生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

第3次命の森やんばる訴訟ー証人尋問

伐痕調査風景

 2023年6月9日木曜日、午後2時、福岡高裁那覇支部において表記訴訟の第1回口頭弁論が開かれ、原告側証人として法廷で証言してきましたのでそのときの様子について報告します。

  1. 第3次命の森やんばる訴訟とは

 沖縄島北部のやんばると呼ばれる森林は、本土復帰以後、大規模な林道開設と森林破壊が問題となっていました。詳しいことはここでは述べませんが、本土復帰に際し、沖縄経済振興事業の一環として補助金を投下するための名目事業として、森林開発がその根底にあったということです。私がこの訴訟に関わったのは、第2次命の森やんばる訴訟からですが、この訴訟でも証人として法廷に立ちました。そればかりか現地進行協議という現場視察の案内役まで務めました。この第2次訴訟では、県営林の伐採と林道開設が問題となり、結果的には林道開設も止まり、県営林の皆伐も止まるという、実質勝訴を勝ち得ました。詳しいいきさつは、2015年3月20日付けのブログ「実質勝訴・やんばる訴訟を参照してください。これでやんばるの森林伐採が全てが止まるかと言えばそうではありません。第2次訴訟中に一連の林道開設と皆伐に反対の世論が高まり、それを受けて県営林(国有林の土地を沖縄県が無償で借り受け、管理・運営する森林)の皆伐や林道開設は中止になったものの、その効力は県営林のみに度々まり、国頭村が所有する村有林にはその効力は及びません。そのため以後は村有林の伐採が顕在化してきました。村有林の伐採も補助金漬けの事業ですから、そこに様々な落とし穴があります。第3次訴訟では、かつて造成された土地が利用されずに放置されていた土地を森林へと機能回復させるための事業に関するものでした。この事業自体はそれほど大きな問題を含んでいるわけではないのですが、この事業を故意に拡大解釈したか、元々森林だった所を伐採して、この補助金を受けて植林をするという事例が少なからず存在します。補助金交付の目的は「機能回復」ですから「かつて植林した樹木の生育が不良な土地もしくは耕作放棄地」などでなければこの補助金は利用できません。ところが、立派な森林だった所をこの補助金を使って伐採してしまった例が宇良地区でみつかったのです。そこで住民(原告)は適正な審査をせずに補助金を支出した沖縄県知事に対して、支出した補助金の返還を命じるよう求める監査請求を行い、それが棄却された後に住民訴訟提訴したということです。 

  1. 証人尋問

 さていよいよ証人尋問がどのようなものなのかを体験に基づいて報告します。まず、最初に書記官から証人カードの記入を求められます。住所・氏名・生年月日・年連を記入し、押印をします。これは人定尋問を簡略化することにも利用されます。証人カードとは別に「旅費・宿泊費請求辞退書」、つまり、裁判所は旅費も宿泊費も負担しません、という確認のための書面に署名捺印をして提出します。原告側の要求によって実施される証人喚問なので、こうした経費は原告側が負担することになっているようです。これで開廷まえの手続きは終わり、まもなく第1回口頭弁論が始まります。

 今回の証人尋問は、原告側一人(金井塚)と被告側(県職員)一人で、私への尋問時間は主尋問(原告側代理人からの)30分、反対尋問(県側からの)30分の予定です。

午後2時。3名の裁判官が入廷し、開廷を宣言します。そこで今日は、証人尋問を行うことが告知されます。裁判長に促されて、証人台の前で、証人二人それって以下のような宣誓文を読み上げるよう、もとめられます。

宣誓 良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。(全ての漢字にふりがながふってあります)

 宣誓文の朗読が終わると、証人席にすわるよう促されます。証人席はドラマでもおなじみのように裁判長の真ん前に対座するように設置されています。証人席に着座するとまず初めに証言に際せての注意事項が告げられます。

 「質問をよく聞き質問が終わってから、簡潔に答えること」 「はい、いいえ、」で答えられるものにはそのように答えること。といった注意が告げられ、いよいよ尋問に入ります。

 まずは裁判長からの人定尋問ですが、「先に提出した証人カードの記載に間違いないですか?」「はい」で終了。実に簡単なものです。続いて原告側代理人からの主尋問が始まります。

 法廷での証言などというと、厳かな雰囲気の中で緊張するのではないかと思うかもしれませんが、そんなことはありません。原告側代理人(弁護士)とは長い付き合いでもあり、証人尋問の構成など何度も打ち合わせをしてあります。原告が証人尋問を通じて主張したいことは、補助金が支出された土地が伐採の必要の無い土地、つまり立派な森林であったことを主張するためです。そのこと明らかにして、補助金の支出が違法であったことを立証するのが目的ですから、調査報告書とその解説をした証拠文書(甲71号証)に基づいての質問が主になります。

 まずは、調査者である証人(私)が主体となって実施した調査とその報告書が信ずるに足るものかどうかを裁判官に理解してもらうことから始まります。つまり専攻。経歴などを確認するための質問がそれに当たります。そしていよいよ、具体的な内容に関する質問に入り、伐採された地域が立派な森林で、伐採して新たに植林する必要のない場所であったことを証言することになります。具体的には証拠として提出済みの「伐痕調査報告書」に記載されているグラフや表の見方などを解説し、「樹種の多様性」「樹齢の多様性」、「立木密度(740本/ha」のどれをとってもやんばるにある立派な森林だったことを証言しまた。こうしてあっという間に30分が過ぎ、続いて反対尋問が始まります。どんな質問があるのか楽しみにしていたのですが、反対尋問はたった二つ。

「森林生態学という専攻には何か資格が必要ですか?」「いいえ」ともう一つは記憶に残らないほどつまらないものでした。1分もかからなかったのです。つまり、事実関係については、係争地がかつて森林であったという原告側の主張を認めざるを得なかったのだと思います。つまり事実関係は争わず、係争地を取り巻く地域が造成未利用地手あることを盾に行政の裁量権を認めてもらう戦略に出たのだと推量します。最後に裁判官からの質問がありました。

 裁判官の質問は、「伐採地にかつて利用された痕跡がないとのことですが、なぜそう言えるのか教えてください」といった内容のものだったように記憶しています。それには「かつて人が入植して居住や耕作をしていたとすれば、石垣などで平坦地をつくるのが必須ですが、そのような痕跡が全くなく、斜面を掘削した痕跡も皆無、炭焼き窯などのあとも道路跡も見られない」ことから、未造成地、すなわち自然地形に成立した森林だったというように答えたと記憶しています。

 

 こうして、控訴審の第1回口頭弁論は終了し、9月28日に判決が言い渡される予定となっています。地裁での一審判決があまりにひどいもので、行政の裁量を過大に評価し、原告側の主張を無視したもので、申請した証人尋問もしないままの判決でしたが、高裁での控訴審では、事実か確認のためには証人尋問は必要とのことで行われたものです。首尾は上々でしたが、第1回甲訥弁論直前に裁判長が交代するなど、不安材料はあります。どのような判決が言い渡されるかわかりませんが、原告側が恐れるのは、「事実は原告の主張通りではあっても、規模の点から見ても行政の範囲内」で控訴棄却という判断です。

 だとすれば、補助金支出に関して国が定めた実施要領も県の補助金等の交付に関する規則にも背くことになります。まさに法が有っても無いがごときの裁量権ということになります。