生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

細見谷調査余録

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  中国地方も梅雨入りしたというが、ほとんど雨らしい雨もなく毎日が晴天、いわゆる五月晴れが続いている。本格的な梅雨になる前に自動撮影装置の点検とデータの回収をするために細見谷へとやってきた。林道に車を止めて目的の沢へと斜面を下る。緑を濃くした広葉樹林の中はしっとりとして涼しい。右手にヤマザクラの古木を見て進と、木の陰から突然大きな羽音をたててヤマドリのメスが飛び立ち、左前方へ低く滑空し、沢を越えて対岸の斜面に姿を消した。それに気をとられていると今度は小さな丸っこいヤマドリの雛が小さい羽を一所懸命に羽ばたいて親鳥とは反対の右手の藪に飛んで消えた。少なくとも二羽の雛を確認した。ひよこに毛が生えた程度のあんな体つきでよくも飛べたもんだと感心する。それにしても今年はヤマドリによく出会う。

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 帰宅してから回収したVTR画像にはこの親子と思われる雛3羽が何カ所かで捕らえられている。どうやら皆無事に育っているようだ。クマやイノシシ、タヌキ、キツネ、アナグマ、テン、イタチといった捕食者が少ないのもヤマドリにとっては幸いしているのかも知れない。ヤマドリは林床に生育するウワバミソウなどの草本類や昆虫類、陸産貝類などを主な食糧としているので、少なくとも雛が育つための食糧事情は例年とそれほど大きく変化してはいないはずだ。それに引き替え捕食者たるケモノの生息密度は痕跡から見る限り近年低下してきている。特にツキノワグマは多くの問題を抱えている。21日付けの中国新聞の社説にも「実態検証と対策急務だ」と題する錯誤捕獲と捕殺処分の問題点を指摘する論説記事が載っていた。島根県はこれまで奥地放獣を熱心に進めてきたのだが、残念なことに広島県での放獣例が極めて少ないことも影響して、島根県民の間から捕殺処分を望む声が高まり、それに抗しきれなかったという事情もあるようだ。とはいえ、いま根本的な対策(クマが暮らしていける奥山を取り返すこと)を講じなければ、早晩西中国山地ツキノワグマは絶滅の道をだどるにちがいない。これは再々指摘していることでも有り、今年度策定の保護計画にも触れていることなのだが、クマの分布域の拡大と中核的生息地での密度低下が生じている。つまり分布のドーナツ化だ。確かに都市部への出没は突然生じることではあるが、全体的なトレンド(生息状況の傾向)を考えれば何時どこへ出てもおかしくない状況にある。クマはもはや奥山の動物ではなく、集落周辺の二次林を主たる生息場所としている野生動物なのである。たまたま山に餌がなかったから出てきたという突発的現象ではないのだ。

閑話休題

 ヤマドリを観察してのち、斜面を下りきって沢へ出る。このところの好天続きで沢を流れる水量は少ない。この沢沿いにカメラを設置して継続観察を続けているのだ。

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 さらに上流を目指す。と、小さな淵に小さなゴギを2匹見つけた。体長4cmほどだろうか。今年生まれた幼魚のようだ。この2匹は円を描くようにグルグルと旋回している。大きい方が小さい方を追いかけているようだ。せっかくだから動画撮影に切り替えようとしたとき、1匹が追い払われていなくなってしまった。小さな落ち込みを巡って縄張り争いをしていたようだ。大きい方のゴギはしばらくそこに留まっていたが、私たちは先を急ぐことにした。

 この沢はケモノたちがよく利用するので、私たちの恰好の研究フィールドとなっている。細見谷渓畔林そのものではないが、その支流として多様性に富み西中国山地の自然がコンパクトに存在している、そんな沢である。山が豊だった頃、クマがどんな食生活を送っていたか、その残像がここにはまだ残っている可能性がありそうで、長年調査を続けているのだが、それでも往年の豊かさは望むべくもない時代にあって、なかなか成果は上がってこない。

 しかし確実にケモノ痕跡は他地域よりも濃いのだ。

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 沢沿いのぬかるみに、クマとイタチ、少し離れてテンの足跡がしっかりと残っていた。クマの足の幅は10.5cmで比較的若いオスかオトナのメスのもののようだ。少なくなったとはいえ、ここはクマの利用価値の高いところでもあるらしく、複数の個体が入れ替わり立ち替わりして姿を見せる。今後カメラに残された映像などから個体識別を試みようと思うが、個体を特定するのはかなり難しい作業でもある。f:id:syara9sai:20170622144447j:plain

 また多くのケモノも水辺をよく利用することが足跡からもこれまでのVTR記録からも推測できる。特にイタチ(ホンドイタチ)はカワウソのように水に潜って魚を捕食する。この沢でもイタチのそんな姿がカメラが捕らえていた。

 話は変わるが、春から初夏に掛けて、水辺を歩いていると様々な花に出会うことができる。今回はそんな植物のいくつかを紹介して話を終えることとしよう。

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ツルアジサイ

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コアジサイ

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コバノフユイチゴ

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 タンナサワフタギ

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 アザミ(種名不明)

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 オオルリ

 

追記ークマ問題への繰り言 

 余録の書きですが、一旦没にしたものの、やはり一言言っておきたいのでここに再録します。

  広島・島根・山口県境にほど近い西中国山地・細見谷渓畔林流域で続けているツキノワグマ生態調査では、クマ以外の様々な野生動植物に出会うことも少なくない。さすがに急斜面での藪こぎなどは年齢的にもきつく、最近では小さな渓流沿いに絞って定点観測のような長期観察を中心にしている。そこで活躍しているのが自動撮影VTRである。デジタルの自動撮影装置は近年急速に進歩し、価格も1台1万円ほどになって、資金源の乏しいNGOでも何とか活用できる状況になってきたのが幸いしている。
 もともとニホンザルの行動・生態を専門にしていた私がツキノワグマに関わるようになったのは、1990年代以降のことである。この頃から県北西部ではツキノワグマの集落出没が問題となっており、地元自治体は保護と駆除との間に揺れていた。西中国山地ツキノワグマ個体群は本州西端の孤立個体群として規模も小さく孤立しており、絶滅が危惧されていた。しかしながら当時(今もそうだが)大型ほ乳類の生態学に通じている研究者がいないという事情もあって、クマの生活実態に関する正確な情報がほとんど得られていなかったことが議論に混乱をもたらしていた。
 その後、クマに関しては1994年に狩猟禁止措置や原則奥地放獣を基本とする保護対策が示されたが、その実態は「県民の生命と財産を守る」ということで実態は駆除(有害鳥獣駆除)が中心となっていた。その流れは今でも変わっていないのだが、鳥獣保護法の法改正(1991)によりと特定鳥獣保護管理の策定が可能となり、西中国山地では関係三県が共同して保護管理に取り組むこととなった。これは科学的データに基づいて保護策を策定し、個体群の維持を図りつつ被害の低減を目指すというものである。そのため西中国山地ツキノワグマの保護計画策定にあたっては「科学部会」が設置され、不十分ながら科学的なデータを基に保護対策を策定できる様になったという点は高く評価して良いのではないかと思う。
それでもこれまでのフィールドワークからは、クマを取り巻く状況は悪化の一途をたどっていると考えざるを得ないのである。最近のマスメディアを通じての報道のされ方を見て感じることは、ウソではないが正しくもないということである。番組や記事は断片的な事実を組み立てて一つのニュースに仕上げていくのだが、その事実の背景のとらえ方に問題があるように思える。決定的なのは、現在起きている事件を歴史的に俯瞰していないということにある。今起きていることには必ず歴史的必然があるのだが、その歴史的背景をすっ飛ばして「今」があるかのような報道が目につく。昨日も地元(中国)新聞にクマの出没に関する記事が出ていたが、その中で出没の原因として「春に急に気温が上昇し、山に食べ物が少ないので餌を求めて里に出てくる」といった内容の動物園関係者のコメントが紹介されていた。新聞記事でのコメントだから実際にはもっとたくさんのことを話した内の一部が切り取られて記事にされたのだろうが、これはウソではないが正しくもない典型例かも知れない。クマが奥山から里へと分散し、集落周辺の二次林を主な生息場所する傾向(トレンド)は199年代から始まっていた。ちなみに広島県で有害鳥獣駆除でクマがその対象となったのは1975年以降のことである。こうした集落への定着はクマの世代交代(およそ10年ほど)とともに段階的に顕在化する。つまり突然急増するのである。こうした状況が顕在化するまでには長い助走期間があるものなのだ。長期観察からはそのように見える。