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生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

ちょっとした違和感ー推薦できない水仙の道

 季節の移ろいは早いもので、ここ瀬戸内では葉桜を楽しむ季節となった。対岸の宮島の森のあちこちにサクラやザイフリボクの花のぼんぼりが見えていたのが、今日は既に花も散り、すっかり萌葱色となった樹林に溶け込んでしまっている。
 すっかり春めいているのだが、同じ廿日市市でも細見谷のある西中国山地(車で1時間ほど)ではまだまだ春の足音はかすかなものである。例年4月下旬の雪解けをまって細見田調査行が始まるのだが、最近は、暖冬の影響で4月に入ると入山可能となることも珍しくない。ということで、春めいてきた16日に細見谷渓畔林ヘ出かけてみたのだが、案に相違して、残雪が林道をふさいでおり、車での入山を諦めるしかなかった。
 そこでもう一つの目的地へ向かうことにした。そこは、細見谷川の支流でツキノワグマの採食行動(主に魚食)を検証するためのフィールドとして利用しているところである。
 ここは駐車場所からも近いので多少の雪は障害とはならない。残雪があるとはいえ、日向は気温も高く初夏を思わせるのだが、残雪をなめて時折吹いてくる冷たい空気が早春の気配を感じさせてくれる。なんとも気持ちが良い調査日よりであった。

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 この時期はブナもまだ芽吹いておらず、明るい谷底を流れる細流がきらきらと輝き、時折ニホンヒキガエルの卵塊が姿を見せるゴギもなんとなく春を感じさせる。沢の水たまりには水をすって膨らんだ寒天状のニホンヒキガエルの卵塊がみえる。
 生物の息吹をかんじる光景であるが、生があれば死もまた見える。沢のほとりの草むらに、ひからびかけたヒキガエルの遺骸を見つけた。まだ水を吸収していない細い紐状の卵塊が斜面に伸びている。何が起こったのであろうか。産卵するような水たまりがあるわけではなく、産卵場所へ向かう途中で捕食者に出会ったのであろうか。身体には目立った傷もなく、行き倒れのような感じでひからびかけている。「生者必滅会者定離 頓証菩提南無阿弥陀仏」 と心で唱え、回向してその場をはなれた。

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 ここでは自動撮影用のVTRカメラを設置してクマをはじめ様々な動物たちの行動を記録しているのだが、今回の目的はクマの新生個体の状況を把握できればと思い、例年より早く設置するための入山である。カメラは一応防水仕様となっているが、決して完全ではない。長雨や大雨などによる誤作動は避けられない。できれば雨が降らなければ良いのだが、あいにく設置翌実の17日は大雨警報が出るような悪天候にみまわれ、このブログを物しながらいささか心配になってきている。次回の入山時まで無事に働いてくれていれば良いのだがと今は祈ることしかできないのである。
 西中国山地ではようやく春らしくなってきたのだが、今年は春を告げるタムシバが不作もしくは凶作で、昨年の様な斜面一様に白い花が咲き乱れるといった風情はなく、ぽつぽつと斜面に目につく白い花で、あっ、タムシバもあったんだなという程度のさみしい春の風景である。

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 調査行としては報告すべきことはまだないので、別の話をしてみようと思う。
 調査地の入り口までは車で1時間ちょっとなのだが、車からみえる景色は沿岸部、佐伯地区、吉和地区と高度が上がるにしたがってかなり大きな変化がある。九州から東北南部までの景観を圧縮したような変化である。自然植生の変化はそれなりに楽しめるルートなのだが、一つだけどうにも違和感がぬぐえない場所がある。
 国道186号線を小瀬川沿いに走り、羅漢渓谷、飯室集落を過ぎて峠を越えると旧吉和村地域に入る。吉和に入ったとたん、道の両側に黄色いスイセンの花が出現する。「水仙の道」という看板があり、地域の人たちが町おこしのために苦労して植栽したものである。その努力たるや尊敬に値するものである。地域発展のために企画したものに違いない。それに対して多くの観光客は素晴らしいと感嘆の声をあげるに違いない。

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 こうした活動は各地で行われている。あるところではアジサイが、またあるところではシバザクラヤコスモスといったように。しかし私はどうしてもこの手の企画に違和感を覚えざるを得ないのである。花ばかりではない、モミジやサクラといった樹木の植栽にしてもどうも違和感をもってしまうことがある。かといって並木などの植栽がすべてダメというわけでもない。うまくいえないのだが、沖縄のフクギ並木や関東のケヤキ並木などは受け入れられるのだが、多くの場合違和感がまさってしまう。違和感の一つの要素に「在来」というものが関係しているのかも知れない。
 たとえば水仙という植物の自生地は海岸周辺に多く、そんな自生地での群生は違和感は生じない。吉和地域の林縁部には多様な在来種があり、季節ごとに特徴ある花を咲かせるにちがいない。それをすべて排除してスイセンを植栽してスイセン街道にしてしまうことは在来種の否定であり、多様性の否定でもある。落葉林の林縁にも田んぼのあぜ道にもスイセンを植え、黄色一色に染め上げてしまうセンスは私には受け入れがたい。
 生態学という生きものの暮らしを解明することを目指す学問に関わる身にとってこうした違和感をもつことはある意味当然なのだが、多くの人が「いいね」と言っている事象に意義を唱えるのは決して居心地のいいものではない。
 さてもさてもどうしたら良いのだろうか、戸惑うばかりの今日この頃である。

北ノ俣沢を歩くーその4 斜面崩落の意味

 ブナ-ミズナラの夫婦樹から湛水域の終点まではもう2Kmほど北ノ俣沢を遡上しなければならない。その前にもう一カ所、風穴の温度測定をしなければならない。その風穴はかなり遅くまで積雪が溶けずに残るところにできた累石型の風穴で、対岸(左岸)の大規模な崩落地で垂直に切り立った崖の一角にある(写真)。

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 ここはかなり頻繁に崩落が起こる場所のようだが、最近では2008年の岩手宮城内陸地震の際に大規模な崩落があったと聞いている。その地震で崩落した巨岩が写真で見るとおり、沢の中央に鎮座していて、キタゴヨウの若木が数本生育している。落下した際には既に生育していたと言うから、岩は回転することもなく滑り落ちてきたのであろう。

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 風穴上部の切り立った岩場には、きっと崖地特有の植物も生育しているのだろうが、残念なことに、そこへたどり着くことは容易ではない。もちろん今回は見るだけでパスするしかない。しかしここも水没予定地域なのだ。この崖地周辺の尾根にはキタゴヨウがまとまって生育している。見事な針広混交林となっている。
 一通りの作業を済ませて先を急ぐ。
 天候不順が続いていたにしては、水はどこまでも澄んでいる。20cmを超えるイワナが悠然と泳ぎ、大岩の影へと消えていく。同行の釣り師、斉藤さん曰く、今日は毛針には反応して寄ってくるのだが、食いつくまでには至らない。餌を使えば簡単に釣ることはできるがねと。台風の後のイワナの食事内容を知りたくて、数匹釣り上げてもらうことにしていたのだ。そう言いつつも、斉藤さんはあくまで毛針を使っての駆け引きを楽しんでいる。私は周囲の植生や地形、沢の状況を観察しながら遡上することに専念する。
 調査地から荒倉沢・唐松沢の合流点までは、幅広の河原(瀬・早瀬)と函(淵)の繰り返しであるが、両岸の斜面は比較的なだらかで安定しているように見受けられる。それでも左岸の尾根筋はキタゴヨウが群落をなして沢筋まで続いているところもままある。

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 比較的歩きやすいのだが、何カ所かは切り立った岩を巻いていかねばならず、うっかりすると川へ落下することになる。そして、市川さんはまさにそんな不運に見舞われたのだ。「あっ」と声がしたので振り返ると、市川さんの身体は真横になって、まさに水面に没しようとしていたのである。幸いすぐに岸へ這い上がることができたが、全身ずぶ濡れで戦意喪失感は否めない。空は青く水はあくまで澄んでいる。そこでこれ以上の遡上は諦め、さわやかな日射しの中でのんびりと待っていてもらうことにして、先を急ぐ。f:id:syara9sai:20161018104244j:plain
 年寄りにはこの沢登りは、楽しくもあるが、けっこうきつい作業でもある。何しろ地面が平ではなく、ぬるぬるとした大石小石が歩行を不規則なものにし、時折、絶壁をトラバースしなくてはならないのだから、年寄り向きではない。
 広い河原にでてしばらく歩くと、正面にキタゴヨウが見えてきた。その左右から水が流れてきている。どうやらここが荒倉沢と唐松沢との合流点のようだ。左手から流れ込む唐松沢は岩盤を流れてきており、川底はなめらかな岩盤である。水量は多い。一方の荒倉沢は大小の石が堆積しており、少し高い位置から水流が合流点へ流れ落ちている。湛水域はこの少し上流までとなる。ここ合流点は標高520mほどである。

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 合流点から荒倉沢側、つまり北ノ俣沢右岸をみると、河畔には1m近く石が堆積している。石の大きさは様々だが、大きいもので1㎥ほどのものからこぶし大ていど石である。その多くがどうやら火山性の岩石で節理にそって割れたもののようだが、角は丸く削れている。こうしてみると荒倉沢は北ノ俣沢の礫の主たる供給源となっているのであろう。北ノ俣沢右岸の山塊はガレ地が多く、斜面のあちこちに崩落した跡が残っている。おそら急斜面に厚く積もった雪がなだれることで斜面は崩落する一種の雪食地形(アバランチシュート)なのだろう思う。

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 荒倉沢出口周辺に堆積しているようなサイズの石であれば、春の雪解けや大雨での激流で流されるのではないだろうか。川幅が広くなる瀬あたりに広がる河原が、テンをはじめ様々な動物たちの暮らしの場となっていることは、歩いてみてその痕跡の多さが証明している。もし仮にダムが完成し、湛水が始まれば河原は水没し、切り立った斜面からいきなり水域という野生動物にとっては生活圏の断絶が大きな問題となる。主要通行用の道としての場もなくなり、対岸への行き来も困難な状況となるに違いない。そして、さらに大きな問題は堆砂の問題である。現在の水流であれば、多くの砂礫は川に流され下流へと運ばれるのだが、ダムが水流を止めると、たちまちダム湖に堆積する。その量はいかほどか。泥質(火山灰)の砂礫がおおい木賊沢からの流入も併せて考えれば、たちまち湛水域の水底は砂礫と有機物が堆積するに違いない。富栄養化も問題となろう。

 

 本来、これらは流下して下流域に栄養豊かな土砂を提供しつつ最終的には海浜を形成し、海の生物相をはぐくむ貴重な資源となるものである。それがダム湖に堆積すると、有機物を含む砂泥がヘドロ化し生物の生存を阻害するものとなる。それを除去するには大量の経費とエネルギーを投入する必要がある。自然を徹底的に破壊し、負の遺産をのこすムダなダムをなぜ作らねばならないのか。合理的な説明はない。
 人の暮らしは当たり前のことだが、生物の生産力に依存している。自然の生産力を破壊すれば、行き着くところ生活圏の破壊に他ならない。これは自明の理である。持続可能性を追求していけば、自然の生産力の持続性、多様性の持続性に行き着くのだ。それを実現するのが政治というものではないのか。
 話を少し戻そう。イワナは何を食べていたのか気にかかる。
 釣り師の斉藤さんは、最後の最後で餌つりをすることにして、唐松沢へ入っていった。私は合流点付近で休憩しながら観察をして待っていると、まもなく2匹のイワナを釣って戻ってきた。早速、胃の内容物を見聞することにした。ナイフで胃袋を取り出し、内容物を絞り出すが、何にもでてこない。うち続く雨で水生昆虫も流されてしまった上に、風で陸生昆虫類も飛ばされ、今の水中は食糧不足なのかもしれない。とはいえ小さな支流にはまだまだヨコエビなどの生物が豊富なので、まもなく回復して産卵期を迎えるに違いない。

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北ノ俣沢を歩く-その3 ブナとミズナラの夫婦樹

ブナとミズナラの夫婦樹

 ともかく昼飯をすまして、さらに上流を目指す。河原へ出てすぐのところで見つけた風穴へ温度測定にむかう。風穴は左岸と右岸にそれぞれ1カ所ずつあるが、まずは右岸の風穴へむかう。ちょっと見にはなんの変哲もない川沿いの森なのだが、踏み行ってみると岩塊が積み重なったところにコケやシダが覆っており、その岩の隙間から冷気がかすかに吹き出している。規模は大きくないが崩落した岩石が累積して形成された風穴である。二人が温度測定をしている間、私は付近の巨樹を見て回っていたのだが、そこでひときわ太いミズナラが目に入った。このミズナラをよく見るとその影にブナらしい木肌の巨樹がみえるではないか。この成瀬川源流域は巨樹・古木が多く、それだけでも見応えがある。その話は、後ほどゆっくりするとして、今回はブナとミズナラの巨樹が抱き合うようにして生育しているブナ-ミズナラ合体樹(便宜的にそう呼んでおく)の話である。

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 上の写真を見てもわかる通り、このブナとミズナラ、いずれも相当樹齢を重ねているに違いない。根元をよく見ると、どうやらブナの方が少し古いようだ。二本の古木が根元で癒合するかのように重なり合っている。ミズナラはブナの幹を取り巻くようにねじれ大枝を上流側に伸ばしている。
 じつはここ成瀬川源流域には、不思議と夫婦樹のようにブナとミズナラがセットで生育しているケースが目につくのである。じつに面白い現象であるが、この現象を最初に知ったのは、2013年5月の環境法律家連盟(JELF)の現地視察の時である。そのときは入山することもなく写真だけの解説であったが、そんなこともあるのかという程度の印象もったにすぎない(下の写真)。

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そして今年2016年に4回に渡って現地調査をしている中で、この写真以外に少なくとも3例のブナ-ミズナラの合体樹を見つけている。最初に出会ったのは、北ノ俣沢の左岸中腹の斜面で見つけた。これはHFMエコロジーニュース112でも紹介した事例である。ついで成瀬川の支流、赤川流域の赤滝神社近くで、そして今回の北ノ俣沢上流の3カ所である。

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写真:斜面中腹の合体樹。ミズナラがガレ場で生育した可能性を垣間見せている。

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写真:赤滝神社近くで見つけた。この近くに風穴がある。

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写真:北ノ俣沢上流のミズナラとブナ

 少なくとも広島の森では、ブナとミズナラが混交している西中国山地でもこうしたブナ-ミズナラが合体した例は見たことがない。成瀬川源流域の特殊な事情があるのだろうか?偶然にしては多いような気がする。

 これら4例の合体樹は、その生育場所が岩場ないし岩の多い場所ということだ。つまり重力散布によって拡散する両種の種子がたまりやすい場所だともいえる。つまり尾根だったり岩場の上部であったりということで、他所よりも少しだけ日当たりがよかったということなのだろうかとも思うのだが、面白いことに、赤滝神社付近と北ノ俣沢上流の2カ所のブナ-ミズナラの合体現象は風穴が存在する場所でもある。
 風穴植生とは言わないが、風穴ができる斜面崩落による岩石の累積によってて形成される地形が生み出した現象なのかも知れない。ちなみ中腹の斜面は雪による斜面の浸食がかなり激しい場所でもある。そんな岩の凹みは比較的安定してブナやミズナラが生育できる小さな小さな場所だったのかもしれない。
 だとすれば、常に崩落の起こる豪雪地帯の北ノ俣沢の特徴ともいえるだろう。
 そこで次回は、この斜面崩落の問題について考えてみよう。いやはや北ノ俣沢を中心に成瀬川源流域は本当に自然の実験場として興味が尽きないところである。

二つ目のクマゲラの巣穴(HFM-122)

4度目の北ノ俣沢-その2
 二つ目のクマゲラの巣穴
 崩落地と園周辺の風穴での温度測定を終え、さらに上流を目指す。左岸の高茎草原で鮮やかなムラサキ色の花の群落を見つけた。花はトリカブトに間違いない。だが葉は見慣れたトリカブトよりも幅広で厚い。どうやらオクトリカブトのようだ。
 夏も過ぎて初秋の気配が漂い始めた北ノ俣沢では秋の花がそこここに見られる。少し下流の河原ではヨツバヒヨドリが花を咲かせていたし、ヤマブドウの果実はまだ青いもののブドウらしくなってきた。もう秋はそこまでやってきていることを感じる。

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 まもなく正午だ。少しばかり腹が減ってきた。目指す調査地はもうすぐだ。調査地へは左岸から右岸へ浅瀬を探して渡渉する必要がある。幸い浅瀬が続いているので、市川さんには先に行ってもらい、調査地周辺の写真をとっていると、先行した市川さんが私を呼ぶ声が聞こえた。何事と思って、急ぎ川を渡ったのだが、余りに慌てていたので石に躓き、こけてしまった。カメラをぬらすまいとして少し膝をひねったようだ。そのときは擦り傷以外にはそれほど痛みもなかったのだが、帰広してから膝に違和感を感じる日が続いている。年寄りの冷や水そのものだ。

 閑話休題
 とにかく川を渡ってテラスへ上がると、「クマゲラの巣が」と市川さんが少し興奮しておしえてくれた。テラスから斜面を少し上がったところにあるブナ。そのブナの幹の地上7-8mほどのところに、南南東に向かって、まん丸の穴が空いているではないか。まさにクマゲラの巣穴である。このブナは方形区調査でNo43(胸高直径57cm)の調査対象樹である。なぜあのとき気がつかなかったのか。あのときは天候も不安定で時間に追われ、樹種の同定と胸高幹囲の測定に目を奪われていて、樹木全体に目を配っていなかったに違いない、とも思ったのだが。かすかな記憶をたどると、穴には気がついていたような気もしてくる。ただそれがクマゲラの巣穴とは考えなかったのだ、とも思えてくる。いずれにしても「心そこにあらざれば見れども見えず」ということを身をもって体験してしまったことになる。痛恨のミス(見ず)だった。 双眼鏡で覗くと樹皮のはげた円形の穴にドーナツの様に木質の輪が見える。穴の内径はどのくらいなのだろうか。余りに高い位置にあるので直接測定することはもちろんできない。比較対照できるものを使って間接測定するしかないが、それでも現場でそれをしても精度が悪すぎる。そこで全長50cmの折り尺があったのでこれを使うことにした。

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 折り尺の2節目を直角に折ると、その部分が10.5cmとなる。逆L字型にした折り尺をスケールとして地面から巣穴までが入るように写真を撮り、プリントアウトした画面上で計測することでおおよその大きさを測ることにした。
 その結果、樹皮に穿たれた穴の大きさは、高さ、幅とも13cm ほどで木質部の穴は、6.5 ~ 7.0cm であることがわかった。樹皮の薄利や形成層の盛り上がり状況を勘案すれば、元々の巣穴の大きさは8 ~ 10cm ほどと推定できる。クマゲラの巣穴の大きさである。

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 こうした二つ目のクマゲラの巣穴を見つけたのだが、このときまたもや、同じ失敗を繰り返したのは、大いに恥じなければならない。巣穴の写真は望遠レンズでもとっておいたのだが、その写真をみると、問題の巣穴の右下1mほどのところにもう一つ穴が穿たれていたのだ(写真)。
 おもわず、「うっそー」と口走ってしまうほどの驚きだった。穴は正面を向いていないので正確にはわからないが、どうやら縦長の穴のようだ。穴の高さは20cmほどになろうか。この穴は何なんだ。巣穴でもなさそうだし、採餌痕でもなさそうだ。もしかしたらねぐら様の穴なのかも知れない。いずれにしても再度詳しい調査が必要だ。
 どうやら北ノ俣沢を含む成瀬川源流域はクマゲラの生息地としてかなり重要な地域なのではないだろうか。とこんなことを考えて意見書の追加と訂正を準備しているところに、成瀬ダム訴訟の控訴審に関する記事(9月8日)が地元の新聞に載った。内容は原告側が現地調査を行い、クマゲラが生息する可能性があり、ここの自然環境が世界自然遺産白神山地」に匹敵する貴重なものといった内容をしたためた意見書を提出したことを伝えるものだった。こうした記事が出たことで、北東北のクマゲラの調査をしている NPO法人本州産クマゲラ研究会の藤井氏も関心を持ったようで、このブログのクマゲラの巣穴発見の記事に次のようにコメントを寄せてくれた。
 「新聞記事のことやこのブログを見ましたが、この穴は試し彫り言って、未完成巣穴です。クマゲラの生息が十分可能なブナ林ですから、ダム建設は望ましいものとは言えません。小笠原先生は、何を根拠に大丈夫とお墨付きしたのか?」(原文のママ)(クマゲラの巣を見つけた 参照)。
 このようにクマゲラの専門家が関心を示してくれたことは、原告にとって大きな励ましになったし、今後へ調査への追い風になったこと思う。感謝する次第である。その上であえていえば、私にはこの巣穴がなぜ「試し掘り」と断定できるのか、という疑問が頭から離れないのだ。
 キツツキ類が樹幹に巣穴を掘り始めて途中でやめてしまうことはままあることは私も知っている。しかし、奥行き(深さ)は不明なものの、完全に穴が開いている巣穴が何故試し掘りと断定できるのか、そこがどうしてもわからないのだ。
 たとえば、巣立ちまで育雛に使用した巣穴であれば、もう少し穴の周辺へんに使い込んだ痕跡があって当然ということなのかも知れない。仮に使い込んだ痕跡が薄いとしても、何時の時点で使わなくなったのか、少なくとも穴の下縁にはひっかいたような爪痕が残っていることを考えれば、ある程度は出入りしていたことが推測できるだろう。
 ここと決めて巣穴を穿ち始めたが、どうも材質が堅すぎるとか水気が多すぎるとか育雛には適さない感じたとかで放棄するというのならわかる。が、それでもそうしたことならもう少し早い段階で放棄するのではないだろうか。どんな事情いがあって堀かけの巣穴を捨てたのかという事情はクマゲラに聞かなければわからないことだが、放棄すべき何らかの事情があったことは間違いない。かなり困難なことであったとしても、生態学者はそれを知ることが仕事なのだと私は考えている。
 たとえば巣穴を放棄するには、こうした営巣不適木というこの樹木特有の問題以外にも、たとえば、立地がよろしくないとか途中でテンやカラスなどの邪魔が入ったとか、ダム関連の工事が邪魔だったとか様々な要因が考えられる。   
この巣穴が未完成で使われなかった「試しぼりの穴」と断定するだけの根拠がわからないので改めて、その辺のことを聴いてみようと思う。
 そしてもう一つの疑問。藤井氏はクマゲラの生息環境として広大なブナ林が必要と考えているようだ。確かに広大なブナ林にクマゲラは生息しているし、そうでないところには生息していない。この事実からブナ林の重要性を指摘するのはよく理解できる。しかしこの事実は森林が破壊されることなく存続してきた森林、言い換えれば生産力の衰えてない森林(東北地方では当然それがブナ林ということだ)が必要と言うことに他ならない。問題は、雪深いこの地域で、クマゲラはどのように冬を越すのかという点である。冬を越せるだけの食糧を主とする生活資源をどう確保するのかが重要な問題である。そう考えるとブナの存在とは違った条件が必要なのではないだろうか。これはクマゲラに限らず、温帯域の野生動物全般に当てはまることである。

 食糧の乏しい冬越しにはたとえばクマやコウモリなどの冬眠のように生理活性を低下させてエネルギー消費を押さえるか、冬でも利用できる食糧を確保するかのどちらかである。クマゲラは冬眠をしたり冬に極点に生理活性を落とすということはなさそうだから、どうにかして栄養価の高い食糧を確保しているに違いない。

 私にはキタゴヨウの種子がその鍵を握っているのではないかと考えている。北ノ俣沢を中心に成瀬川源流域にはキタゴヨウの群落(写真下)があちこちに点在している、キタゴヨウの種子は油脂分に富んでおり、それがクマゲラの冬越しの貴重な資源になっている可能性がある。食糧の端境期である冬をこの種子を頼りに乗り切ることができるとすれば、白神山地などと比べてもキタゴヨウなどの針葉樹が混交し、多様性に富む成瀬川源流域はクマゲラにとって暮らしやすい森林なのだと思う。

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 この二つ目の巣穴発見に興奮しつつ、かつ悔やみつつ、昼のおにぎりをほおばり休息もそこそこに上流を目指したが、その話はまた次回に。

成瀬ダム予定地の自然ー北ノ俣沢を歩いて(HFM121)

4度目の北ノ俣沢- その1
 2016年、つまり今年のことだが、なかなか台風が発生しないと思っていたら、8月に入って突然、台風多発状態になった。しかも日本近海で発生し、関東、東北、北海道といった台風常襲地帯とはことなる場所で大きな被害をもたらした。一方西南日本特に沖縄諸島では台風の襲来は少なく、海水温の上昇がサンゴなどの海洋生物群集に大きなダメージを与えている。こうした気象は異常なのか、あるいは常態となっていくのか、地球温暖化と関連づけて考える必要も出てきている。
 9月2-4日に予定されていた成瀬ダム予定地(秋田県東成瀬村)での成瀬川源流域の森林生物調査は台風10号が東北地方を直撃しそうで、実施が危ぶまれたのだが、そこはそれ、究極の「晴れ男」である私のこと、奇跡的に東成瀬村は台風被害を受けずに済み、無事実施することができた。
 今回の調査の主な目的は、北ノ俣沢上流に伸びる湛水域の末端までの沢を歩き、河川周辺の森林植生や地形、地質など野生動物の生活場所を再点検すること、そしてもう一つ、これは市川弁護士の関心事でもある風穴の分布状況などを再点検することにあった。

 そこで今回からシリーズで北ノ俣沢の景観を紹介し、そこでの新たに発見した事実についてその意味を考えてみることにしよう。

f:id:syara9sai:20160916101803j:plain 北ノ俣沢は夢仙人大橋からおよそ直線で2Kmほど上流にある荒倉沢と唐松沢の合流点のすこし上(標高528m地点)までが湛水域として、ダムが完成した後に水没することになっている(上の図)。ここまで実際に曲がりくねった沢を遡上すると往復で約9Kmほど歩くことになる。勾配こそ少ないものの大きな石がごろごろする河原や切り立った岩を超えていかねばならない。年金生活に入った老人には少しきつい行程ではある。とはいえ、風景は素晴らしく、天気も良いとくれば、なんとなく浮き浮きした気分で歩けるというものだ。それに何かしらの発見が待っているとなれば、多少の苦労も何のその、楽しく歩けるというものだ。
 長いトンネルを超えるとそこは夢仙人大橋であった。山腹にトンネルをぶち抜き、深い谷に長い橋をかけて、ダムのための付け替え道路は栗駒山方面へと続く。橋を渡り終わるとまた新たなトンネル工事が始まっていた。ダムは本体工事以外にもこうした関連工事が多く、それだけゼネコンとその周辺が潤う構造となっている。このトンネルの出口すなわち橋の西詰めが調査への出発点となる。橋から北ノ俣沢までは70mほどの高低差がある。ダムが完成すると水面はこの橋の直下まで迫り、橋の上から見えている美しい沢はすべて消滅し、巨大な水面が出現することにになる。

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 その湖底に沈むものは自然だけではなく、多くの文化財や地域の暮らし文化、そして歴史もまた湖底に消えるのである。実際にここにあった集落はすでに消滅している。
 この橋の上から消えた集落のあった下流方面を見下ろすと、古い切り株のようなものが点在しているのが見える。何でもそこは旧石器時代の遺跡(トクラ遺跡)が見つかったとのことで文化財関連の発掘調査が行われているとのことだ。発掘現場は清水の湧くところだったことから考え得れば、あの切り株の一群はもしかしたら埋没林のたぐいなのかも知れない。もしそうであれば貴重な財産であり、興味はわく。しかし残念なことにそこまで行く時間もないので今回はパス。
 さて、いよいよ北ノ俣沢へ降りることにしよう。目指す北ノ俣沢は成瀬川の源流域にあたるが、この成瀬川はやがて皆瀬川に合流し、その皆瀬川も横手市内で雄物川と合流して北上し、やがて秋田市内を貫流し日本海へと注ぐ。秋田県の物質循環の大動脈ともいえる雄物川水系の源流域にダムを造り、循環系を遮断することが一体どんな意味を持つのか考えた人がいるだろうか?そんな疑問をもちつつ、北ノ俣沢へと足を踏み入れた。
 今回、調査に参加するのは、私の他、市川守弘(弁護士・日本森林生態系保護ネットワーク事務局長)、奥州光吉(成瀬ダムをストップさせる会代表)、斉藤龍次郎(成瀬ダムをストップさせる会)の4名。老骨にむち打っての調査だ。
 急斜面を降りて河畔に着く。ここは木賊沢との合流点のすぐ近くである。この木賊沢をさかのぼるとすぐに左手(北)からが合ノ俣沢が合流する。

 第一の風穴はこのすぐ近く、北ノ俣沢右岸にある。風穴内部の気温と外気温とを測定し、上流を目指す。

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 しばらくは谷も広く左岸は石の河原となっている。前方には崩れかかった吊り橋がかかっている。これはダム建設に絡む調査関係者のためのものだというが、見にくい残骸をさらしているが、人工物はこれくらいのもので、北ノ俣沢には林道もなく登山道もない。ひたすら沢筋を歩くしかない。そんな河原の石の上にはテンのフンがあちこちに転がっている。この時期はミズキの果実を食べているようだ。前々回にはヒミズの脚がひからびて残っていたが、テンの食べ残しなのだろう。

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 さらに遡上していくと両岸はやがて切り立った崖となる。こうした地形は「函」と呼ばれる。鉄砲水に注意しなければならない難所である。成瀬川源流域にも当然のことながらこうした函地形は多い。人を寄せ付けない崖にはまだ未確認の希少種(植物)があるに違いない。川も近くの岩壁にはダイモンジソウが張り付くようにして生育している。花の時期には少し早いようだ。

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 この函を越えるとまた谷は広くなり左手(右岸)に大規模な斜面崩落の跡が見えてくる。まだ新しい崩落のようだ。こうして崩落した岩石が堆積し積み重なると岩と岩の間隙の空気が冷え込み、外気温との気温差による対流が生じ、外部へ冷気を排出することがある。これが累石型の風穴である。新しい岩屑にはまだコケも何も生育していないので、直射日光によって岩が熱せられ、内部の空隙もそれほど冷えることはないのだろうが、やがて表土層が形成され植物が繁茂し、湿度が高まれば徐々に内外の気温差が大きくなることも十分考えられる。実はこの落石現場に隣接した河畔には古い岩屑の堆積があって、風穴と成っていることがこのたびの一連の調査で明らかになっている。岩にはコケやシダ、草本類が生育し、トチ、ミズキ、ホウなどの樹木も生育している。外見上は風穴とは見えないが、よくよく調べてみると小規模ながら累石型の風穴となっている。

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 北ノ俣沢はこうした函、河原、崩落地の繰り返しの連続で、風穴地帯でもあることがこのたび明らかになった。これが北ノ俣沢の大きな特徴である。

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 一方、左岸にも斜面崩落はあちこちに見られるが、右岸に比べると土質の斜面崩落が多い。これは雪崩などによる斜面崩落(雪食地形)の一つかも知れないが、こうした土質の崩落現場は、様々な草本類が繁茂し春先のカモシカニホンザルツキノワグマなどの採食地として利用価値は高い場所である。わたしはこれまで保護運動と関連した全国各地のフィールドを歩いてきた。しかし不運なことに専門とするニホンザルの生息地はほとんどなく、さみしい思いをしてきのだ。だからこそここ北ノ俣沢では久しぶりにニホンザルの姿を拝めるとかすかな期待を抱いていたが残念なことにまだニホンザルの痕跡だけは見つかっていない。
 風穴の調査をすませ、さらに上流へむかう。沢を何度か渡渉し、右岸左岸をジグザグに先へ進む。再び函の難所。ここは岩を攀りテラス状の岩場を歩き淵を回避する。こうした岩場には、凹みに水がたまり止水となった池が出現する。そんなところには、ヒキガエルトウホクサンショウウオなどが産卵していた。夏も過ぎようとしている今、その姿は既にないが、両生類にとって貴重な繁殖の場となっているのだ。ここももちろん水没し、再生の場は消滅する。急斜面の続くこの地域にあって、こうした止水のできる場所はごく限られており、両生類にとって産卵場所の水没は絶滅をも意味する。

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 そんなことを考えながらさらに沢を遡上していく。方形区調査地のあるテラス(昼の休憩場所)まではもう少しだ。
 ということで、今回はこの辺で。今回のハイライトであるクマゲラの巣の発見、イワナの話、河原の成立などの話題は次回以降にお届けすることにしよう。お楽しみに。

北ノ俣沢は雨だったー濁流でのイワナの食べ物 (120)

 秋田県雄勝郡東成瀬村への3回目の調査行である。今回は川沿いの森林植生についてより具体的なデータを集めることを目的としていたので、測量の専門家のKさんも同行しての本格的調査である。

 前の2回の調査は天候にも恵まれていたが、今回は梅雨真っ最中の調査で、予報も芳しくない。到着した日だけは日射しもあったのだが、夜から心配していたとおり雨が降り出した。調査は北ノ俣沢とトクサ沢の2カ所、いずれも河沿いのテラス状になった場所を予定している。前回の調査でそれぞれに特徴的な河畔林があり、この地域の多様性を具体的に示せることができそうな場所である。トクサ沢は川に沿って道が残っているので雨でも何とかたどり着けるが、北ノ俣沢は道と呼べるものは皆無で、切り立った断崖を巻くか沢を遡上するしか現場へはたどり着けない。だから雨が降って川が増水すると北ノ俣沢での調査は絶望的となる。

 雨が降りしきる中、宿舎をでて現場へ向かう。車から時々見える成瀬川は茶色く濁って激流となっている。現地の責任者であるOさんは何とかなるでしょうと極めて楽観的だ。彼は沢歩きに熟達しているので少々の増水はなんと言うこともないのかも知れないが、われわれ調査班は年寄りである上に沢歩きは馴れていない。それに雨に弱い電子機器類も持っている。無理はできないのである。それでも一応、皆、足下は沢歩き用に準備はしてきている。

 現場(夢仙人大橋)へ到着して遙か下を流れる川を見れば、やはり濁流である。が、水量はそれほどでもなさそうに見える。意を決して川へと急斜面を下る。雨は小降り。しばらく下って、川岸は出てみると、遠目に見た川とは全く様相がちがう。どうどうと音を立てて濁った水がうねっている。何とかトクサ沢と北ノ俣沢の合流点までたどり着き、岸辺で様子を見ることに。見たところでどうなるものではない。とても渡渉できる状況にはないのは明らかである。

 ここでもOさんは諦めない。ここさえ渡ってしまえば後は何とかなりますと確信に満ちていた。予定では、これより1.5Km上流の北ノ俣沢調査地近くにキャンプすることになっており、かなりの荷物を運ぶ必要がある。客観的にみればまず不可能な行動予定であるが、しばらく様子を見ることにして、滞留することに。

 岸辺にブルーシートを張って雨宿りしながら待つ(下の写真)。

 

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 待つと言っても何もしないわけではない。周囲の地形、植生など観察すべき事は少なくない。と、右手の森の上空を黒くやや尾の長い鳥がトクサ沢を超えて北ノ俣沢上流方面へ飛んでいった。ちょうどクマゲラの巣のある上空を飛んだのである。としばらくして今度は、姿を消した北ノ俣沢上流方面から川沿いに飛んで消えた。鳥の専門家である花輪さんも見たのだが、????。何だろう。という。ふわふわといいた飛び方で、カケスとも全く異なる。カケスよりは大きい。クマゲラ?との期待もあったのだが、結局正体は不明のまま確認することはできなかった。幻のクマゲラ事件であった。しばらくして後、今度はトクサ沢上流の上空に、大型猛禽類が姿を現した。しばらく飛翔した後、尾根の枯れたキタゴヨウにとまった。イヌワシかとも思ったが、写真を見る限りどうやらクマタカのようだ。

 そんな事をしながらひたすら待つ。釣り師のSさんが同行していたので、お願いしてイワナを釣ってもらうことにした。前回、イワナの胃袋には陸生動物(昆虫類)が詰まっていたが、このような雨降りでしかも濁った激流のとき、イワナは何を食べているのか知りたかったのでお願いしたのだ。さすがに名人だけあって、あっという間に写真のようなイワナをつり上げてきた。

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 早速、腹を割いて胃の内容物を検査してみると、次の写真のごとく、ほぼトビケラ類の幼虫ばかりであった。陸生の甲虫が1匹見つかったが、ほぼすべてトビケラ類である。

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 このトビケラ類は普段は石の下に植物の茎や小石をまとってくらしており、イワナに捕食されることは少ない。しかし、雨が降り流れの勢いが激しくなると川底の石が転がり、そこからトビケラの巣が水中に流れ出る。そこをイワナに捕食されるということになる。一方、陸生の昆虫類は、活動を休止しているので、川に落下することもない。晴天の日のイワナは前回報告したように、主に落下してくる陸生昆虫類を補食しているが、梅雨時など雨の日には水生昆虫の幼虫類を主な食糧としているということが窺い知れる。

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 こうしたことも雨の日でなければわからないことだった。足止めも悪いことばかりではない。

 今回の調査ではもう一つ大きな目的があった。それは北ノ俣沢周辺に風穴が散在している可能性があったので、できれば風穴を見つけることである(これは主に市川弁護士の役割)。かねてより、市川さんは風穴の存在を予感していたようで、もしそれがあれば風穴植生も存在する可能性に期待を寄せていたのである。最初の写真には鳥を観察する花輪さんが写っているが、そのすぐ左手の岸辺にその風穴が見つかったのである。

 実は私はこの沢で風穴を見つけるのはかなり困難だと思っていた。岩石が崩落して滞積している場所はあちこちに見られるが、それが風穴になっているとは予想していなかった。規模が小さすぎると思っていたからである。しかし規模こそ大きくはないが、岩の隙間から冷気の吹き出しがあり、外気温とのさも8°cほどあって、まさに探していた風穴に違いないのである。その後、北ノ俣沢周辺にはいくつもの風穴が存在しているらしいことがわかった。

 雨の日の滞留があればこその成果であった。転んでもただでは起きないCONFEの面目躍如と言ったところである。

 結局、この日は荷物を置いて撤退することになった。明日からの調査に乞うご期待。

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 雨に打たれたツルアジサイの花もサワグルミの果穂も美しかった。明日は雨も上がるだろう。

 

クマゲラの巣を見つけた!! (119)

 クマゲラって鳥、知ってますか?真っ黒な身体に赤いベレー帽といった出で立ちのキツツキである。

 本州には、アカゲラオオアカゲラアオゲラコゲラ、アリスイといったキツツキの仲間が暮らしており、時折見かけることがある。とくにスズメほどの大きさのコゲラは町の公園などでも出会うことができる。 ところがこのクマゲラというキツツキは主に北海道の原生林に生息していてるのだが、東北地方の一部でも生存していることがわかっている。とはいえ、最近では東北地方での生息地は白神山地や森吉山(秋田)などに限られているとの報告がある(日本のクマゲラ・藤井忠志・北大出版会 2014)。

 かつては、会津ー山形にまたがる飯豊連峰や日光にも生息していることが知られていた。しかし多くのその生息地では絶滅したらしく、北東北のブナ林にごく少数が細々と生き抜いているらしい。つまり絶滅の危機に直面しているということなのだが、その生態(暮らしぶり)はまだわからないことが多い。

 手元に生きたクマゲラの写真がないので、ウトナイ湖サンクチュアリー(日本野鳥の会)の展示剥製を移したものを紹介しておく。

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 これまでの文献を当たってみると、本州のクマゲラはブナの原生林に生息し、ムネアカオオアリをよく食べるということだ。ムネアカオオアリというのは森林内に生息する大型のアリで、文字通り胸の部分の体節が赤い(オレンジ色)をしている。朽ち木に巣を作って生活している。前回の北ノ俣沢を歩くの項で、イワナの胃袋からも見つかっているあのアリである。

 前置きがだいぶ長くなってしまったが、このクマゲラが現在も生息しているかどうか確認することも今回の調査の眼目の一つである。というのもアセスでもクマゲラは現地調査の結果では、水没地域に生息していることになっているのだが、個体群は維持できているのかどうかいささか心許なかったし、その生活環境を見定める必要があったからである。

 そこで、木賊沢、北ノ俣沢と沢沿いの森林形態を視察し終えたこともあって、野鳥担当の花輪さんを中心に5名で尾根筋を歩いてみることにした(前回の報告に掲示した地図のクロ線)。木賊沢・合ノ俣沢の合流点を渡渉し、急斜面にとりつきよじ登る。数十メートルも登れば尾根道にでる。その少し手前の斜面に胸高直径40cmほどのブナがあり、地上4.5mほどのところに野球のボールほどの穴が開いているのを見つけた(同地図の①の位置)。

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 これがその穴である。メジャーを当てて大きさを図ると、縦10cm、幅9cmほどであることがわかった。穴の下側には爪でひっかいた跡が残っていて、傷の跡の様子からするとそれほど古いものではないことがわかる。育雛用の巣穴か休憩用の巣穴かわからないもののクマゲラの巣穴とみてほぼ間違いない大きさである。

 ちなみに、キツツキ類の巣穴の大きさは、これまでの調査結果(日本鳥類大図鑑 増補改訂版1965)から

 クマゲラ   8.5~13cm

 オオアカゲラ 6.5~6.8cm

 アカゲラ   4~6cm

 アオゲラ   4.5~5.2cm

と言うことである。

 ここ成瀬川流域ではクマタカイヌワシなどの大型猛禽類を頻繁に観察することができる。それほど豊かな森林でもある。そして攪乱と安定という極めて生産力のある自然がここに存続していることの意味を再認識する必要がありそうだ。

 ちなみに、アセスでの評価は「本事業区域には、本種の生息に適すると考えられる環境の一部であるブナ群落が分布するため、この環境が湛水区域では水没し、また工事実施関連区域では工事に関わる部分に該当した場合は消失する。しかし、本事業区の他にも成瀬川流域には、ブナ群落が広く分布し、その現状が維持されるために本種の生息地の保全は図られる。したがって、クマゲラについては、ダム建設による影響は少ないと考えられる」という。

 こうした予測はアセスの常套手段であるが、まったく科学的な予測となっていないことは読者諸氏にはあまりに明らかであろう。

同じような森とは、誰にとってのことなのか?クマにはクマの、クマゲラにはクマゲラのそれぞれ異なる価値をもつのが自然というものである。主体を無視した環境論は不毛であるだけでなく有害ですらある。安定と攪乱それが成瀬川流域の特徴であり、多様性と生産性を維持する要因の一つである。こうした動的で豊かな森でこそ多くの生きものが生きていけるのである。これ以上の破壊はもうやめようではないか。日本国民の将来のために。

 

 

 

成瀬ダム予定地-北ノ俣沢を歩く (118)

 前回、ダム予定地を下見した様子を報告したが、そのときは雪解け水で増水した沢を歩く事ができなかったので、(地図の赤いピンマークを通るように)中腹を迂回するように歩いたのである。今回は鳥の調査(担当花輪さん)に同行して北ノ俣沢と木賊(とくさ)沢、そして北ノ俣沢と合ノ俣 沢に挟まれた尾根筋を歩いてきた。

 初夏の森を水につかりながらの楽しくも厳しい調査で、それぞれに面白い発見があったのだが、今回はそのうちの北ノ俣沢の状況について報告しようとと思う。 

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  地図の赤線で囲った範囲(夢仙人大橋より上流部のみ図示)が湛水域である。およそ標高530m弱までが水没する地域となる。下の写真は水没予定の北ノ俣沢から夢仙人大橋を見上げたところである。満水時にはこの橋のすぐ下まで水がたまる事になっている。

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 北ノ俣沢の特徴は谷底の幅が広く、流れが比較的なだらかであるが、その一方で両岸の斜面は崩落しやすく、至る所にガレ場ができているという点にある。多雪地帯にあるためもろい斜面は積雪によって崩壊することもあって、そこにはフキなどの草本類が繁茂する。これが春先のクマやカモシカなどの大型ほ乳類の採食地として大きな価値をもっているようだ。川沿いのテラス状になった場所に設置したVTRカメラにはこれらのケモノたちの姿が写っていた。特に冬眠しないカモシカにとっては、ガレ場や沢筋の法面にできる草地は、早春の採食地として重要な意味を持っているに違いない。

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 そして広い河原の石の上には、テンのフンがそこかしこに残されていて河原が春先の重要な生活場所となっていることがうかがい知れる。

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 同じく河原には大きな石のくぼみにできた水たまり(止水)があり、そこはヒキガエルトウホクサンショウウオなどの産卵場となっている。これらはいずれもダムが完成するや深い水底に消えてしまうことになる。急峻で崩落しやすい斜面にはさまれた北ノ俣沢にあって、河原に点在する止水はあこれら両生類にとって極めて重要な産卵(再生産)の場となっていることを考えれば、個体群の消滅は避けられないであろう。

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 それは両生類に限ったことではない。ダイモンジソウなどの植物群落にも大きなダメージを与えることになる。

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 沢を取り巻く森林からは、エゾハルゼミの声が野鳥の囀りをかき消す勢いで響いてくる。もう初夏の気温なのだ。雪解けも早くこの時期にしては水量が少ないという北ノ俣沢をさらに遡上する。今日(5月28日)は設置したカメラの点検をしなければならない。そこまではもう少しだ。

 北ノ俣沢にも少ないが川沿いにテラス状の湿地があって、渓畔林ができている。そこにカメラを設置して大型ほ乳類の動向を観察しようと思っている。どのような成果を上げられるか、いささか心配ではあるが、やるだけのことはやっておかねばなるまい。

            ☆  ☆  ☆  ☆

 今日の夜は、木賊沢(とくさざわ)で野営する予定である。野鳥の調査には早朝からの行動が欠かせないので、みな老骨にむち打って頑張っている。ということもあって食糧調達を任されたSさんがイワナを釣るという。我々に同行してくれたので、釣り上げたイワナの胃袋をちょいと調べさせてもらった。下の写真。

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 20cmを超えるイワナの胃袋から出てきたのは、ムネアカオオアリ、エゾハルゼミをはじめハチの仲間や甲虫の仲間ばかりで水生昆虫類はほとんど見つからなかった。イワナなどの渓流魚は水生昆虫を主な食糧としていると思いがちだが、実際はそうではない。ほとんどは陸生生物がイワナを支えているのだ。つまり流れに沿って樹林が連続していることは渓流魚にとっても大きな意味があるということになる。陸生生物と水生生物との相互作用が渓畔林や河畔林生態系にとって重要な要素なのである。 

 何とかカメラのメンテを終えて、もう少し先へ進む。

 大きな崩落地に出た。ここは岩手地震か東北大震災の折りに崩落した可能性があると言うことだ。斜面にはまだ雪渓が残っている。中央の巨樹は、サワグルミでかなり古い。この近くでアセスリストには記載がないセッコクと思われる植物を見つけたが、この崖地にはアセスでは見つからなかった希少植物があるような気がしている。

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 次回はクマゲラに関する情報をお届けする予定です。 

 

 

 

 

 

HFMエコロジーニュース117ー秋田・成瀬ダム予定地を歩く

成瀬ダム予定地を歩く

 秋田県南東部、岩手県宮城県との県境近くに東成瀬村はある。成瀬ダムは利水、治水を目的とした多目的ダムであるが、多目的は往々にして無目的であることはよく知られた事実である。当然地元では貴重な自然を破壊する事業として反対運動も起きており、現在、仙台高裁秋田支で控訴審が進行中である(成瀬ダムをストップさせる会)。
 この控訴審において自然の価値を争点とするための調査が、このたびの調査行となったというわけだ。というわけでじっくり腰を据えての調査というわけにはいかない。この数ヶ月でめぼしい成果が要求されるという厳しい日程の中での調査である。
 昨年の秋に某団体からの助成を受けることになったのだが、ここ東成瀬村のダム建設現場周辺はかなりの雪が積もる地域でもある。したがって実質的に調査ができるようになるのは雪解け後の5月中旬以降ということになる。本当ならば、イワナが産卵する10月末頃から11月初旬にかけてツキノワグマの魚食の証拠を押さえておきたかったのだが、やむを得ない。というわけで4月30日に予備調査という形をとって現地へ趣いたという次第である。
 4月30日のい朝、前日からの小雨がようやく止みはしたものの、いつまた降り出すかわからない厚い雲が空を覆っている。気温も思ったより低く、準備してきたフリースを着てもまだ寒いくらいだ。現地付近の尾根は今朝まで降っていた雪でうっすらと白い。現場の少し手前に工事用ための門が設置されており、9時にならないと開かないという。その門まで来ると、工事事務所の職員がやってきて、雪のためこの先が通行止めとなっていてゲートを開けることはできないという。ということはここに車を置いてかなりの距離を歩かねばならないということになる。天気は悪い。最悪の状況だ。が、しかし車が一台、ゲートの、向こう側に止まっているではないか。聴いてみれば今日の調査に参加する人の車だという。朝来たときは門が開いていて門の存在に気がつかず、前の車に続いて入ってしまい、気がついて集合場所へ戻ってきたら、すでに門が閉じられていたというのだ。事務所の職員の権限では門を明けることができないという。午後5時ころに再度ここへ来てそのときに一時的に門を明けるのがそれまではダメだという。行くに行けず、帰るに帰れない。しかし考えてみれば、車が一台でもゲートの向こう側にあるのだからこれを使って調査員をピストン輸送すればいいということに気がついた。不幸中の幸いである。こうして私たちは無事、調査地(夢仙人大橋)へ行くことができたのだ。

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 9:30 曇り 北寄りの風:強 今日は成瀬川の支流、北ノ股沢へ入る。雪解けで水量が多く、沢を遡上することができないので、斜面を巻いて目的の場所へ行かざるをえない。直線距離にすればそんな遠くでもない。しかし斜面をトラバースしていくつかの沢を超えていくのだが、これがかなり難儀である。斜面が急であるうえに越えるべき沢はほとんど崩落しており沢の源頭部近くまで登っての渡渉しなければならない。しかも雪で押し倒されている樹木の枝は斜面下方に向かって地面近くに伸びているため、枝をかき分けかき分け歩くのだから歩きにくいことこの上ない。本来なら1時間ほどのところだと言うがそこを4時間近くかけてやっと到達できた。年寄りいじめの斜面である。
 斜面を歩いていて気がついたことがいくつかある。ここはとにかく斜面崩壊が頻繁に起こるということだ。火山灰のような土だからちょっと激しい雨や積雪で簡単に沢や斜面が崩落するようだ。そのためブナ、ミズナラ、トチ、ダケカンバなどの巨樹がまばらで比較的若い樹齢の林分となってる。攪乱が頻繁に生じるので裸地かした林床にはカタクリがよく繁茂している。こんな場所はニホンカモシカには好適な生息地なのだろう。フンも見つかった(写真)。ブナの若枝を食べたリス、あるいはムササビ、モモンガなどの樹上性齧歯類の食痕も見つかった。そして古いブナ、ミズナラには大きな樹洞ができていて、ツキノワグマの越冬場所になりそうだ。

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 急斜面を下って、北ノ俣沢から20mほど高い位置(標高530m)まで降りてくる。このあたりになるとテラス上の平坦な地形も出てくるが、そこはもうダムの湛水域で、ゆくゆくは人造湖の底に沈んでしまう場所である。
 こうしたテラス上の場所はところによって湿地状になっており、草本類が生育する場所でもある。そればかりではない。いわゆる移行帯(エコトーン)に当たるこうした場所は水域の生物と陸域の生物との相互作用がみられ、生物多様性と生産性の高い場所でもある。

 この時期、イワウチワ、キクザキイチゲ,ショウジョウバカマなどの草本類も花を咲かせていた。

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 北ノ俣沢をはじめ急峻な斜面が続く成瀬川支流域にあって、川沿いの緩斜面や平坦なテラスは動植物にとって貴重な生活場所でもある。試験的に比較的広いテラスの湿地にカメラをセットして動物たちの動きを探ることにした。今後の成果が楽しみである。
 周辺の斜面のを見れば、あちこちに斜面の崩落が見て取れる。残雪があって詳しい状況はよく見えないが、火山灰土が堆積した斜面は簡単に崩落するようだ。ここまで歩いてきたところでも、沢筋はことごとく堆積土が崩落し、部分的に基盤が露出しているところや、基盤そのものも崩落し岩石が堆積しているところも少なくない。これが少し大規模におこれば、岩塊流とか風穴といった地形になるにちがいない。崩落した急斜面(法面状)にはフキノトウなどの草本類が生育し、春先の菜畑といった状況にある。これらも野生動物にとって重要な食糧資源となっている可能性がたかい。

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 ここの林相は常に崩落するような不安定な場所(主に沢筋)と比較的安定した(小尾根)が縞状に分布しており、それが林相に反映している。つまり、若齢樹と老齢樹とが列状に混交していおり、生活場所の多様性を生み出している。
 わずか1日の予備調査なので、詳細はまだ不明だが、ここに巨大なダムができることで出てくる影響はそう軽微ではないことは間違いない。

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 河川流域のテラス状の湿地(写真上)はすべて水没してしまう。それは生物多様性の際立つエコトーンの消滅を意味し、生物生産の減退を招くおそれが強い。また、これほど頻繁に崩落を繰り返す地形にあっては、土砂堆積の問題も無視できないに違いない。ダム湖底には短期間の内に堆砂問題が表面化するであろう。

 何よりも、森と海をつなぐ動脈ともいえる河川の分断は、物質循環の大きな障害となり東成瀬地方全域の生物生産力を減退させるのみならず、雄物川流域をはじめ沿岸部への影響もはかりしれない。それはかなりの時間を経過して後に顕在化するにちがいない。
 これ以上、ムダな公共事業で我々の招来を食いつぶすことは許されない。地方再生はまず生物生産の再生でなければならないはずだ。

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タムシバについて考える-HFMエコロジーニュース116

季節の移ろいは速い。特に春はそうだ。
駆け足でやってきて、あっという間に通り過ぎてしまう。
私は宮島の対岸に居をかまえているのだが、4月上旬にはすでに花は散り葉桜の趣を見せ始めている。しかし同じ廿日市市内でも北部吉和地区は標高も高いこともあって、春の訪れは遅く、サクラは4月下旬にやっと満開となる。東北地方の福島県ほどの気候である。
 森林帯で言えば、暖温帯照葉樹林帯から中間温帯をへて冷温帯落葉樹林体(ブナ林帯)まであり、まるで本州の森林植生の見本市のようである。この利点を環境教育やエコツアーなどの観光に活かそうという発想が出てこないのがなんとも不思議なのだが、今はやりの名ばかりエコツアーがはびこるのも嫌なのであえて口を出さないことにしている。
 それはともかくニホンザルがいなくなった(実際にはまだいるのだが)宮島の照葉樹林帯から西中国山地の一角にある冷温帯落葉樹林帯の細見谷渓畔林へとメインフィールドを移して早、十数年。ここにはニホンザルはいないがその代わりツキノワグマがいる。その細見谷渓畔林周辺は4月下旬になってようやく桜が満開となる。このように広島県内の狭い地域でも桜前線の移動は3月下旬から約一月をかけて北上するのだ。ただしここのサクラは植栽されたソメイヨシノではなく、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラといった野生のサクラである。
 私は動物も植物も野生のものが好きだ。サクラとて例外ではない。長い進化の過程をへて、それぞれがそれぞれの暮らしを持ち、おたがいが関わりを持って世界を構築している。そんな関係を探るのが好きなのだ。
 とはいえ今日の話題はサクラはサクラでも苗代桜と呼ばれている「タムシバ(Magnolia salicifolia (Sieb. et Zucc.) Maxim.)」について考えてみようと思う。

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3月に入り気温が上がってくると、瀬戸内のこのあたりでもほんの数キロ内陸に入るとソメイヨシノの開花に先だって、山腹に白い花が目につくようになる。野生の花木であるから毎年豊年ということはないが、数年に一度、まるで雪が降ったように山肌がのほぼ全域が白くなることがある。(ちなみに宮島ではクロバイの当たり年がこのようになる)
 今年はその当たり年である。2013年、2011年も当たり年だったので、ここのところ2-3年周期で当たり年となっている。
 地元ではコブシの花が咲いたというが、これはコブシではなくタムシバというモクレン科の樹木である。遠目にはコブシもタムシバも見分けはつかないほどよく似ているが、よくよく見れば、枝振りや花の直下に葉がつくか着かないかといった違いはある。漢方に辛夷という薬があって鼻づまりや蓄膿症に効くとされているが、その辛夷としても利用される樹木である。
 苗代桜とも呼ばれているように、かつてはこの花が咲くのを待って苗代作りをしたという。今は昔の話である。今日の農業は効率化と工業化の波に飲み込まれ、田植え機にマッチした苗を工業的に生産されているので、苗代桜などという言葉も消えつつある。こうして言葉とともに文化も消えていくのである。その損失はいかばかりであろうか。
 愚痴はさておくとして、このタムシバの生育地にある特徴が見て取れることに気がついた。自宅からフィールドの細見谷へは、県道30号線-国道186号ー国道488を経て十方山林道へと入り細見谷へ至るのだが、その間ほぼ全域でタムシバの花を楽しむことができる。2016年4月9日土曜日には、さすがに沿岸部に近いところでは花期はとうに過ぎていたが、内陸部へ入り標高が上がるにつれて、コウヤミズキの黄色い花とともにタムシバの花が目立つようになる。

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 自宅から細見谷へはほぼ直線的に北北西に1時間半ほど走るのだが、沿岸部を離れて旧佐伯町に入る手前から、このタムシバがほぼ左手側の斜面によく目立つのである。つまり北向き斜面にということだ。図鑑などでは、日当たりの良い丘陵地、山腹、尾根筋に多い、とされている。確かに日当たりはいいが、日照時間は限られている。細見谷でもやはり北向き斜面によく目立つ。これは偶然だろうか。それとも何か関係があるのだろうか。タムシバの目立つところは尾根筋と山腹に走る小尾根のように見える。おそらく、腐葉土層がうすいガレ場や岩場となっていそうなところである。北向き斜面だと日照時間が短く、比較的雪解けが遅れる。そのため尾根筋でも水不足となりにくいのでがないだろうか。腐葉土層は薄く、水気があり、日当たりは良いものの日照時間が短く、やや気温が低い、そんな場所がタムシバの生息域なのかも知れない。下の写真は細見谷川右岸の女鹿平山系の北斜面に生育するタムシバである。ブナ、ミズナラ、シデ類など落葉樹の芽の膨らみの淡い色の中で際立つ白い花は、春を呼ぶ華やかさがある。天然杉の緑ともいいコントラストを醸し出している。この時期は本来、まだ雪が林道を覆っていて入れる状態にはないのだが、今年のように雪解けが速いと思わぬ発見があり、苦労のしがいもあるというものだ。

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編集・金井塚務 発行・広島フィールドミュージアム
この調査は、広島フィールドミュージアムの活動として行っています。当NGOは細見谷渓畔林を西中国山地国定公園の特別保護地区に指定すべく調査活動を行っています。特にツキノワグマにとって重要な生息地であり生物多様性に秀でた細見谷渓畔林域はツキノワグマサンクチュアリとして保護するに値する地域です。
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