で慎ましく暮らせる社会を選ぶ時期が来ているのではないだろうか。

 食糧生産の現場をつぶして、ひたすら工業製品の製造、サービス、金融に走る社会が持続するはずはない。いい加減に目を覚まそうよ。

 この雪景色の中にというメッセージを見たのである。

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引っ越しをしました

これまで主に、野生動物を対象にした生態学的なエッセイと海外エコツアーに関する記事を掲載してきたのですが、今後はもう少し幅広い記事を発信していこうと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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 写真は主なフィールドとなっている西中国山地の細見谷渓畔林です。ここはツキノワグマの中核的生息地として知られており、原生的自然が色濃く残るところです。

HFMエコロジーニュース116(通算273号)

 クマ調査での思わぬ発見
 10月下旬から11月初旬にかけて、細見谷川流域ではゴギの産卵シーズンとなる。この時期にクマがゴギを求めて小さな沢にやってくるということはこれまでにも何度か報告している。しかしながら、魚影の薄い昨今ではなかなかその現場をつかむことは難しものである。それでも一縷の望みをかけて、某放送局の取材が行われている。
 「さわやか自然百景」とかいうこの番組では細見谷渓畔林の一年を紹介することになっているようだが、その中でツキノワグマの魚食が紹介できればということで協力しているのだ。時間と取材費の制約を受けながらだから、可能性としてはかなり低いがそれでも西中国山地の細見谷渓畔林の素晴らしさは十分紹介できることと思う。
 ここ数年、クマやゴギを取り巻く生息環境の変化は激しい。とくにゴギの産卵床となる沢は集中豪雨や台風で倒れたブナなどの残骸が沢をせき止め、土砂の堆積状況が大きく変わったため、産卵床の数も減少している。しかし渓畔林とは本来そうしたもので、常に攪乱が生じるものである。長い目で見ればそれが多様性と生産性の維持に貢献しているのだろうが、一時的には生存への脅威ともなる。ここ数年は、再生前の状態が続いており、クマにとっては暮らしにくい状況にあるようだ。
 今年は晩夏のブナはそこそこ利用されていたし、ウワミズザクラへの執着も見られたが、秋にはミズキ、クマノミズキ、ウラジロノキ、アズキナシといった液果類が不作だった。クリ、コナラ、ミズナラの堅果類は場所によってはそれなりの収量が見込めたが、あちこちにクマ棚ができるほどでもない。ただ、落下した堅果を拾い食いしている様子が垣間見られたので、ごく少数の個体群ならば何とかやって行けそうではある。
 細見谷のような中核的生息地における痕跡の希薄化とは裏腹に、集落周辺への出没が世間を賑わしていることでクマは増加しているとの風評が流れているが、フィールドを歩いている限りクマの生息環境は悪化の一途をたどっていることは間違いない。すぐに絶滅ということはないにしても、けっして安心できる状況ではないし、むしろ危険な方向へ向かっているように思う。
 クマの痕跡や気配を求めて森(沢筋)をさまようのだが、今回の調査では、思いもかけぬ生物との出会いや生々しくも微笑ましい生活痕にも出会うことができたので、それらを簡潔に紹介してみよう。
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痕跡を求めて
 ゴギの産卵現場とクマの補食行動を撮影しようと細見谷川の支流の源流域に入った。所々にゴギのペアが産卵の準備のために集まっているものの、肝腎のクマは姿を現さない。今年はこのあたりに親子連れ(親1,子2)が確認されているが、若い世代のクマは魚食には無関心なのだろうか。
 近くの林道法面では植林されたヒノキの幼齢木が倒れ、地面が割れて空洞ができている。そこにオオスズメバチが何匹も集まって右往左往している。どうやらオオスズメバチの巣があり、クマがその巣を掘り返したようだ。
 このようにクマの痕跡はあるにはあるのだが、その気配は薄い。ゴギの産卵床の状況もいまいちの感じがしたので、しばらくご無沙汰している下流域を見てみることにした。下流域も以前より倒木が多く若干景観が変わってきている。しかし産卵床として利用できる場所は源流域より多い。ただし川幅が少し広く、沢には隠れやすいくぼみや倒木などが多く魚影は上流域より濃いようだが、クマにとっては捕食しにくい環境にちがいない。流れは緩やかで小さな落ち込み、瀬、小さな淵が連続しているのは源流域と変わらない。
 と、沢にかかる朽ちた倒木に鳥の羽毛が散乱している。尾羽の大きさや色からするとツグミのようだが、アカハラかもしれないと同行の杉さんは言う。私が写真をとっている間に杉さんは十数メートル先で川の中を覗き込んでいる。事件が起きたのはこのときだ。子細は後述するとして、少しばかりこの日見つけた野生動物の生活痕の話をしてみよう。
20151104-15
20151104-17 この日は普段歩かないルートをあるきながら沢を取り巻く森林内の状況を把握することにした。沢から離れ、尾根筋を液果の実りの状況とフン、爪痕、食痕などの生活痕を探してみようということだ。
 年をとってくると滑りやすい斜面を歩くのはかなりしんどい。かつてのような広域の探索ができないのもやむを得ないが、その分は経験に裏打ちされた勘が頼りだ。そこで歩きやすい尾根道を歩くことにした。晩秋の落葉林は明るく美しい。空の青さと赤、黄、緑が織りなす色の共演とさわやかな風に疲れを癒やしつつ歩く。
 ゆっくりと歩くことで、様々な生活痕がめに飛び込んでくる。見逃しそうなクマ棚や爪痕、どれも親子と見られる痕跡ばかりだ。大きな個体(オス)の痕跡はない。少しばかり古いがドングリを食べたクマのフンも落ち葉に半ば埋もれて見つかる。
 タヌキのためフンにはサルナシの種子が、それにしても少ない。テンのフンもほとんどない。イノシシの馬耕も少なく、ここ数年全体としてケモノは減少しているようだ。休耕田や廃田が広がる集落周辺での個体数増加とは裏腹に奥山はケモノの過疎化が進行している。
 林道へ出てみると道路端に落ちていたクリの実はすっかりなくなり落ち葉とイガが残るのみ。ミズナラの果実はまだまだ残っている。おそらくクリはクマが拾い食いしてしまったのだろう。法面にはびっしりとクマイチゴが繁茂している。これもケモノを集落へ導く資源となっている。いまやケモノたちは人のいなくなった集落周辺で命をつないでいるのだろう。
 舗装道路の真ん中につぶれたクマのフンを見つけた。つぶれていたが紛れもなくクマのフンである。変なつぶれ方をしているのでよく見てみれば、何とクマの子どもの足跡がくっきり残っているではないか。母親のフンを子どもが踏みつけて行ったのだろうか。ここは2日前に雨が降っているので、足跡はその雨が上がった後に附けられたものの可能性が高い。
 と、今度は道ばたでヒミズ(モグラの仲間)のばらばら死体を見つけた。血の色も鮮やかに頭と尻尾が切り離され、腸管の一部が残るものの胴体部分がない。こんな食べ方をするケモノはいない。杉さんの推測では猛禽類の仕業ではないかと言う。それにしてもきれいに頭と尻尾を切り分けて、律儀に残して言っているのも見事な仕事ぶりだ。このほかにも、アオバトやヤマドリが捕食された痕跡を見つけている。猛禽類が活発に動いている様が見て取れる。ケモノに見られる現象とは対照的な感じを受ける調査行であったが、ここで話を少し戻してみよう。
 猛禽類の食事跡を記録しているそのとき、獣数メートル先で川を覗き込んでいた杉さんの「カワネズミ、早く早く」という叫び声をきいた。私は取るものも取りあえず杉さんの基へ急ぐ。このときの顛末は、杉さんの森便り に詳しい。 実は以前にもこの沢の上流でカワネズミに遭遇している。出会いはいつも突然で瞬間的だ。しかし今回は少しばかり事情が違っていた。カワネズミは小さな淵から30cmほどの落差のある落ち込みの中へ姿を消した。ここは岩盤なので行き止まりのはずなのだが、なかなか姿を見せない。といっても数十秒、せいぜい1分程度なのだろうが。と突然、落ち込みの泡の中から20cmほどのゴギが飛び出してきた。とはいえ最初は何が飛び出してきたのかわからなかったというのが正直なところだ。オレンジ色のものがのたうち回っているのだが、よく見るとそれはゴギでそのゴギに灰銀色のものが食らいついているのだということがわかるまでに一瞬の間があった。カワネズミがゴギに食らいついているのだ。写真写真と思いつつ夢中でシャッターを切った。しばらく格闘は続いていたが、やがてカワネズミは諦めたのか我々の存在が気になったのか、ゴギから離れて、上流へ駆け上っていった。しばらくは先ほどの落ち込みに姿を消したが、そこから出てきたかと思うとさらに上流へ滝登りを敢行し、岩陰に姿を消した。すぐにその岩の下を調べてみたら、いくつかの隙間が空いており、そこが巣穴につながっているようで、この先姿を見ることはできなかった。
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kawanezumi-1 さて夢中でシャッターを押した結果だが、家にかえってよくよく調べてみると、画像は水でゆがんでいるものの、尾びれと尻びれの間あたりに腹側からかみついているカワネズミと仰向けになってオレンジ色の腹部をみせているゴギが確認できた(写真中央部、原盤でないと難しいかも、下は拡大した写真)。獲物が大物過ぎたのと食らいついた位置が悪かったことで、小さなカワネズミが振り回され、仕留めることがかなわなかったようだ。
 一見、生物の気配がないような沢であるが、丹念に探してみると案外多くの痕跡や事件が起きていることに気づかされた一日であった。 陸棲のケモノにとっても水辺という環境は特に重要な意味を持っているに違いないと言うことを改めて感じた次第である。
 ということで、まあまあ実りのある調査行でした。
 
 編集・金井塚務 発行・広島フィールドミュージアム
この調査は、広島フィールドミュージアムの活動として行っています。当NGOは細見谷渓畔林を西中国山地国定公園の特別保護地区に指定すべく調査活動を行っています。特にツキノワグマにとって重要な生息地であり生物多様性に秀でた細見谷渓畔林域はツキノワグマサンクチュアリとして保護するに値する地域です。
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細見谷にクマの痕跡を追って-HFM エコロジーニュース115

 年々歳々、ツキノワグマの中核的生息地と言われている、細見谷流域でも痕跡が希薄になりつつある。その一方で、集落周辺への出没が問題視されているのも事実である。クマの集落への出没は、多くの場合、個体数の増加と山の実りの多寡と関連づけて報道されているが、どうも実態とは大きな乖離があるという不快さをぬぐいきれない。
 秋晴れの9月27日(日)、細見谷流域のクマの動向を把握するために定例の調査に出かけた。今年のクリ、ミズナラ、ブナなどの堅果類もミズキなどの液果類も、実りはまだら模様だ。つまりあるとろでは豊作模様だし、またあるところでは不作ないし凶作といった状況である。
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 上の写真は、8月のウワミズザクラに残っていた今年の爪痕である。幅9~10cmあり、やや大型の個体(おそらくオス)の 爪痕である。とはいえ、実の具合に比べても痕跡はそれほど多くはなく、生息密度が低下していることがうかがえる。そのことを裏付けるかのような現状がクリ、サルナシなどの利用状況にも見て取れる。今年、クリは豊作とまでは行かないまでもそこそこの実りがある樹がある。
 細見谷の手前、主川流域(国道488沿いとその周辺)では、わずかにクリの食痕とクマ棚が見つかったのだが、それでも利用度は高くはない。ということは利用するクマが少ないということだ。
autumn-7autumn-16これまで、クマの生息地が拡大の一途をたどっており、それに比例して推定個体数も増加傾向を見せている、と理解されてきた。少なくとも公式にはそのような見解がとられている。しかし、肝腎の個体数推定の方法の信頼度は未だ未知数なのだ。それは多くの非現実的過程に基づいた仮定をとらざるを得ず、ある意味やむを得ないことなのかも知れない。しかし出没地域が拡大すれば、主要生息域での推定値が大きく減少しない限り、増加傾向となるのは、この手法から導かれる必然の結果となる。
 フィールドでの継続観察からすれば、奥山の本来の生息地では空洞化が起きているというのが実感なのだ。
たとえばクマの中核的生息地とされている細見谷渓畔林では、予想に反して、クリもミズキ、クマノミズキもサルナシもクマに食べれた形跡がない。クマだけではない、テンやアナグマなどのほ乳類の痕跡はおしなべて希薄である。
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 上の写真は細見谷渓畔林で見つけたヤマブドウである。細見谷でこれほどまでにたわわに実ったヤマブドウを見たのは初めてである。他の株はそれほど実をつけていなかったのだが、川沿いにあるこの株だけは、豊作である。しかしこれを食べる鳥もケモノもいないことが、なんとも不気味である。サルナシもまだ未熟とはいえ、食べられないままに残っている。こうした傾向はここ数年続いている。集落周辺でのケモノの賑わいぶりとは対照的な静けさは、ケモノたちの生息地が奥山から一次生産が利用されなくなって総体的に生産力が高くなった集落周辺の二次林へとシフトしていることの現れと見るべきなのだと思う。autumn-14






 

HFMエコロジーニュース114

難航した細見谷調査行
 細見谷渓畔林を舞台に、某TV番組の取材が進行している。ここに生息しているツキノワグマの生態もその対象となっており、真夏の渓畔林に稔るウワミズザクラの果実を目当てにやってくるクマの姿を記録するために設置したカメラを回収すべく、22日土曜日に入山することにした。
 道々、予想通りウワミズザクラの食痕が確認できたので、大いに期待してカメラの回収に向かったのであるが…。
 林道入り口まで来ると、工事中に付き通行不可の看板が出ているではないか。一抹の不安を抱えながら、とりあえず林道へはいる。と、500mばかり入ったところで、生コン車と出会う。道は狭く離合はできないので、仕方なくバックすることに。ようやく離合できる場所まで来て、運転手さんに様子を聴くと、崩落した路肩の工事だそうで、この少し先が現場だという。現場には重機も置いてあって通り抜けはできないとのこと。とはいえ、このまま引き下がるわけにはいかない。台風の心配があって、これ以上カメラを放置しておくことはできない。かといって、歩いて行くには遠すぎる。
 残る手段は、十方山を迂回して安芸太田町側の二軒小屋方面から入る方法があるのだが、こちらの道路事情は極めて悪く、どこまで入れるか心配である。が、それしか方法はなく、やむを得ず数十キロを迂回して内黒峠を経由して現場へ行くことにした。
 安芸太田町側の十方山登山口までは何とか車が通れるだけの整備はされている。問題は水越峠をこえた廿日市市側の林道状況だ。案の定、とても走行できる状態ではない。大きな石が積み重なった林道は道と言うより川底といった方がいい。それでも何とか下山林道分岐まできた。ここから先は、よく知った道なので一安心と入ったところだ。
 12時少し前に、現場到着。何を置いてもカメラの回収に向かう。細見谷川を渡り、トチの巨木が茂る谷の小さな支流沿いに仕掛けたカメラの回収に向かう。予想通り、ウワミズザクラの食痕が確認できた。が、肝腎のカメラがひっくり返されている。本体は無事だったが、雲台のパン棒のとって部分がしっかりとかじられていた(写真)。_8220004レンズ部分が下側になっていたので、どこまで写っているか、いささか心配である。もう一台は沢の上流を向けて設置しており、こちらは無事であった。クマは下流方面からやってきたのかそれとも上流方面からやってきているのか、はたまた全く予想外の動きをしていたのか、まもなく明らかになるだろう。
 さてカメラはなんとか回収できたので、早々に引き上げることにした。帰りは、道路状況を考えれば工事現場を通らせてもらうしかないだろうと言うことで、細見谷渓畔林の状況を観察しながら吉和西出口方面へ向かう。
 渓畔林を抜け、まもなく山の神というところで、大変な事態になっていた。法面崩壊である。規模こそ大きくはないが、大きな落石が道の真ん中にあってとても通り抜けることはできそうにない。道の左側は川で、路肩は5mほどの崖になっている。さてどうするか、思案にくれた。Uターンできるところまでバックし、来た道を延々と帰るか、何とか落石を除くか移動させて通り抜けるかである。
 杉さんとしばし検討し、持てる工具を使って通り抜けることにした。時刻は12:45。林道工事の休憩時間に通過させてもらう予定だったが、これはもう無理だ。それより本当に通り抜けることができるか、そちらの方が心配である。あと20cmちょっと大きな石を法面側に移動させればぎりぎり通り抜けることはできそうだ。それでも路肩が崩落すれば一巻の終わりである。
 車に積んであったのこぎりで倒木を切り出して梃子にし、ジャッキで持ち上げてこじると少しだけ大きな石も動く。さらに石頭で角を落とし周囲の石をのけてさらに同じ行程を繰り返すこと1時間あまり。なんとか車が通れそうな幅を確保することができた。杉さんに路肩の状況を見てもらいつつ石に当たらないようにゆっくりと車を進め、無事通過。ここを通過してしまった以上、工事現場を通してもらえないと大変なことになる。何しろもう二度と崩落現場は通過できそうにないのだ。
 幸いなことに、工事現場で事情を話すと快く重機を移動させ、通過させてもらうことができた。
 で、話はこれで終わりではない。これからが本論である。
 ツキノワグマは秋にブナ科のドングリを採食することが知られている。ブナの果実もその一つなのだが、ブナは夏の終わり、すなわち8月中下旬頃から食べているという我々の仮説の確認である。ブナに関してはどうもかなり早い時期から未熟な実を食べているらしいことはわかっていた。それはこの仮説を推測させるにたる食痕の状況からの判断で、実際に夏の終わりにブナのクマ棚を見つけたというものではない(杉さんは過去に確認しているとのこと)。
 林道を抜けて、尾根一つ越えた細見谷川水系の沢に入ってみることにした。ここは秋になるとゴギが産卵に集まる沢で、クマをはじめタヌキ、アナグマ、ホンドイタチなどのケモノが翌姿を見せるところでもある。ここ数年、台風や集中豪雨の影響で、倒木が多く、沢の様子は大きく変化してきている。今年は川底に細かい泥土が堆積しており、やや心配な状況である。そしてまた、ここはブナやウラジロなどの採食地となっており、ツキノワグマにとって重要な場所である。
 今年のブナは樹によってかなりばらつきがあるが、ここのブナには豊作となっているものがある。そのブナに新しい棚ができていた(写真)。
_8220024_8220022_8220012このブナはクマが好むのかよく棚ができている樹である。同じブナでもクマが利用する樹とそうでない樹とある。その理由は定かではないが、平均値ばかりを追いかけている生態学もどきではこの違いは無視されてしまう。
 樹の幹には大小2種類の爪痕が残っていた(写真、右下にコドモの爪痕、左上にオトナの爪痕が見える)。親子のものであろう。先日、カラマツ林で遭遇した親子なのかも知れない。直線距離にすれば1Kmほどの近さである。食痕の鮮度からして、この数日の出来事のようだ。
 クマサルもそうだが、稲穂が熟して実が堅くなる前のジューシーな時期に田んぼの稲を食害する。おそらくブナもそうしたジューシーな果実が好みなのではないだろうか。だからといって、熟したブナの実を食べないわけではない。周囲の状況、つまりウワミズザクラの果実だとかアリやハチ、アブなどの昆虫類の多寡などによって、臨機応変に振る舞っているということなのだ。
 大変な調査行となってしまったが、実りも多い1日であった。

 編集・金井塚務 発行・広島フィールドミュージアム
この調査は、広島フィールドミュージアムの活動として行っています。当NGOは細見谷渓畔林をに西中国山地国定公園の特別保護地区に指定すべく調査活動を行っています。特にツキノワグマにとって重要な生息地であり生物多様性に秀でた細見谷渓畔林域はツキノワグマサンクチュアリとして保護するに値する地域です。

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HFMエコロジーニュース113(通算270)

アカショウビンの巣作り
 前回の調査行では、ミゾゴイのペアを発見していたので、その後の状況を把握しようと出かけたのだが、あいにくミゾゴイとの出会いは果たせなかった。今、細見谷渓畔林を題材とした某自然番組の取材中なので、その素材探し(とはいってもツキノワグマの暮らしをメインに考えているのだが)に余念がない。
 樹の花もその一つなのだが、梅雨を前に細見谷渓畔林にはヒメレンゲ、ラショウモンカヅラ、ヤグルマソウ、ミズタビラコ、チャルメソウなどが水辺に彩りを添えている。
これらの写真は「細見谷渓畔林調査行」
でご覧いただけます。
 氾濫原の水たまり(池)にはおびただしいヒキガエルのオタマジャクシがうごめいたいる。姿は見えないものの、タゴガエルの笑い袋のようなクヮッ、クヮックヮッッとい声や玉を転がすようなカジカの声に混じってモリアオガエルの声も聞こえる。森の奥からは、エゾハルゼミの声やオオルリの囀りが聞こえてくる。林道の水たまりでは、ミヤマガラスアゲハの吸水行動が見られ、久しぶりに細見谷に生き物の息吹を感じることができる賑やかさが少しではあるが戻ってきたようだ。
ただ、クマの痕跡は相変わらず少ない。が、それでも、シシウドやオタカラコウなどを食べた真新しい食痕を確認することはできた。6月10頃には熟したヤマザクラの果実を食べに姿を表すに違いない。そして、ミズキもウワミズザクラもまあまあ豊作になりそうな気配を漂わせている。
hosomi-5290052細見谷川をさかのぼっていると、それほど遠くないところから、<キョロロロー、キョロロロー…>とアカショウビンの声が聞こえてきた。
 しばらくその声のする方向を確かめようと、待っていると、今度はさらに近くからも聞こえてきた。そしてその鳴き声は鳴き交わすかのように、2カ所から交互に聞こえるではないか。どうやらすぐ近くにペアのアカショウビンがいるようだ。鳥に詳しい杉さんが、おそらく巣作りをしているのではないかと言う。アカショウビンは、キツツキ類のように樹の幹に巣穴を穿って、育雛するのだが、堅い生木を穴を穿つ力はない。多くの場合、ブナの枯損木など腐朽がある程度進んで柔らかくなったものを選んで巣作りをするらしい。と目の前の斜面正面になるほどお誂え向きのイヌブナの枯損木がある。そのイヌブナは幹の途中で折れ、立ち枯れているがそれほどふるくはない。正面に小さな穴が空いていて何かの巣穴のようにもみえる。これかと思ったがこれは思い違いだった。と、この枯損木のすぐ近くに一羽のアカショウビンが止まっているのを見つけた。すぐにカメラのレンズを望遠に取り替え、狙うが、やはり少し暗い。なるべくぶれないように絞りを開放にしてシャッタースピードをあげるが、限界である。梢に止まっているアカショウビンをレンズ越しに観察するが、赤いくちばしの艶が見事である。と、枝から飛んだとおもったら、すぐに元の位置へもどる。こんなことを3回ほど繰り返したあと、さっと飛び立て例の枯損木に向かった。とおもったら姿が消えた。えっ、と思っていると、突然赤い何かが幹から飛び出してきて、先ほどの梢にとまった。やはり、アカショウビンはあのイヌブナに巣を掘っているにちがいない。今度は心の準備ができているので、巣穴とおぼしきところに焦点を合わせて待っていると、一直線にアカショウビンが小さな穴に飛び込んでいくのが見えた。ただし、おしりの一部が見えている。飛び込んで穴の入り口に留まり、上体を穴に突っ込むとすぐにUターンして飛び出していくことを繰り返している。うまくいけば、ここで子育てをするに違いない。それを思って、なるべく邪魔をしないよう長居することをやめた。これからが楽しみである。もしかしたら、このよう巣はテレビを通じて皆さんにお届けできるかも知れません。乞うご期待。
hosomi-5290053hosomi-5290052広島フィールドミュージアムではこうした細見谷渓畔林での調査を行っています。絶滅の危機が迫るツキノワグマ始め生物多様性を維持するために、西中国山地国定公園の特別保護地区への指定を目指しています。こうした保護活動へのカンパなどのご支援をいただければ幸いです。
カンパ送付先は、広島銀行宮島口支店、普通 1058487
広島フィールドミュージアムです。
今年は、自動撮影(動画)装置を使用して、ツキノワグマの魚食と細見谷における生物の活動記録を中心に調査を行う予定です。




HFMエコロジーニュース112

<ミゾゴイにであった>_4240099
 雪もようやく消えたようなので、久しぶりに細見谷へ出かけてみた。この春初めての調査行であった。最近の細見谷は台風やどか雪のせいで林道も荒れ気味だから、どこまで入れるか少し心配していた。吉和入り口から下山林道入り口までは、どうにか倒木を処理しながらでも進むことができた。入り口付近でクロツグミの囀りが聞こえてきたものの、野鳥の声はソウシチョウ以外はほとんど聞こえてこない。まだ少し早いのだろうか。

_4240046 クマをはじめとするケモノたちの痕跡もノウサギのフンを見ただけでめぼしいものは見つからない。一つだけ、ブナの幹にできたクマの痕跡かも知れないひっかき傷が目についた程度で、この数年間と同じく、気配が薄い。
 それでも、足を運べばそれなりの収穫はあるもので、ヤマザクラやオオヤマザクラが満開だったのはうれしい限りであった。サクラの開花に関しては福島県北部地方に匹敵する。また、渓畔林の一部にはニレ科のクマシデ、イヌシデなどが優占している林分があり、これも東北南部の植生に重なるようだ。
 サクラの花を愛でつつ、落葉林を眺めてみると、芽吹きの時期が樹種によって明確に異なっているのがわかります。ただこの時期の差は、1-2週間ほどですから、時期を逃すとそれが目立たなくなるようだ。4月24日はその違いを知るにちょうどよい時期だったようだ。写真でもわかるように、イヌブナとブナとでは芽吹きの時期がずれている。ブナは既に芽吹いて淡い緑色のパステルカラーの若葉を展開しいるが、イヌブナはまだまだ葉がでていない。芽吹いているのは、ウワミズザクラ、リョウブ、カツラくらいで、ミズナラやトチ、ホウノキ、オヒョウ、サワグルミなど渓畔林の主役たちはまだもう少しかかりそうだ。

_4240119 そんな目で森を眺めながら、林道を渓畔林へゆっくり進んでいたら、前方をかなり大きな鳥がフワッとした羽ばたきを見せて森へ消えていった。猛禽類のようでもあったが、もう少し羽ばたきが緩やかでソフトな感じがした。ゆっくりとカーブを曲がると、正面に首を伸ばしてたたずむ鳥が見えた。どうやらペア(つがい)でいたのだろう。残った一羽のその容姿を確認したいのだが、日陰に立っている上に背景の日射しが強く、逆光の中での確認は難しく、正体がつかめない。ただ、首を伸ばしてたたずむその姿勢から「ミゾゴイ」らしいことがわかり、一同興奮状態におちいった。
 幸い、逃げもせずじっとしているので、こちらも車を止めて観察し、撮影を行った。こちらがゆっくりと動くと距離をたもったままそのミゾゴイもゆっくりと歩き出す。とまってこちらを振り返り、逃げるでもなくたたずんでいる。なんと贅沢な観察会なのだろう。日向に出たミゾゴイの背中の色はやや明るめのチョコレート色にムラサキ色がかぶったようで、なんとも独特な色合いをしている。
 実は同じところで帰りにも出会ったので、これまた幸運というべきである。おそらくこの付近で営巣し、子育てを行うのではないだろうか。もしそうであれば、ビッグニュースである。 ミゾゴイの詳しい生態は、川名国男さんが専門家としてよく知られているとのことなので、そちらを是非参照してほしい。
 ミゾゴイは広島県版でも環境省版でも絶滅危惧Ⅱ類とされているが、その生息情報はほとんどない。なぜ、それが情報不足ではなく、絶滅危惧Ⅱ類なのか、先の川名氏は疑問を投げかけている。その疑問はもっともなことで、広島県のRDB編纂にかかわった私が経験したところでは、IUCNなどのカテゴリー分類基準を援用して国際的な基準に近づけようとする意図があって、過去から現在に至る個体数の増減を基準にランク付けをするのだが、ほとんどの野生生物に関して、そうした議論ができるほどに調査されている種はなく、決定的に情報不足なのが現実なのだ。
 この現実を正直に公表して、野生生物の現状をフィールドワークを通じて把握することが、まず大事なことなのだが、自然保護は行政にとってお荷物でしかないという、お粗末な現状では予算もなく、マンパワーも不足するということで、わかったようなことを基にそれなりの権威でもって作り上げているのがRDBなのである。
 とはいえ、細見谷でミゾゴイが繁殖しているとすれば、これを大事にしていく必要がさらに増すことは間違いない。やはり、国定公園の中核地域として「特別保護地区」への指定は欠かせない。大規模林道計画が中止となった今、野生生物保護のためのサンクチュアリーとしようではありませんか。

この日に撮影した他の写真は以下のURLへアクセスしてみてください。

 https://www.facebook.com/media/set/?set=a.813862062025740.1073741839.100002058623983&type=1&l=4a3a31e916
 

 

実質勝訴判決・やんばる訴訟

 2015年3月18日午後2時、沖縄県那覇地裁101号法廷は緊張した面持ちの傍聴人であふれていた。
裁判官が入廷し、2分間の冒頭撮影が済むと、おもむろに判決主文の申し渡しがあった。

1.本件訴えのうち、被告が別紙林道目録記載1ないし30の各林道の開設事業に関して公金の支出、契約の締結若しくは履行、債務その他の義務の負担、又は地方起債手続きをとることの差し止めを求める部分をいずれも却下する(下線引用者)。
2.原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3.訴訟費用は原告らの負担とする。
わずか数分、余りにもあっけない幕切れであった。
無表情で退廷する裁判官、勝ち誇ったような県側の傍聴人。
 負けたの?というつぶやきとも確認ともとれない声での質問がよせられた。
判決理由を読んでみないとなんともいえないですね」と応え、説明会場へむかう。
しばらく不安気な、沈んだ空気がよどんでいたが、 判決文を読んだ市川弁護士がにこやかに登場し、「勝っちゃたみたいですね。これで、県は工事再開はできませんよ」といって、その理由を解説すると、会場から安堵の声が次々に上がったのである。その核心部分を判決文から引用して、紹介しよう。
… こうしてみると、前記ウにおいて指摘した現時点での環境行政等との整合性を図る観点から見て、被告としては、社会通念に照らし、少なくとも、環境検討委員会や環境省から専門的に指摘された問題点について、相応の調査・検討をすることが求められているというべきところ、休止から既に7年以上が経過した現時点においても、被告が、これらの調査・検討等をおこなったことは窺われない。そうすると、現時点において現状のままで本件5路線の開設事業を再開することになれば、社会通念上これを是認することはできず、社会的妥当性を著しく損ない、裁量権の逸脱・濫用と評価されかねないものと考えられるのである。
 前記ウとはいったいどんな内容なのだろうかということが気に掛かるので、少し長いが引用しておくことにしよう。
 (ウ)県営林内における林道開設事業の実施に関する決定については、被告の裁量に委ねられているが、そもそも、本件休止路線の採択当時においても、森林・林業基本法、森林法、環境基本法及び沖縄県環境基本条例等の関連法令の規定並びにこれらの法令に基づく諸計画の内容等から見れば、沖縄県が沖縄北部地域において森林施業及び林道開設を実施するに当たっては、環境の保全に関し、区域の自然的社会的条件に配慮することや、環境基本計画や沖縄県環境基本計画で示された指針との整合性を図ることを要し、少なくとも、当該開設予定地における森林施業及び林道開設の必要性や当該事業が開設予定地の自然環境に与える影響について、客観的資料に基づいた調査を実施し、その調査結果に基づいて、貴重な動植物の生息・生育地の保全、赤土等流出の防止、景観の保全等の観点からの検討を行い、具体的な路線の位置、規模、工法の選定を行う必要があると解される。
 そして上記(イ)のとおり、本件5路線の開設事業休止後、沖縄県は、国と歩調を合わせて、沖縄北部地域の国立公園指定や世界遺産登録をその環境行政上の重要項目に掲げ、同地域が世界的に見ても生物多様性保全上重要な地域であることを明確に打ち出して、その環境保全に本格的に乗り出そうとしているのであり、そのような意味において、本件休止路線の採択当時と比較して、沖縄県の環境行政には顕著な変化が見られるということができるのである。そうであれば現時点において、被告が同地域の林業(林道開設事業も含む。)を実施するに当たっては、前記の調査・検討に加えて、上記のような環境行政との調和を図ることが求められているのであり、本件5路線の再開の可否を判断するに当たっても、このような観点から検討されるべきこととなる。

とまあ、こんな訳だから、事業再開は事実上不可能ということになり、内容的には勝訴というわけだ。
しかしそれなら、なぜ差し止めが却下されたのだろうか。却下と棄却の違いは何だろうかとの疑問が生じてこよう。それについては、市川弁護士から次のような解説があった。
却下と言うのは、訴訟での入り口論で、訴訟要件を満たしていない、簡単に言えば裁判に掛けることができないと判断されることを言うのだそうだ。その代表的な要件が、「原告適格」というももだが、これは県の公金を支出する事案だから問題はない。しかし差し止め訴訟となると、事業の推進や公金の支出が確実性をもつことが要件となる。この場合、すでに休止が決まり、その再開の目途はたたっていないのだから、事業のの推進の確性に問題があり、差し止める用件を満たしていない。ゆえに却下という判断なったのだろうということだ。

記者会見-3180017
   とりあえず、林道建設も県営林の皆伐もしばらくは止まっている。しかし問題がすべて片づいたわけでもなく、村有林では相も変わらず皆伐は行われている。そして装いを新たにして事業再開をもくろんでいるのだから、保全をめざす市民運動は現地調査を続けながら息の長い活動をしていく必要がある。
 実際、判決理由で示された調査検討の必要性の指摘には、CONFEを中心とした市民の調査活動や現地進行協議で実際に現場を見たという経験が少なからず影響したものだろうと自負している。
これらの調査内容については、「やんばるのまか不思議」「やんばるの今と未来」をはじめ専門的な調査報告書を証拠として提出している。弁護士と生態学者、市民が協働する日本森林生態系保護ネットワークのような活動が今後もますまる重要になるだろう。
少しずつだが確実に司法にも環境問題の意識改革が起こり始めているのかも知れない。「知ること」が何よりも大事なことだ。

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HFMエコロジーニュース111(268)

 

2014-05-28 11:19:47 | ニュース
鳥獣保護法改定-個体数管理では解決しない野生生物の保全
 2014年5月23日に鳥獣保護法が一部改正された。
今後は「改正法案では、集中的に頭数を管理する必要があるシカやイノシシなどの鳥獣を環境相が指定、都道府県や国が捕獲事業を実施し」、
都道府県知事が、安全管理体制や、ハンターの技能・知識が一定水準である法人を「鳥獣捕獲等事業者」として認定。法人の新規参入を促す。一定の条件で森林での夜間の銃捕獲や、居住地域での麻酔銃による捕獲を認める」(毎日新聞Web版)。 
 なぜこのような方針転換がなされたのかというと、「ハンターの高齢化や天敵がいなくなったことなどから、シカやイノシシなどの野生鳥獣は爆発的に増えている。環境省によると、全国のニホンジカの推定頭数は、この20年で9倍近くに増え、2011年度に261万頭となった。
このままでは25年度に500万頭に達するとされる。南アルプスでは希少な高山植物群落が食べ尽くされ、絶滅したケースも出ている。
シカやイノシシなどの野生鳥獣による農作物被害は全国で229億円(12年度)に上る」(毎日新聞Web版)からだという。
20年前と比べてシカやイノシシが増えているというのは事実であろう。
しかしなぜこのように増えたかという原因(背景)を、ハンターや天敵の減少に求めるのは違うのではないかと思う。
この問題を考えるためには、個体数管理ではなく、過去の林業政策や農業政策もっと言えば社会構造の変化に伴う野生鳥獣や生物多様性への視点を持ってこそ解決の糸口が見つかるに違いない。
多様性の喪失をもたらす大面積皆伐とそれに続く拡大造林政策による森林破壊や電源開発などの要求によるダム建設や治山治水に名を借りた砂防ダム、コンクリート護岸による河川の循環機能破壊、エネルギー革命や産業構造の変化に伴う農山村の土地利用形態の変化が特定生物の個体数増加を引き起こすもととなるなど、今日の野生鳥獣とヒトとの確執は根の深い問題である。
 増えているのは、特定の種であり、特定の地域でのことであろう。
野生動物の生息域内の分布偏位も検討すべき課題である。
 そんな視点で現状を見ると、やはりクマは少なくなっているような気がする、いやそうに違いない。
これまで特定鳥獣(ツキノワグマ)保護管理計画策定のための過去3回の個体数調査では、個体数減少という結果はえられていない。
むしろ中央値だけを見れば、増加傾向ということになっており、世間一般にもそう受け取られている。ただし、その個体数調査そのものにも問題というか限界があって、必ずしも実態を正確に反映しているかどうか疑問がつきまとうのである。調査は再捕獲方(注:標識個体の数(M)/全個体数(N)=再捕獲された標識個体の数(R)/再捕獲された個体数(C)
N=MC/R)を用いているのだが、それには、
*標識個体は放獣後、母集団に均一に混じり込む。
*標識個体と非標識個体の捕獲率に差がない。
*調査期間中に母集団内に個体の加入、消失(出生、死亡、移出入)がない。
*標識の脱落がない
といったいくつかの仮定が必要となる。つまりどれも実態とかけ離れた仮定の下に導かれる結果を参考資料として個体数を推定し(ベイリー法によって計算(標識再捕獲法の修正式))、保護管理を行うのである。

 つまり、科学的管理を目指しているものの、現実はまだまだ科学的(生態学的)というにはまだまだ不十分な状況なのである。しかし、だからといってこの調査が無意味といって切って捨てるわけにも行かない。
実際それに変わりうる有効な方法が見いだせていないのが現実なのである。とにもかくにも
1998-99年度  278-679頭(中央値=478頭)
2004-05年度 301-735頭(中央値=518頭)
2009-10年度 450-1280頭(中央値=870頭)(概数)
という推定値をベースに議論する必要があることは認めるが、それはあくまで保護管理計画の足がかり程度のものとして、限界を知っておくことが肝要だ。
さらに言えば、保護管理は個体数管理ばかりでは達成できないということをしっかり認識し、生息地の保全を含めたクマの暮らしという視点からの諸政策が必要だという当たり前のことを議論する必要がある。個体数管理ばかりが議論となる現状を打破することが求められるのだが、これについては予算やマンパワー、そして行政の縦割りと政治家の自然保護に対する認識不足が大きな壁となって立ちふさがっている。
ともかく、こうした数値が公表されると、西中国山地スキノワグマ個体群は増加傾向にあるという言説がメディアを通じて一部の研究者や世間に定着していくこととなる。
それは、クマの生息域の広がりからも推定できるということのようだが、現実にクマの動向を直に観察しているフィールドワーカーの目からすると、この生息域拡という現象は、個体群の拡大の結果ではなく、絶滅前の個体群の分散による拡散の結果ではないかと思える。
 次のグラフは2002年から2013年までの広島・島根・山口三県でのツキノワグマの除去数を示している。
2000年以降、西中国山地(広島・島根・山口)では隔年でクマの集落への異常(?)出没が続き、捕獲、駆除されている(捕獲された個体の内、放獣された個体を除いた数を除去数と読んでいる)。
こうした隔年大量出没の原因はよくわかっていないのだが、堅果類や液果類の豊凶がその背景にあるとの見方が根強くあるのも事実である。
 しかしことはそう簡単ではない。2013年の細見谷地域と苅尾山域では、ブナ、イヌブナ、ミズナラ、コナラ、クリなどの堅果類もウラジロノキやアズキナシ、ミズキ、クマノミズキ、サルナシなどクマが好む液果類も豊作とはいえない状況にであった。
ただ、ミズナラやクリ、ミズキなどは点々と食痕があり、わずかに実った果実を探して食べ歩いている様子が見てとれた。
ただこうした痕跡からは多くの個体が実りを享受しているとは見えなかった。
このような不作の年であれば、これまでの通説からすれば、集落周辺に多くのクマが出没するはずであるが、現実はそうではなかった。
クマが頼るべき実りもなく、それでもなお、集落への出没が少ないという事実をどう説明すればいいのだろうか。
最も単純に考えれば、出てくるべきクマが居ないということである。
 そこでもう一度グラフをよく見てみると、2004年以後、隔年大量出没というパタンが崩れつつあるのが見えてくる。
広島と島根では周期のずれがあり、山口はそもそも隔年大量出没という現象すら見えてこない。
これらの現象をうまく説明する確たる証拠は集まっていないが、奥山から集落周辺の二次林へ個体群全体が移動しつつあることを考えると案外うまく説明ができそうである。
これは奥山と二次林の利用可能な食糧生産量の逆転がもたらす現象である。
人間の収奪がなくなった二次林の生産力は野生動物が利用できる資源となる一方で、奥山の生産量は相対的に減少している。
こうしたことが個体群の集落周辺への分散(拡散)を促し、集落周辺の二次林での生息密度がたかまった。
集落周辺では秋になると堅果類や栽培果実などがクマの主たる食糧資源となるが、ここで野生植物の不作や凶作が重なると安定した栽培種への依存度がたかまる。
そうして里への出没が引き起こされるが、大量捕獲された後は集落周辺での生息密度は低下し、奥山からの分散が始まる。
ただし、これには数年のタイムラグが生じる。
奥山にある程度の個体数が棲息していれば、比較的早く集落周辺への定着が進むであろうが、奥山の生息密度が度低下していれば、個体移動による分散には長い時間がかかる。
このグラフはそうした事情を反映しているように見える。そうだとすれば西中国山地ツキノワグマ個体群は、採捕獲調査の結果とはうらはらに、かなり危機的状況にさしかかっているのではないだろうか。
実態を把握するためには、きめ細かい生態調査が必要である。
個体数管理の限界を認め、生息地の生物多様性を回復させ、生物量の再生を基軸とした保全(保護)策への転換が求められる。
その意味で今回の鳥獣保護法の改定は道を誤っているに違いない。
このままでは自然を反故にしかねない。手遅れにならないうちに自然反故から自然保護への転換を強く望む
捕獲-1 

HFMエコロジーニュース110(267)

ウガンダ紀行 その6
チンパンジー観察記@キバレ&カリンズ

 

 ウガンダエコツアーの目玉は、なんと言ってもマウンテンゴリラとチンパンジーという大型類人猿の観察にある。
これまで霊長類学を専攻してきたものとしては、これらグレイトエイプ(大型類人猿)の生息地にきて、観察せずにすますということはできない。
しかし絶滅の恐れのある大型類人猿の観察はそう簡単ではない。
ここウガンダでは両種とも棲息して入るものの、生息地である国立公園内への立ち入りは自由ではない。
カンパラにある野生生物保護局(UWA)へ申請し、許可受けなければならない。
これが結構面倒だし高額の許可料がいるのだ。
旅行会社に手配を頼めばそれなりに楽はできるが、仲介手数料なども馬鹿にならないし、こちらの希望が伝わりにくい。
今回は、現地に在住している甥のQ君の助けを借りて直接交渉することにした。
その甲斐あって、マウンテンゴリラはこちらの希望がかなう形で許可が取れた(この辺の事情は後日)。
 とにもかくにも許可をもらいに行く。
許可というのは要するに観察許可料のことである。
当然のことながら、生息数の少ないマウンテンゴリラの場合はずっと厳しい制限が課せられている。
しかしチンパンジーの場合には、一人150ドル支払えばほぼいつでも許可は得られるようだ。
さらに言えば、カリンズの森のように必ずしも政府の許可を得る必要のない施設もある。
ただし、ここでは地元のNGOがガイド料をとることになっている。
これはエコツアーを森林伐採に代わる現金収入となる産業として育成する意味もある。
今回はカリンズではなくキバレを観察値とすることにしたのだが、それには理由がある。
キバレはチンパンジー生息密度も高く、観察するには大変良いフィールドであるということ。
そして、もう一つの候補地であるカリンズの森を前回(3ヶ月前)に下見を下結果、教えられてきたほどには期待できそうになかったという理由がある。 
 今回のウガンダツアーに先立ち、2011年の12月~12年1月にかけてこのエコツアーの下見をしたのだが、そのときはクイーンエリザベス国立公園(QENP)にほど近いカリンズの森でチンパンジーウオッチングを実施するつもりでいた。kalinz-2
というのもここは京都大学霊長類研究所のスタッフがフィールワークを行っており、エコツアーの開発にも力を入れていると聞いていたし、カリンズの森で調査経験を持つ知人のすすめもあったからだ。
話を聞く限り、まさに理想的な場所であるように思えたからである。
もしこのツアーがそうした地元の経済活動の一助になるならという思いもあった。
 私たちがここを訪れたのは2011年12月31日、大晦日であった。
朝、ムエヤロッジ(QENP)を出発して約1時間弱走って小さな集落を抜けたところで、写真の様な看板が見えてきた。ここは以前、製材所があったところを利用して、チンパンジー研究の基地として、あるいはエコツアーの基地として再生利用している。
とはいえ、車を降りても古びた建物以外にそれらしい施設は見当たらない。
近くにいた人に用向きを伝えると、ちょっと待てという。今、ガイドを連れてくるという。
手続きはここでOKだという。オフィスというには少々無理があるような、暗い部屋に行って申し込みをする。
利用料(ガイド料)は確か一人100000ウガンダシリング(約3500円)だったと記憶しているが、記憶が定かではない。
しばらくすると、若い女性のガイド(森林局職員?)がやってきて、さっそく観察のためのブリーフィングが始まった。
使い古したパネルを使って、カリンズに暮らす霊長類の種類やここの森の特徴を教えてくれる。
がそれもガイドブックに記されている程度のことだ。
ここは少し高いところにあるとはいえ林内はぬかるんでいる。足下を確認して森へ入る。
ガイド氏は携帯電話を使って、チンパンジーの集団がいる位置を確認している。
頻繁に連絡をしているが、端から見ていてもいらだった様子が見える。
どうやらチンパンジーとの遭遇はあまり期待が持てない雰囲気である。
kalinz-1IMG_6207結局、チンパンジーの集団に遭遇することはできず、2時間ほど森を歩いてこのツアーは終了した。
森を抜けると茶畑が広がっていたが、その日射しの中をゆるゆると歩く足取りは徒労感も手伝って重かった。
 この徒労感は何?チンパンジーとの遭遇が果たせなかったからではない。
私も経験上、目指す動物に出会えないことは何遍もあるし、当たり前のこととして覚悟の上である。しかしである。
であれば、出会えないときにどう対応するか、それがガイドの力量というものである。森の中に素材はごろごろ転がっている。
それをその時々の状況の中で取捨選択し、瞬時に教材化する能力がエコツアーガイドには必須である。
つまり、ガイドは常に研究者でもなければならない。既知の事実に関する情報を伝達するだけではダメなのだ。
自分自身の自然観、分析力などを陶冶しなければならない。その点で、カリンズではまだまだ課題が残っている。
というかすでにこのプロジェクトが始まって10年以上が経過しているのだから、人材育成や運営体制など本質的な問題があるのかも知れない。
 というわけで、今回のチンパンジートレッキングはカリンズではなく涙をのんでキバレということにした。
 キバレでのチンパンジートレッキングは、カンパラでのパーミット取得が条件となるが、前回の下見時に、150米ドル/人を支払って獲得しているので問題はない。
chimp-1キバレでの料金はカリンズの$42(当時のレートで3500円)と比べると約4倍もの高額だが、それはそれなりの理由があった。チンパンジーの群れの動向の把握やレンジャーたちの練度の高さなど、カリンズとは雲泥の差がある。
お金はないが何日も自由な時間がとれるという、学生のような身分であれば、カリンズのような場所がおすすめだが、自由な時間も少なく、日程をやりくりして遠い日本からやってくる人たちには、確実にチンパンジーに出会えるキバレのほうがおすすめである。
 朝7:00、朝靄の残るCVKを出発し、30分ほどのドライブでキバレ国立公園のヘッドオフィスへ到着。
チンパンジートレッキングは、午前と午後に1回ずつ実施され、どちらも6名1組でそれぞれにガイドが付き添う2-3時間ほどのトレッキングである。
8:00から観察のためのブリーフィングが始まる。参加者は欧米人が多く、スパニッシュ系のおばさんの団体も元気に参加している。ということで、英語とスペイン語との2カ国語ということで少し時間が掛かるが、そこはアフリカ、「ポレポレ(ゆっくり)」の精神で行くのがよろしい。
ブリーフィングの内容は特別変わったものではなく、この施設の沿革であるとか、どんな霊長類が棲息しているかとか、ここが以下にチンパンジーの生息密度が高いかとか、観察に際して守るべきこと(たとえば7m以上近づきすぎないとか)などなど。特に餌(食べ物)を与えるという行為は絶対してはならない行為である。
 かつて日本ではニホンザルの研究のために、餌付けという「食べ物」を介してサルと接触することが、当たり前に行われていた。その結果、過度に人間依存をもたらし、サル本来の暮らしを見極めることができなくなったり、際限のない個体数増加といった弊害が大きく、大型ほ乳類の生態学的研究に「餌付け」とう手法はあり得ないという評価が定着している。
それに変わって、「人付け(ハビチュエーション)」という手法が確立された。その最初の成功例がヴィルンガ火山群に棲息するマウンテンゴリラであった。時間を掛けて人間の存在になれてもらうという接近方法であるが、ここのチンパンジーも人の存在に対して馴れてもらう、つまりチンパンジーが文字通り「傍若無人」に振る舞う環境を大事にするということである。
そのために対象となるチンプやゴリラに過度の負担を掛けないように、時間と人数の制限をするということである。
 20分ほどの講義が終わると、いよいよ出発だ。 
チンパンジーの群れがいる位置は、現場のレンジャーやトラッカーが把握しており、どの方向へ向かえば良いか、逐次無線で連絡が入ることになっているようだ。
我々の班はは女性のガイドと共にジープで少し南下して、そこから群れのいるところへアプローチする。
5分ほど林内に伸びる悪路を走り、チンパンジーが休息していると思しき森の近くで位置で下車する。
chimp-5それにしてもアフリカの熱帯雨林はアジアのそれと比べて重量感と多様性が乏しい様な気がする。
重量感がないということはどういうことなのかと言えば、いわゆる巨木や突出木が少なく、林床が比較的明るいというところに原因があるのだろう。
アフリカの森はほとんどが切り尽くされて商品作物(バナナ、コーヒー、茶、綿花など)のプランテーションとなっている。
わずかに残った国立公園のような保護林だけが残されているに過ぎない。
それもかつてはかなり利用された二次林であろう。
そして多様性の貧弱さは過去の氷河期(乾燥期)の影響によるもので、そうした極端な乾燥化による森林の減退が人類進化の要因の一つである。
灌木がまばらに生える林内をしばらく歩くと、突然、あまりにも突然にチンパンジーと遭遇した。
チンパンジーの雄の年寄り連中が三々五々林床でくつろいでいる。それはあまりにあっけないものだった。
 灌木がまばらに生える林床に数頭のチンパンジーが寝転んでいる。
すでに先客がいてカメラを構えて撮影に余念がない。1組6名という制限を設けているにも拘わらず、すべてのグループが同じチンパンジーを観察することになってしまったようだ。
 この群れは最大120頭ほどの規模だと言うが、チンパンジーの場合、ニホンザルとは異なり、群れのメンバーがいつも一緒にいるというわけではない。
同じ群れの中にサブグループと呼ばれる小集団が離合集散しながら時として大きな群れになる。
ここでもそうだが、おそらく老齢オス個体のサブグループが観察しやすいところにいたというだけのことであろう。
おそらく近くに別のサブグループもいるに違いない。
あとでわかったことだが、別のグループに入ったNさんによれば、最初、ヘッドオフィッスから徒歩で出発したものの、途中で呼び戻され車でここへ来たという。
おそらく別のサブグループを見に行こうとしたが、そのグループが遠ざかるような動きをしたか、私たちの見ているグループに接近するような動きを見せていたので、こちらへ来たということのようだ。つまり、そう遠くないところにも別のサブグループがいるということである。
 道ばたの林床に寝転んでくつろぐ個体やグルーミングに興じている個体など6-7頭のオスの老チンプの集団である。
老齢個体ばかりだから活発さはない。
chimp-3chimp-4のんびりと時間を費やしているばかりで、まさに老人の暇つぶしである。
中には、鼻くそをほじって暇つぶしをしているものもいる。
その仕草を見ていると本当に人間くさい霊長類であることを痛感するが、ほじるのに使っているのが薬指というのがおもしろい。ガイド氏によるとここに集まっている老齢個体はどれも40才を超えているという。確かに前頭部ははげ上がっているし、腰のあたりも白髪に鳴ってきている。
老人としての特徴がはっきり見て取れる。
とはいえ、足腰はかくしゃくとしており、まだまだ日常生活に支障を来すようなこともなく、生活に必要な体力は持ち合わせているようだ。
これもこの森に大型の捕食者が少なく、食糧の調達も比較的容易であるという環境のなせる業か。
 さあ、どのくらい時間が経過しただろうか。写真を撮るのに夢中になって時間の経過を忘れていた。
老齢個体集団のなかに、そろそろ移動しようかという雰囲気が見て取れる。
少しずつ他個体の動きを注視し、その動きにつられて動き出しては止まる。
そして軽くグルーミングを行っては、また移動するといった動きが見えてきた。
と、ある時を境に集団での移動が始まった、どの方向へ向かうかはどの個体もすでに了解済みといった動きでずんずんと森の緩斜面を下っていく。
乾期のせいか林床は乾いており熟成した森の林床は比較的すかすかで歩きやすい。
しばらくついて行くとそこにはメスやコドモ、アカンボウを含む集団がイチジクの木で採食していた。
時折、<ヒャーヒャー、ホワッ>というやや興奮気味の声が聞こえてくる。
どうやら、イチジクの果実を採食しているらしい。頭の上からぼとっぼとっとチンパンジーの食べくさした実が落ちてくる。
果実の周辺部分を食べた(しがんだ)だけで後は捨ててしまう。
ニホンザルにも見られるが、雑で贅沢な食べ方である。
chimp-8chimp-7 
 約1時間、チンパンジーの行動や生活スタイルを十分見たというわけではないが、まあまあ充実した観察ができた。
アカンボウを持つチンパンジー母子もいたり、群れの一端に触れただけではあったが、ガイドの練度も高く、こちらの質問にもかなりの部分こたえてくれたりで、充実した時間を過ごすことができた。
これで$150は納得がいく。ということで、午前の観察を終えて、CVKへ戻り、しばしの休息を楽しむことに…。
 ここに棲息するチンパンジーはPan troglodytes shweinfruthi で、中央-東アフリカ(タンガニーカ湖畔-ウガンダ-コンゴ民主共和国)の森林帯に分布するP.troglodytesの亜種である。
chimp-6     編集・金井塚務 
発行・広島フィールドミュージアム
広島フィールドミュージアムの調査研究&自然保護活動はすべてカンパによって行われています。皆様のご協力をお願いします。
カンパ送付先 広島銀行宮島口支店 普通 1058487 広島フィールドミュージアム