生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

クマにあったらどうする?マニュアルを信用するな!

 この秋はクマの話題に事欠かない。今年は特に都市部へのクマの出没と人身事故の多発しているという。私のところへも時折新聞者やテレビ局から取材がある。多くはその原因についての見解を求める内容なのだが、必ず、「クマと出会ったらどうしたら良いのでしょうか」という質問が必ずついてくる。

 そのたびに、私はこう答えている。「ケースバイケースですから、定型型のマニュアルはありません。もし仮にクマと出会って冷静に対処できる能力のある人であれば、アドバイスは不要で、そうでない人(たいていの人)は、緊張や恐怖のあまりマニュアルなど思い出すまもなくパニックに陥ります」というと、当然ながらそのコメントはまずカットされてしまうのが落ちである。

 今日、2019年11月12日付けの中国新聞くらし欄にも「クマにご用心、山中での心得」という記事を見つけた。その内容はいつもの通り、・遭遇を回避 鈴やラジオで音出す ・出合ったら 目を離さず後ずさり というもの。

 これらの対応は間違いというわけではないが、だからといってけっして正解でもない。なぜならクマは生きものだからその場その場の状況によって心的状況におおきな違いがあり、その結果としての行動も千差万別となるのは至極当たり前のことなのだ。ましてや哺乳類ともなれば、場の状況を読み、それに対応した対処をするものである。画一的な行動パタンがあると見るのは極めて非科学的で有り、危険でもある。

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 出会いの状況次第

 たとえば、春の山菜採りや秋の茸狩などの場合、たいていの場合多くの人は捜し物に熱中し、周囲の動静に無頓着な状態にある。クマも同様であれば、こうした場合の人とクマの遭遇は至近距離でいきなりというケースが多い。であれば、人もクマも冷静であるはずもなく、お互いびっくりしてとりあえず目の前の危険を除去しようとする。当然、力が強く頑丈なクマにど突かれて大けがを負うということになる。

 あるいは渓流釣りに来ていて、たまたま生まれて間もないクマの子が釣り人に興味を抱いて接近してきたとしよう。それに気づいたクマの母親は、コドモを守ろうと必死になって釣り人を排除しにかかる。これも大けがの元となる出会いである。

 一方、私たちのようにクマを求めて穏やかに山を歩いていると、思いがけずクマに出会うことがある。こうした場合、出会い頭ということはほとんどなく、先にクマが私たちの存在に気づき、こっそりとその場を去るということになる。あるいは、採食現場に出くわせば、私たちも無理な接近をせずに一定の距離を置いて観察を試みるので、クマも比較的落ち着いて、それまで通りの行動を続けるということも少なくない。

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 逆に有害鳥獣駆除などでは、多くのハンターがクマを取り囲むように接近するなど緊張した場の状況での出会いとなる。こうなれば互いに命をかけた出会いの状況であるから当然、人もクマも攻撃的とならざるを得ない。私たちのハンターの方との出会いにおけるクマ観の違いはそこにある。

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 もう一つは、パニックに陥ったクマとの遭遇である。最近の事故はこのケースである。クマが住宅地へ入り込んでくるのは多くの場合、餌を求めてのことである。こうしたケースは近年顕著になってきた。住宅地近辺に暮らしているクマであっても、実際に市街地へ入り込んでくると、右も左もわからぬ未知の土地である。当然、緊張している。そこで人間と出会ってしまうと、さて、どう対処して良いものかわからぬうちに騒動となりさらにパニック状態となる。見る人見る人が恐ろしく、敵前逃亡すべくど突き倒して逃げる。その連鎖がおおきな事故となる。冷静に事態を評価すればそうなる。

 そしてクマが市街地へやってくるにはそれなりの理由(背景)があるのだ。

 クマの生活環境の変化

 今のクマはもはやかつてのクマではない。クマを見るなら奥山へというのが多くの人の見立てなのではないだろうか。かつてはその通りだったのですが、現代ではそうではありません。クマを見たければ過疎の村へというのが偽らざる事実なのです。

 広島県では西中国山地にクマの中核的生息地があるとされています。私たちがフィールドにしている細見谷渓畔林流域はそうした中核的生息地でした。でしたと過去形で記述するのにはわけがあって、どうも最近では中核的生息地とは言えないのかも知れないという疑念が生じてきたからです。

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 この図を見てください。西中国山地のクマの生息域の変化を示したものです。最初の生息域調査は1979年のもの。このときは西中国山地にほぼ限られていました。有害鳥獣駆除の統計記録では、1975年ころからぽちぽちと集落に出没するクマが認められるようになり、それ以降は年ごとに駆除個体数が増加してきています(HFMエコロジーニュース111 参照)。

 2019年現在では、東広島市三原市尾道市府中市神石郡あたりまで広がっていると思いますが、その広がりの中に一様にクマが生息しているわけではありません。クマの生息数の推定値は中核的生息地の生息密度をある係数を生息面積に掛けて算出しているので、面積が多くなればそれに比例して推定値は大きくなり、過大に見積もる傾向があります。基本的に個体数推定の手法は確立されていないので、生息数の中央値を過大評価してはいけません。せいぜい一定の傾向をみることしか出来ないのが現状なのです。

 詳しいことは省きますが、1970年までの大面積皆伐、拡大造林策によって、国有林、民有林の広葉樹林の多くがスギ・ヒノキの人工林へと置き換えられてしまいました。同時に河川本流には利水を目的とした大きなダムが、支流の小河川には隅々まで砂防ダムが設置され、河川生態系は壊滅的な破壊を受けました。特にサケ科のゴギやアマゴは激減し放流しなければ姿さえ見られないような状況となっています。それまでは、秋の産卵期になると源流部の河川一体にはゴギやアマゴで水面が盛り上がるほどだったといいます。話半分としてもかなりの渓流魚やサンショウウオなどが生息していたことは間違いありません。クマは毎年産卵にやってくる渓流魚をいとも簡単に捕まえ、越冬前の栄養源としていたこことは想像に難くありません。

 こうした安定した水産資源が枯渇すると、クマたちはサルナシやウラジロノキなどの液果やブナ科のドングリ類に頼らざるを得ません。植物質の果実は毎年同じように実をつけるわけでもなく、豊凶の繰り返しです。しかも、動物質と比べ栄養価に乏しいとなれば、当然、クマの行動域は拡大し、生息域も拡大せざるを得ません。

 折しも中山間地域では、若い人たちを中心に都会へと移り住む人が増え、過疎化が進行します。と同時に里山と呼ばれる農業生産のための資源林はその役割を負え、放置されることになります。農業用の肥料に炊事等のエネルギー源に道具や住宅の資源として利用され尽くしていた生産物は不要なものとなりました。となればその生産物は野生動物が利用するというのは理の必然です。過疎の二次林は野生動物の生活の場へと変わったのです。

 そんな変化が顕在化してきたのが1990年代です。広島県の旧戸河内町では、この頃からクマの出没に頭を悩ませられてきました。盛んにクマフォーラムなる集会が開かれるようになったのです。

 そのころから既にクマは過疎地周辺の二次林をよりどころとしてくらし始めたのです。生息域の変動を見るとその拡大していく状況がよくわかります。

 こうして奥山から二次林(里山)へ生活の場をシフトさせてきた個体群はそこで再生産を繰り返していくうちにそこが彼らの故郷となっていきます。そして過疎化の進行と打ち捨てられた果樹園、廃田や休耕田の森林化とともにさらにクマの生息域は拡大を続けます。

 こうしてクマたちは市街地にほど近い二次林で暮らす内に、人との接触を深め、人のいることに慣れっこになります。待ちの景観も車の存在も、騒音もそして食糧も人間の廃棄物などを取り込んでいくようになり半都市生活者的はクマとなっています。

 一方、奥山では近年野鳥の声も聞こえぬ沈黙の森と化しています。森にも川にも生物の姿は薄く、とうていクマが豊に暮らせる場ではなくなっています。クマの食痕も爪痕もフンもほとんど見つからないのが現状です。

 広島・島根・山口三県共同の保護計画には、クマの中核的生息地の生息密度が回復するような森作りを促すことが盛り込まれていますが、残念なことに予算措置はなされていません。一日も早く、豊かな森林を回復し、クマが安定して暮らせる場を取り返すことが何よりも重要ではないでしょうか。それは私たちの将来の安全保障問題でもあります。

 

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やんばるの森事情・番外編

f:id:syara9sai:20190918152515j:plain ときおり大粒の雨が激しくたたきつける中、やんばるでの伐採地の視察を行った。今年(2,019年度)の国頭村村有林の伐採予定地は3カ所。宇嘉2.00ha, 宜名真2.00ha,と辺土の3.00haである。このうち前2地区、宇嘉と宜名真の森林は林道沿いの一部はリュウキュウマツの混交する二次林であるが、内部をつぶさに観察してみると沢筋の急斜面にはかなり古いイタジイが生育している。この2カ所は林道沿いでもあり、比較的目につきやすいせいなのだろうか、伐採はまだ始まっていない。

 今年の10月には、やんばる地域を含む南西諸島の世界自然遺産登録の可否の鍵を握るIUCN(世界自然保護連盟)の現地視察が予定されていることもあってのことなのかもししれないと思いつつ、最北の辺土の予定地へとむかった。そして目にしたのが前掲の写真の光景である。

 この辺土の伐採地は本島最北に位置しており、観光客はもちろん自然観察にもほとんど利用されていない地域である。ここはやんばる型林業林業生産区域」であり、国立公園の特別地域(第3種)に指定されている。つまり届け出さえすれば森林の伐採はほぼ自由な区域なのだ。国立公園は規制の厳しい特別保護地区と特別地区域(1~3種)および普通地域に区分されている。一見、国立公園の特別地域といわれれば、かなり厳しく開発や森林伐採が規制されているとの印象を受けるかも知れないが、実際はそうではない。厳しい規制が敷かれているのは「特別保護地区」だけであり、それに準じる「特別地域」はほぼ何でも出来る地域なのだ。

 もともと特別地域には1種、2種、3種などの区分は法律で決められているものではなく、政令で定められているにすぎない。つまり一種の通達行政の産物なのかも知れない。第2種、3種ともなると、特別でも何でもないほど規制は緩く、普通地域との違いは届け出がいるかどうかしかない。

 やんばる国立公園は2016年9月15日に指定を受けているが、それに先だって、沖縄県は2014年3月にやんばる型林業ゾーニング案を発表している。

 このやんばる型林業は、それまでのやんばる地域での皆伐などの批判を受けて有識者による審議を経て決定したもので、やんばる地域を、1.自然環境保全区域 2.水土保全区域 3.林業生産区域の三つにわけている。こうしてみると伐採が出来るのは3の林業生産区域だけのように見えるが、実際には1の自然環境保全区域でさえ伐採可能な仕組みとなっている。

 そしてこのやんばる型林業ゾーニングと国立公園の保護地域の区分とは奇妙に一致しており、明らかに公園化に際してこのやんばる型林業ゾーニングに配慮したことがうかがえる。

 辺土の伐採地はやんばる型林業林業生産区域(ここはさらに、自然環境重視型と自然環境配慮型とに細分されている)に位置し、国立公園の第3種特別地域である。

 百歩譲って、林業のための伐採を認めるにしても、生物多様性を著しく毀損するような施業はどう見ても脱法的なものといわざるを得ない。

 実際にどのような施業が行われているのかを見てみよう。

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 辺土の伐採対象となった森林はイタジイが優占するやんばるに典型的な森である。イタジイは樹齢50年以上で胸高直径が30cmを少し超える太さのものが多い。

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 切り倒された樹木は枝を切り落として4mほどに玉切りにされ、谷を跨ぐように集められ積まれる。この現場は林道が谷の源頭部ふきんを通っており、索道を使って尾根や谷を越す必要がない。ということで谷の源頭部から重機が沢に沿って下り、集材しているようだ。谷にははっきりとキャタピラの轍がのこり、谷は押し広げられている(次の写真)。

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 この現場はこれまで見たこともないような極めて乱暴な伐採施業である。これほど酷い現場ななかなかない。少なくとも本土の国有林ではこうした施業は許されていない。
 ここに1,999年1月に出された、「国有林野の各機能類型に応じた管理経営の指針について」という文書がある(最終改正 平成31年3月28日 30林国経第127号)。A4 8ページに渡る通達だが、五つの機能類型についてそれぞれの施業指針が示されている。

 五つのきのう類型とは1.山地災害防止タイプ 2.自然維持タイプ 3.森林空間利用タイプ 4.快適環境形成タイプ 5.水源涵養タイプ であり、ここ辺土の現場ではどの機能類型に属するのか定かではないが、少なくとも世界自然遺産としての価値を有するやんばる地域にあって生物多様性保全の義務を負っていることからして、林野庁のこの通達に準拠した丁寧な取り扱いが求められているはずである。
 このうち5の水源涵養タイプにあっては、「森林の裸地化と極力回避するため択伐を推進すること」とし、「尾根、斜面中腹、渓流沿いなど」に「おおむね50mの規模で保護樹帯を必要な箇所に設ける」ことや「特に渓流沿いついては、(略)生物多様性保全機能に配慮し、渓流への土砂の流出や伐採等に伴う過度の攪乱を抑えるため、積極的に保護樹帯をもうけるようにすること」としている。

 こうした渓流への配慮は生物多様性保全の面から極めて重要で、なにも水源涵養タイプの森林に限ったことではなく、かなり古くから本土の伐採現場で実施されてきたことでもある。

 どんな理屈をこねようとも、辺土の現場の惨状は決して看過できるものではない。もし国頭村沖縄県が自信を持って問題ない施業であると言うのであれば、来たるべきIUCNの視察団を現場に招いてみてはいかがだろう。

 国立公園への指定が保全措置を担保するという神話もしくは妄想はすべきではない。現実をしかと見つめ、多様性の保全のために何が必要か。どうすればその価値を村民や県民、国民と共有できるのかを考えることが行政に求められているのではないだろうか。現状を放置して何が世界自然遺産登録なのだ。登録の如何に関わらず、自然遺産の価値を認めた時点で、保全の義務を負うということを国や県、村などはもっと認識する必要がある。

 来月10月26日には、こうしたやんばるの抱える問題についてシンポジウムが企画されています。会場は那覇市国場の沖縄大学で午後2時から5時の予定だそうです。私も話題提供者として参加の予定です。翌日にはこの現場へのエクスカーションも予定しています。心の準備をしておいてください。

 多くの市民の声が行政を動かします。どうぞ声をあげてください。

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やんばるの森事情6-乾燥化がもたらすもの

 数年前のことだが、アメリカ中西部へ野生動物を求めて出かけていったことがある。そこは半砂漠のような乾燥地であるから、湿度の高い日本に暮らしている者にとってはかなりのストレスとなる。放っておくと膚は乾燥して指先にはささくれができたり、唇はひび割れるので、ワセリンやリップクリームが必需品となる。それに比べて、長年通ってきたタイのモンスーン林(カオヤイ国立公園)では快適であった(特に雨季)。こうした各地への旅で、生きものにとって水のあるなしの影響を文字通り膚で感じることができる。

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アメリが中西部のイエローストーン国立公園

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タイのカオヤイ国立公園・熱帯モンスーン林


 生きものの生存にとって欠かすことの出来ない水。その水をどのように確保するか。その方途こそ進化の推進力であるといってもいいのかもしれないくらい、水の問題は生物の生死に直結する。ある生物は砂漠のような乾燥地にも耐えられるような生活と体制を獲得したし、またあるもの(種)は湿潤の環境を求めて移動分散を繰り返してきた。それは動物だけではなく、植物にとっても同じことである。水にどっぷりつかって生きる植物もあれば、砂漠や乾燥した高山などにも生育する植物もある。

 ここ沖縄北部のやんばるの森は植生帯としては亜熱帯林としてしられているが、意外にも乾燥しやすい地理的環境にある。特に冬の北西からの季節風のせいで尾根部はかなり乾燥している(やんばるの森事情1参照)。わずかに50mほどの標高差でも、沢筋と尾根筋では森林内の湿度はかなりことなっている。

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 上のグラフは伊江川の支流沿いの森林湿度と温度の年変動を調査した時の秋から冬にかけての変動を示したものである(やんばるのまか不思議p117から引用)。各グラフの上の折れ線は湿度、下のそれは温度の変化を表している。これをみると温度はほぼ3地点とも同じような変動をしている一方で、湿度は安定して高い谷底(沢筋)から中腹(川から約25m上部)と尾根部(川から約50m上部)へと川から離れるにしたがって変動幅は大きくなっていることがわかる。わずか25mほどの中腹でも既に変動が大きく、乾燥化が生じていることが見て取れる。

 そして皆伐された場所では下の図が示している通り、谷底の川沿い、本来ならば湿度はほぼ安定して高い場所なのだが、その谷底の川沿いでも湿度の変動は大きく、中腹もしくは尾根における湿度変動に類似してくる。つまり森林の伐採によって乾燥化が進むということである。

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ササラダニ類に見られる皆伐の影響

 調査地である伊江川の支流域は古い二次林で、やんばるの森の原型をよくとどめている。このようなほぼ原生的なやんばるの森にはまだまだ未発見の生物種が生息しており、2009年には青木淳一横浜大学名誉教授によってササラダニの新種が発見され、カワノイレコダニ命名された。このササラダニという生きものは、植物の枯れ葉などをかみ砕いて食糧とする土壌中のダニの仲間で、人に害をなすマダニ類のようなダニ類ではない。いわば森の清掃屋とでもいうべき存在で、ササラダニが植物片などの有機物を細かく分解している。そしてササラダニが分解したその分解物は、有機物を無機物(主に二酸化炭素と水)に分解するバクテリアの活動を支えるものである。いわば物質循環の重要な位置を占めている生物群である。このササラダニの仲間は多くの種が知られているが、それぞれ異なる環境下で暮らしていることから、環境指標生物として認識されている。やんばるでも湿潤な原生的な森林環境に生息するものから攪乱された比較的乾燥した環境でもくらせるものまで多くのササラダニ類が知られている。

 次ぎに示す表は、青木淳一さん(横浜大学名誉教授)が行った、やんばる地域の原生的な森林、皆伐5年後の森林、皆伐1年後の森林におけるササラダニ類生息種調査結果の一覧である(青木淳一)。

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 この表を見れば一目瞭然であるが、皆伐がササラダニ類の生存に大きなダメージを与えていることが見て取れる。一般にササラダニ類は乾燥に弱く、森林内の安定した湿度環境が失われると消滅してしまうササラダニ類が多い。温暖で雨の多いやんばるでは伐採後5年も立つとかつての皆伐地は一見原生的な森林かと見まがうような森に復活する。しかしそれはあくまで一見したところにすぎないのであって、そこに暮らす生物相はかつてあったものとは全く異なる単純なものに変貌してしまっている。このことをもっと知ってほしいのである。

 

立ち枯れの進行

 森林伐採による乾燥化の問題は土壌生物だけではない。皆伐地の周辺や林道沿いにはイタジイの立ち枯れが目立つところが散見できる。下の写真は宜名真の伐採地と謝敷の林相沿いの立ち枯れである。この両地域とも冬の季節風が吹き抜ける場所にあるのだが、その季節風にも耐えてイタジイの群落が存在していた。ところが林道が山を切り通して設置されたり、皆伐されたことでその群落は今では白骨林となって無残な姿をさらしてる。

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謝敷林道沿いの立ち枯れ

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宜名真皆伐地周辺の立ち枯れ

 やんばるの尾根筋は風当たりが強く、比較的乾燥している。それでも長い時間をかけてイタジイが群落を形成しているところは少なくない。過酷な環境故に樹高は低く、成長も遅いので材は堅くなる。その結果、尾根付近のイタジイはノグチゲラが巣穴を穿つのに適してはいない。それに比べて谷底周辺のイタジイは材が柔らかく巣穴を穿ちやすい上に、幹が斜行しているので雨よけにもなりノグチゲラの格好の営巣木となるのだ。とはいえ、尾根部のイタジイはここに暮らす動物たちへの食糧資源の供給や次世代を担うイタジイの種子の供給源(母樹)として重要な機能を果たしている。
 山全体がイタジイやイジュを主体とする樹木で覆われていれば、季節風樹冠の上を吹き抜けたり、その風は林内へ吹き込んでくるのだが、その風の圧力は森林内で急速に衰える。そのため林内には極度の乾燥は生じず、イタジイは何とか枯死することなく存続できる。しかしここに山を切り通して林道を敷設すると、事情は一変する。そこに路面と法面に囲まれたパイプ上の風の通り道ができると風は速度を増して林道を吹き抜けることになる。すると林道の両側、つまり法面の上部の森林は吹き抜ける風の陰圧をうけて林内から湿気を含んだ大気が吸い出されることになる。この二つの力が合わさって林内の湿潤な大気は押し出されるので、林道周辺は極端に乾燥化が進行する。その結果の立ち枯れなのだ。皆伐も同様なメカニズムで乾燥化が生じている。

 このような乾燥化は、オオタニワタリオキナワセッコクなどの着生植物にもそしてヤンバルクイナの食糧でもあるカタツムリ類などの陸産貝類の減少にも関係している。


 その一方で、乾燥化し直射日光が当たる伐開地や林道沿いにはススキ等のイネ科草本類が繁茂し、そこを格好の生息地とするバッタなどの昆虫類が増加する。そしてもっと大きな問題はこうした環境を好む外来種、フイリマングースが進出し定着することである。そこはバッタ類を捕食するキノボリトカゲの生息地でもあるから、当然マングースとの競合がおこり、キノボリトカゲの生存はおぼつかない者となる。

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林道沿いで見つけたマングースのフン

 森林の皆伐による林地の乾燥化はこれ以外の様々な影響をやんばるの自然に与えたいる。たとえば、土壌の流亡である。皆伐地は乾燥地となるが、一旦雨が降ると基質がむき出しの伐開地はたちまち泥流となり、河川を通じて周辺の海域へ流れ込む。この土砂が沿海の生物相に多大なダメージを与えていることは言うまでもない。

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 森林の皆伐はやんばるに固有な自然をどもまでも破壊しているという事実に目を向けなければいけない。

余談

 やんばるでの森林破壊について行政側の学者のなかには、適度は攪乱は生物多様性にとって必要として、皆伐を容認する人もいますが、こうした雑ぱくな議論は害毒でしかないように思います。たしかに原生的な森の一部で、巨樹が枯れて倒れた時などはギャップと呼ばれる日当たりの良い部分が生じ、そこでは休眠していた種子が発芽したり、様々な生物が活動し始めるなど多様性と生産性が向上します。しかしそれは攪乱の規模が小さく周辺の生物相が大きなダメージを受けない状況の中での動的平衡現象なのです。皆伐のように大規模に生息地そのものを破壊し回復し得ないようなダメージを与えることは適度な攪乱とは言えません。ただ、規模というのは地理的な広がりだけではなく継続する時間も含めての話です。短期の攪乱か継続して続く攪乱かによってもその意味合いはかなり異なります。

 立ち枯れの話でも、台風などの自然現象による一時的な破壊(攪乱)と同じと論じるのもまた詭弁なのではないでしょうか。

 確かに人為(農業など)の自然の改変による人為的自然という環境をどのように評価するかといったデリケートな問題もありますが、攪乱と破壊との関係を常に考えていくことが重要なことと考えています。

 というわけでやんばるの森を守る活動は今後も続きますが、この拙文がその一助になれば幸いです。やんばるDONぐりーすとの共同調査は今後も続きます。多くの方の参加をお待ちしています。

 やんばるの森事情は今回で一応の区切りとなりますが、終わったわけではありません。まだまだ新しい発見もあるに違いありませんので、その折々にまたその報告をすることにします。




 

 



 

 

 

 

 




 

 

やんばるの森事情5-枯れ木の効能

 

 前回は森林の皆伐ノグチゲラの生活の脅威となっていることを指摘しておいたが、今回は枯れ木の効用について考えてみよう。 

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 長い間伐採を逃れてきたやんばるの森を覗いてみると、写真の様な太い枯れ木が林内に点在していることに気づく。これらはおそらく、自然死した、樹木が枯れる要因は細菌類の感染による病死であったり、台風などの物理的な力が加わった結果の事故死であったりと多々ある。まれに寿命が尽きてということもあろう。こうして枯死した古木にも生態学的な価値、あるいは生物学的多様性にとっての価値は存在する。寿命が尽きた古木、もちろん他の要因で枯死したものでも良いのだが、枯死してから姿が消え尽きるまでにはそれ相当の時間が必要で、その時間経過の中で、こうした枯れ木は朽ち果てるまでの間様々な機能を果たし続けるのである。 

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 これなどは、枯死してから間もない状態のイタジイである。どうした加減かわからないが、枯れた幹の空洞に小枝が詰まっている。ノグチゲラの巣穴だったところに他の野鳥かネズミ類が持ち込んだのかもしれないが、よくわからない。ともかくこうして枯死した樹木は材を分解する昆虫類やムカデ類などの節足動物やその幼虫の食料や生活の場となるし、菌類の生活資源ともなる。材はかみ砕かれるなどの物理的破壊や消化といった生物化学的な破壊をうけ、徐々に消滅していき、やがて土壌へ帰って行く。そしてその後には他の植物の生長のための物質として再生していくか無機質となって空気中に拡散していく。これが物質循環という現象である。この物質循環の規模は地球的な規模からごく狭い森林の一部で完結することもある。その循環のシステムは生物が担っていたり河川や空気といった無機的物理的なものに依存している場合もある。この物質循環系がいわゆる生態系(エコシステム)と呼ばれるものである。したがって誤解を恐れずにいえば、この循環系の担い手が誰であろうと物質循環系はなくなることはない。したがって生態系を守れというスローガンには物質循環の具体的な担い手の顔は問わないことになる。とはいえ、系が残っても在来の生物群集が消失したり、極点に変容することを容認することはできないしすべきでもない。つまり守るべき生態系とは進化史を通じて築き上げてきた関係の相対としての在来の生物群集が担う生態系でなければならない。

 話がすこしそれてしまったので元へ戻そう。閑話休題

 昆虫やその他の節足動物の生息場所となれば、それを補食するより大型の昆虫や両生類、は虫類、あるいは陸産貝類などの小動物、さらにそれらを補食する野鳥や哺乳類などの狩り場となる。

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上段の写真の右2枚は、枯れ木に住み着く昆虫類(ホソカタムシ)を採取している青木淳一先生。下段は枯れ木を生活の場とする昆虫類とそれを補食しに集まる野鳥(左からヤンバルクイナノグチゲラホントウアカヒゲ)。

 つまり枯損木はそのものが他の生物たちの生活の場となっていたり、栄養源となっていたりするということだ。およそ生きとし生けるものは水(湿度)を欠かすことは出来ない。水の欠乏を来さないようにどうするか。生理的な対応をしたり生活の場を選択したりとあらゆる努力をしている。そうして視点から見ても枯れ木はある程度腐朽が進んでいくと、材がスポンジ状になることで、保温保湿装置として小さな節足動物や菌類などの生活場に適した環境を有することになる。湿度と温度が安定していることはこうした乾燥に弱い生物にとって大変ありがたいものであることは容易に想像できるに違いない。絶滅が心配されている、やんばるの固有種でもあるヤンバルテナガコガネなどはオキナワウラジロガシやイタジイの巨木の枯れ木を主な生息場所としていることはよく知られている。沖縄が返還された直後からやんばるの森林伐採が行われたのだが、その際に切り出された材を保管しておく土場から、多くのヤンバルテナガコガネが這い出してきたという話を聞いたことがある。皆伐された樹木はすべてが生木ではない。心材が腐朽した古木もすべて切り出されたためにこうした現象がみられたのであろう。

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 腐朽がある程度進んだ枯れ木は地面に倒れてしまうが、そうなるとさらに、細菌類の活動も活発になり土壌中の多様な菌類も加わって動的平衡を保ちながらの独特な細菌ワールドを形成するようになる。そうなるとこれらの菌類の多様性と共生する特殊な生活形をもつ植物、多くはタカツルランのようなランの仲間が顔を出すようになる。タカツルランは絶滅危惧ⅠAに指定されているランであるが、このランは菌類に依存して生活しているラン、菌類を食べるランとして知られている(菌従属栄養植物タカツルランの菌根菌の多様性)。

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 私たちはやんばるの伐採現場を歩いていてこのタカツルランに何度か出会ったことがある。しかしこうした出会いの内のあるものは皮肉なことに皆伐がもたらした一時的なあだ花として出現したタカツルランだったようにも思える(上の写真、上段)。

 つまり、伐採された樹木を捨てた古い土場には多量の腐朽木材が堆積しており、そこがたまたま豊かな菌類相が出現してタカツルランの生育に適した場となっていたからである(下の写真2枚)。こうした土場は本の一時的に出現する菌類多様性ワールドで、数年で雲散霧消してしまうからである。そのあとは乾燥した裸地や(外来種が優占する)草地となり、豊かな森林には戻らないからである。本来のやんばるの森は極めて部分的に、つまり枯れ木の周辺にこうした世界が出現するのだろう。長い時間経過の中で、場所を変えながら転々とこうした偶然の産物を出現させるところに多様性の面白さがある。それ故に希少種といえども絶滅はしない仕組みが存在しているのだ。

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タカツルランが生育していた伐採による廃材捨て場

 枯損木が点在する森林は湿度の安定性もある。スポンジ状の枯れ木に雨水がしみこむと一旦水を保持し、その後ゆっくりと水分を放出する。つまり、枯損木は森林内の保湿器としての機能をも持っているということになる。空中湿度が高く安定していることはやんばるの森に暮らす生きものたち、特にカタツムリやナメクジ類などの陸産貝類などの生存に寄与する。であればそれらを餌とするヤンバルクイナなどの野鳥たちにも豊かな暮らしの場を提供していることにろう。逆にそうした豊かな環境が失われれば、当然そこに暮らす生物にとって暮らしにくくなる。若木も老木も枯れ木も切り倒し、運び去る皆伐が止まない現在のやんばるは間違いなく後者の様相をていしている。

 ということで今回はこれくらいにします。次回は皆伐による森林の乾燥化について考えて見る予定です。

 


 




 

 


 

 

 

やんばるの森事情4-イタジイとノグチゲラ

  やんばるの森を歩いていると、太い木の幹、地上数mの高さに直径数センチの穴が空いているのを見つけることがある。

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 よくよく観察してみるとこうした穴にはある特徴が認められる。まず穴はそのほとんどがイ20cmを超えるタジイの幹に穿たれていること。そしてその穴の多くは谷側に傾いた幹にあってやや下向きに開いていること。そして穴の前方には一定の空間があること。などである。
 そして比較的新しい穴には穴の下側に写真のように穴の下側が爪でひっかいたような痕が残っている場合がある。

 そう、この穴は、ノグチゲラの巣穴である。

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  ノグチゲラの産卵数と巣立ち雛
 ノグチゲラ(Sapheopipo noguchii)は沖縄やんばる地方のみに生息するキツツキで、国の特別天然記念物にも指定されている固有種である。環境省レッドリストには絶滅危惧ⅠA類に分類されている。ノグチゲラは主に胸高直径20cmを超えるイタジイの幹に巣穴を掘って営巣し、子育てをするが、沖縄県が進める森林整備事業に伴う皆伐によって生息環境は悪化の一途をたどっている。営巣できる太さのイタジイが減少していることは我々CONFEの調査(「やんばるにおける森林伐採・施業とノグチゲラへの影響について(市川他)」日本森林生態系保護ネットワークの報告書2014)でも明らかなのだが、こうした森林植生の破壊は、イタジイのみならず森林におけるあらゆる生物群の生活の場を破壊し、生物生産力を奪う。ノグチゲラも例外ではない。少し具体的に考えてみよう。
 環境省の調査によれば、ノグチゲラの産卵数は平均で4-5個で、巣立つ雛の数は2羽と半減するという(巣立ち成功率50%弱)。このことは環境省発行のパンフレット「ノグチゲラ」に紹介されている。
 一方、帯広におけるアカゲラでは、巣立ち成功率は76.6% (67.7-90.0),巣立ちヒナ数は3.5羽(1-6)という例が知られている(バードリサーチ バードリサーチニュース2009年5月号 Vol.6 No.5 )。事例が少ないので断定的なことはいえないとしても、近似種のアカゲラに比べ、巣立ち成功率はかなり低い。この事実は育雛のための餌の資源量が不足していることを伺わせている。

 ノグチゲラの親鳥は雛がかえってからは育雛のための給餌で忙しくなる。何しろ4-5羽の雛の餌を調達しなくてはならないからだ。かつてノグチゲラの育雛状況を観察した人の話によれば、親鳥は巣穴を離れて数分と立たないうちになにがしかの餌(主に昆虫の幼虫)を採って帰ってきたという。しかし最近ではこの給餌時間の間隔が伸びてきているように感じるという。仮に倍の餌を確保するために以前の倍の時間がかかれば、半分の雛しか育て上げることはできなくなる。つまり、森林の生物資源量が減ったことで巣立ちする雛の数が減ったのではないかと考えることもできる。給餌間隔や餌の種類などの詳しいデータはないのだが、少なくともオオシマゼミやカミキリムシなど様々な昆虫類の減少はノグチゲラの育雛にはマイナスにしか作用しないであろう。

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ノグチゲラは地面でも採餌することがある

 こうした問題を提起すると必ずデータ不足を根拠に推測にすぎないとして森林破壊との関連を無視する傾向があるのだが、少なくとも無関係とする根拠もないことを考える必要がある。野生生物保護においては必ずしも科学的データが必要なものではない。むしろそこに拘泥することの方が弊害が大きいともいえる。特に様々な要因が複雑に絡み合ってのことであることは重々承知してはいるが、少なくとも保護上マイナスとなる要因である可能性があればそれを極力除去していく対策が必要であろう。
 確かにかつてのやんばるの森の生物生産量に関するデータはないのだが、確実に劣化していることを示す傍証はある。たとえば天然記念物のオカヤドカリの採取データによれば、1982年には56tもあったのが30年余り後の2010年には2t程度に激減している。これは、ペットブームによる需要の減少ということも影響されるので、必ずしも個体群の盛衰を反映しているものではないが、どこにでもいたオカヤドカリを最近では目にしないという住民の感覚から観て、かなり減少していることは間違いないだろう。同じことは、オオシマゼミでもみられる。あらゆる野生生物が減少しており、確実にやんばるの森の生物生産力が減衰していることを窺わせる。そのことがノグチゲラの巣立ち成功率に影響している可能性はかなり高い。人造の巣箱の設置などという小手先の対策ではなく、森林の生産性を回復させる努力が求められる。

 このような目に見える森林性の生きものたちの衰退ばかりではない。小さくて普段目にすることもないような生きもの、たとえばササラダニのような土壌生物なども森林伐採によって酷いダメージを受けることになる。これについてはいずれ紹介することにしよう。

 なせノグチゲラはイタジイに営巣するのか?

 ノグチゲラの巣穴は前述したとおり、そのほとんどがイタジイである。最近では林相沿いのリュウキュウマツやタイワンハンノキなどにも営巣する例が報告されているが、これは適当な太さのイタジイが少なく、やむなく代替の樹種で営巣しているようにもみえる。

 ノグチゲラアカゲラに近縁なキツツキで、アオゲラのような生木に穴を穿つだけの力はないという。その点、イタジイは本土のスダジイとはことなり、樹皮に近いところはある程度の堅さが有るものの材は水気を含んで柔らかい。つまり、穴の入り口は強固であるが、内部は柔らかく生木でも穴を穿つことができる。理想的な樹種なのだろう。ただ、水気を含んだ柔らかい材は耐久性に乏しく、一年で内部は腐朽してくるようだ。したがって、ノグチゲラの巣穴は一年限りということになる。沢筋のイタジイはよく成長し、営巣に適した太さになったものが多い。ただ尾根筋のイタジイは成長が遅く、営巣に適した太さのものは少ない。加えて、谷筋では幹が谷方向に傾き、谷側に穴を穿てば、雨の進入も防げるし、前方にはやや開けた空間を確保することができる。

 以上の理由から、ノグチゲラの営巣場所は沢筋のイタジイが多くなるのであろう。

  とにもかくにもノグチゲラが営巣できるイタジイはおおむね胸高直径が20cmを超える太さが必要であるが、本土復帰後からうち続く森林伐採の影響で、こうしたイタジイの林分はかなり少なくなっている。 

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 環境省レッドデータブックによれば、「森林伐採や林道建設、農地開発、ダム建設等により、生息地である天然林が極度に縮小した」ことがノグチゲラ生存の脅威となっていると指摘したうえで、様々な保護策を検討しているというが、現在も森林伐採は放置されたままで、国立公園内でも禁止措置を取り切れていないなどその内容はかなりお寒いものでしかない。

 市川弁護士は報告書の中で、「このような調査は、過去、同一の試験地を用いて皆伐前と皆伐後14年後の林分構造を調査した例や異なる試験地における皆伐後30年後の林分構造の調査(高橋玄et al. 2009)による結果が発表されている。この過去の調査結果ではイタジイの胸高直径は皆伐前に20~25cmのものが多数を占めていた森林において、皆伐14年後では2~4cm、皆伐30年後でも8~10cmの直径にしか成長しないものがほとんどであったとのことである。つまり、皆伐後30年を経過しても、ほとんどのイタジイの胸高直径は10cmほどにしか成長しない、ということなのである」と指摘している。

 やんばるの森の皆伐はこのように直接ノグチゲラの営巣場所を奪い、採食地としての質の低下や喪失をもたらす。このことが他の生きものとの関係を裁ち切り、生物相全体へ影響を及ぼすことになる。そして何よりもノグチゲラの進化史を断ち切ることにもなることをもっと真剣に理解する必要がある。進化する場の保全、それこそが世界自然遺産登録の意義である。

 今回はこれくらいにしておきます。次回もまた森林の破壊による生物多様性への影響を考えてみます。

 

 



 

 

 

アサリ漁の復活はあるか

 私の住んでいる廿日市市大野地区は、知る人ぞ知る「大野あさり」の産地である。宮島の対岸の干潟(前潟)は大野瀬戸に面し、永慶寺川、毛保川などの小河川が流入する砂礫干潟である。干潟の規模はさして大きくはないが、以前からアサリの産地として漁が営まれていた。が、1975年突然アサリが絶滅するほどの大量死が発生し、以後生産猟は大幅に落ち込んだという。しかし近年、全国的なアサリ不漁の中にあって、手掘りアサリとして、大きくふっくらとして、美味なアサリとして知られるようになり、品薄状態が続いている。

 そこで、地元漁協と研究者との協働作業としてアサリの生産量復活のプロジェクトが立ち上がった。その辺の事情については、アサリ漁民となってみた-アサリ養殖は儲からないが役に立つを参照してほしいが、今日は、この稚貝採取の作業風景についてリポートしてみます。

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 4月になり、今年も稚貝採集の時期が巡ってきた。大潮のこの日は宮島の須屋浦で稚貝の採取を行うということで、作業に必要な道具を積み込んで、漁船に分乗し、約30名の有志が大野下の浜漁港を出発した。この日の大野瀬戸の干潮は午後3時30分、潮位50cmの大潮。午後2時に出港し、須屋浦までは10分ほどだろうか。ちなみに須屋浦というのは宮島の最西端に位置している。

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須屋浦海岸

 カキ筏の間を縫って須屋浦海岸に到着。

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 写真にある廃墟のようなものはカキの稚貝採取用の棚で遠景は大竹の化学工場群である。かつてこの工場群から排出された有害物質によって様々な公害が問題となったのが1970年代のことだ。この頃、海はどぶの様な汚水となって異臭を放っていた。これが、アサリの大量死に関係していたのかも知れない。

  それはともかく、作業用品を下ろして準備が整うと、各自十能を使って砂浜の表層約3cmほどの砂を掬い取り、青い網袋に半分ほど入れたら、口を閉じ、砂浜に並べていくのだ。

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 この時期のアサリの稚貝は数ミリ程度の大きさで、なかなか肉眼では見にくい。巣は浜を指でなぞってみると、見つかるのだが、中にはかなり大きく育っているものもある。ただ稚貝はそのほとんどが3cmより浅いところにしか生息していないので、深く掘ってもむだである。ひたすら表面を掬い取って、網袋に入れる。口を閉じる。並べる。といった作業を繰り返すのみ。

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 単純作業であるだけにこれを3時間ほど続けるのはかなりの重労働である。中腰での作業なので腰は痛く、太もももじんじんしてくる。途中で休憩をはさむが、この時間はカキの稚貝採取用の櫓の根元に生えているワカメをいただくことに。

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 持ち帰ってめかぶを三杯酢で食べるとこれが、大変に美味しい。新鮮さが命なのだ。

このワカメは冷凍保存しておいて、通年利用することができる。単純重労働のご褒美だ。

 午後5時潮が満ちてくるのを合図に、作業は終了し、アサリ養殖の復活を祈念し、集合写真を撮って帰途に。

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 こうして稚貝採取の初日は無事終了したのだが、ただこの海域にも問題がないわけではない。一次産業の工業化と商業主義化は生産コストの削減と作業の効率化に飽くことなく突き進まざるを得ない。そのために目的外の生物やその生息地の保全には目をつむることも多い。

 ここ数年、顕在化してきたマイクロプラスチックの問題もその一つである。かつてより海は透明度を回復し、一見きれいになったように見えるが、その実、目に見えない汚染が深刻化しつつあるという。これはグローバルな問題として極めて深刻なもんだいでもある。が、カキ養殖などの零細企業として漁業が成り立っている現状からは目に見える汚染も極めて深刻である。

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 上の写真は須屋浦の景観である。宮島は町の周辺以外は、島の周囲ほとんどが自然海岸でコンクリート護岸はない。そのことが劣化した瀬戸内海の生物的自然をなんとか養っている。大野のアサリ養殖がが何とか存続できるのも宮島の存在が大きいのかも知れない。

 上の写真に写っている森の手前の薄茶色の茂みはハマゴウである。ハマゴウは常緑の小低木で夏に薄紫の花を咲かせる。

 しかしながら、写真のハマゴウは葉をすっかり落としてしまっている。枯れているのかどうかは不明だが、心配な景観ではある。

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 工場群の排出する汚水や廃棄物などはだいぶ軽減されているが、カキ養殖にまつわる別な汚染問題も深刻化しつつある。

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 カキを育てるためのカキ筏はタケを組んで作られる。浮力を増すために筏の周囲には発砲プラスティックの浮きが取り付けられている。その筏からは番線が海中に伸びており、その番線にはホタテ貝の貝殻がプラスティックの管をはさんで吊されている。ここにカキが付着して成長するのだ。数年の耐用年数を経て筏は廃棄されるが、その筏を野焼きしているのが上の写真である。タケそのものを燃やすことにはそれほどの問題はないのだが、タケと一緒に様々なプラスティックや不燃物までもが処理される。もちろんカキそのものも焼かれる。プラスティックからはダイオキシンのような有害物質が発生する可能性も無視できないだろう。焼け残りは海に散逸する。

 こうした作業が終わるのを待っているのがシカである。シカはカキの貝殻やカキの身を食べに集まってくる。カキだけを食べるのであれば、さほど問題はないのかも知れないが、有害物質を含む消化不能なものも口にする。これらはすべて第一胃に滞留し、シカの健康を損ねる原因となる。町のシカもゴミの摂食による餓死が問題となっている。

 筏の処理に関わるゴミ以外にも台風などの自然災害による筏の損傷、沈没などによるゴミ汚染も無視できない。

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 これは損傷したカキ筏の残骸が打ち上げられたものである。もう20年近く前の写真だが、今でもこうしたゴミは管理者が不明なために放置され、蓄積していく。時に行政が処理する場合もあるようだが、それには税金が使われることになる。社会的コストを考えると大変な損失に違いない。

 産業の低コスト化を追い求める一次産業の工業化は、生態学的な矛盾を抱え、時に生物多様性を蔑ろにしかねない。漁業の工業化、つまり養殖漁業の総コストを生物多様性の価値と比較して論じる必要を感じているが、複雑で広範な利害関係が絡んでいるこの問題をどう処理していけば良いのだろうか。

 わかっちゃいるけど、手が出ない。こんな状況が続いている。しかしこの矛盾の行き着くところは、生存の危機である。何とかしようといいう思いが、新たになった稚貝採取作業でした。

 

やんばるの森事情 3 森は生物の暮らしの場

 前回はオキナワウラジロガシについてでしたが、少しだけ補足しておきます。

 やんばるに産する樹木はたいてい成長が速く、材質が柔らかく耐久性に問題が有り、建築材などには余り適していない。そのかなではオキナワウラジロガシ、イジュ、モッコク、イヌマキなどは材が堅く、数少ない有用材として貴重な存在となっている。中でもオキナワウラジロガシやモッコクは貴重で、琉球政府によって厳重に管理され、一般市民用の住宅にはほとんど利用されることはなかったようだ。ちなみにオキナワウラジロガシは首里城の「守礼門」の門柱に使われている。

 わずかにイタジイ(板椎)が利用されていたが、現在でも沖縄の木造住宅に利用されるのは県外産が大部分を占め、やんばる産の建材はほとんどない。このうちモッコクやオキナワウラジロガシは、かなり希少なので古くから伐採が制限されていたようだ。

 もう一度やんばるの森を構成している樹種を見てみよう。典型的なやんばるの森を遠望すると、ブロッコリーのようなモコモコとしている。これらはほとんどイタジイが優占する森なのだが、古い森に足を踏み入れてみると、様々な樹種が生育していることに気づく。

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 やんばる地域には網の目のように林道が敷設されていて驚くばかりなのだが、その林道に車を止め、谷を下って川へ出る。やんばるでは川を道代わりに歩いて森を観察するのも一つの方法である。日当たりが良く水の豊かな場所には、沖縄の森ならではの木生シダであるヒカゲヘゴが見られる。

 ヒカゲヘゴは高さ10mを超えるものもあって、いかにも亜熱帯らしさを醸し出している。春、ヒカゲヘゴの大きな葉が展葉する前、伸びた若葉はゼンマイのように山菜としても利用されるという。湯がいてマヨネーズで食べるとそれなりに美味しいとのことだが、私はまだ試していない。このほかにも着生シダのオオタニワタリも山菜として利用される。

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 亜熱帯のやんばるには大型の木生シダ以外にもリュウビンタイ(写真)やオニヒゴなど多くのシダ類が生育している。

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 さて話を少し戻そう。川を遡上しながら観察してみると、イタジイに混じってイジュ、崖の上にはオキナワウラジロガシ、少し斜面を上がったところにはタブ、小尾根にはヤマモモといった具合に一抱えもありそうな巨樹が点在している。 
 そうした巨樹の幹をたどって情報へと視線を写すと、時に一風変わった植物を見つけることがある。先ほどのオオタニワタリもそうだが、もっと美しいオキナワセッコクやフウランなどのラン科植物が見つかることもある。

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オキナワセッコク

 これら着生植物は他種の幹に着生しているだけで決して寄生しているわけではない。つまり、生息地を提供してもらっているだけで、栄養分を横取りしているのではない。着生植物が多いということはとりもなおさず、空中湿度が高く、安定していることの証でもある。林冠が閉じた古い森は林内の湿度が高く保たれており、様々な生息地を作り出している。これが生物学的多様性の一例でもある。生物の多様性が高いということは多くの種が存在しているということではあるのだが、もう少し深く考えて見ると多様な生物が生きているということは、それだけ多様な関係が存在しているということを意味している。生物はそれぞれに固有な歴史をがあり、その歴史の中で他種との関係を培ってきたのだが、こうした生物同士の相互作用が新しい世界を生み出し、その世界に適応すべく自らの振る舞いや暮らしぶりを変えていく。この生物の歴史を進化という。だから地域の自然はそれぞれに固有なものとなる。とくに琉球列島の島々にはそうした固有性が色濃く残っている。世界自然遺産としての価値はそこにある。

 

薄い腐葉土

 樹上から地面に目を転じてみよう。やんばるの森は本土の山地とはやや異なり、地面が余りふかふかではない。スポンジのような腐葉土層が断然薄い(写真)。

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腐葉土層が薄い

 やんばるの森の腐葉土層はせいぜい数センチほどで、すぐに堅い基質が現れる。湿度の高い熱帯や亜熱帯の多様性に富んだ地域は、当然のことながら生物の活動が活発である。落ち葉や動物の死骸はたちどころに分解され、その産物はそく他種の生産のための養分として利用される。したがって分解物のストックがない。在庫を置かないどこかの生産現場のようにある意味自転車操業的な面がある。一旦森林が破壊されると、薄い土壌層は失われ基質が露出することとなる。こうなると多様性の復活はかなり困難になりかねない。

 オキナワウラジロガシやイタジイ、ヤマモモなどの巨樹は板根状の根を斜面に張り、そこに腐葉土層を形成するという機能が認められる。強い雨樹冠で受け止め、樹幹を伝わってゆっくりと地面に流す。その流れを板根が受け止め腐葉土層を形作るのだ。やんばるの森の巨樹の周辺にできた暑い腐葉土層にはそれこそ多様な菌類など目に見えない生物が様々なネットワークを形成する。そうした複雑な生物ネットワークに支えられてラン科植物が生き抜いてきたらしいこと、ランの研究者に教えていただいた。

 これら目に見えない土壌生物も含めて森の様々な生きものについてはおいおい紹介していくことにするが、とにかく、古い森の皆伐は、想像以上に生物世界に大きなダメージを与えている。次回は、イタジイとノグチゲラについて、その後は森林伐採による湿度の低下がもたらす様々な影響と枯れ木の存在意義について考えてみたい。

 爺のつぶやきー最近どうも頭が働かない。いいたいことはたくさんあるがうまくまとまらない。まさに老化現象。今回もまとまりのない話となって締まったのですが、勘弁してください。一つには自然が余りに複雑なので、やむを得ない面があるのですが、どうか新報強くお付き合いください。

 

 

 

 

シカのフンからガラスを作る

サル・シカ・原始林ニュース  139号 2003.04.23

やけくそで作ったガラスー宮島野外博物館セミナーリポートー

 

という記事があったのを思い出した。このサル・シカ・原始林ニュースはこの後、HFMエコロジーHFMエコロジーニュースへと発展し、このブログへとつながるものです。広島フィールドミュージアムの広報誌です。

改めて読んでみて、この頃は実にいろいろな試みをしていたものだと我ながら感心する(冗談です)。

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シカのフンで作ったガラス

埋もれさせてしまうには惜しい記事なので、ここに再録することに。

 2003年4月20日日曜日はあいにくの雨模様だった。この日は久しぶりに野外博物館セミナーを宮島で行うことになっていたのだ。なんでこんなめでたい日に雨が降るのだ。小雨決行(結構)と案内しておいたが、これが小雨と判断する人は少ないかも知れない。はっきりした雨で傘ナシではしんどい。というわけと案内の不徹底とが重なって参加者は少ないと覚悟して集合場所へいった。案の定少ない。今年の春はいつになく花が多く、宮島の森を散歩するのが楽しみだったのだが、雨に打たれてせっかくの花もうなだれて、愛でるに愛でられないといった塩梅だ。大元公園ではモミの新緑と実生がちらほら目に付くが、程なくして全てシカに食べられてしまうことになる。
 大元公園の地面はシバとコケに覆われたところと、それすら生えていない裸地同然のところがある。とりあえず、約束のシカのフンからガラスを作るために、材料となるフンを集めてもらう。そぼ降る雨にフンを拾う姿は決して美しくない。がそれよりも好奇心が勝るのでみんな一所懸命にフンを拾う。

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ガラス作りの原料となるシカのフン

 あいにくの雨なので、大元公園無料休憩所にある事務所を使わせてもらうことにした。窓を開け放ち、換気を良くする。何しろフンを焼くわけだから臭かろうというわけではない。シカのフンは焼いてもまったくそれらしい臭みは出ない。そうではなく、ガラス製造の過程で使う、鉛の化合物の蒸気を排気するためである。ほんの微量ではあっても密室で作業するのは危険である。換気を良くするのに越したことはない。
 では、実際にガラス製造の工程を順を追って紹介しよう。
 まず、集めたシカのフンに着いているゴミをきれいに取り去り、カップ一杯ほどを用意する。このきれいになったフンを100円ショップで購入したステンレスの小鍋にいれ、ガスバーナーで焼却する。

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2台のバーナーで焼かれたフンはまもなく炎を上げる。これでもかというくらい、およそ15分ほど焼き続け、徹底して有機物を燃焼してしまう。有機物が消滅したフンは、ふわふわのねずみ色をした俵のようになる。バーナーにあぶられると飛んでいってしまいそうになるのをなだめなだめてパウダー状の灰にする。

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 もうあぶっても炎が出なくなると、冷やしてからこれまた100円ショップの茶こしでふるい、大きな不純物を除く。この灰を2グラム計測して、そこにホウ砂と一酸化鉛をくわえ攪拌して、るつぼに投入。
 再び、バーナーで1000度C以上に熱すると、るつぼの中の灰が飴のように溶け始める。完全に溶け、流動性が出てくると、今度は冷却してガラス化を待つ。ただ、冷やすときに焦ってしまうと、ガラスは細かく砕けてしまうので、時間をかけて冷やさねばならない。冷却用の鍋を温めておいてるつぼの中で解けている飴をそこへ流し込む。ゆっくりと冷やしてできたガラスはやや茶色がかった鶯色の半透明のきれいなものだった。

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 思った通りシカのフンからガラスを作ることができた。国内初、いや世界で初めての快挙かどうかは知らないが、シカのフンからガラス作りというのはそうそう思い付くものではないだろう。いったいなぜそんなことを考えたのか。とよく聞かれるのだが、そのいきさつはこうだ。
 まず、今回協力してくれた寺山さんは勤務する学校の化学クラブの生徒と一緒に校庭の土からガラス作りをしていた。その話の中で、よく覚えていないのだが、植物からもガラスは作れるでしょうと私が尋ねたときに、シダで作ったことがあるといったように記憶している。シダでできるなら珪酸を多量に含むササでもススキでもできるに違いない。しかもこれらは動物の消化液で分解することもなくそのままフンとして排泄されるはずだから宮島でシバを食べているシカのフンからガラスを作ることは可能であろうと発想したわけである。また、殆ど人間の与える餌に頼って生きているシカのフンではガラスはできない。そこで、フンからガラスを作ることを通じてシカの食物の質を知ることもあるいは可能なのかも知れないと思っている。これは今後の課題だ。
 それと、花粉にもガラス質が含まれているので、春に大量に飛散するマツやモミ、スギの花粉からもガラスができるかも知れない。誰か挑戦してみますか?
 写真の大きな円い黒いガラスは鉄製の鍋で溶かしたもので小さく割れてしまったガラスがるつぼで溶かした不純物の少ないガラスです。
 というわけで、天気には恵まれなかったが、大変おもしろいセミナーでした。
以上 再録

 

 

やんばるの森事情 2 オキナワウラジロガシの話

  やんばるの森は、照葉樹に覆われた亜熱帯の森であるが、それがどのようなものななのか本土の人間にとってあまり馴染みがないのである。本土だけではなく、沖縄県民でも都市に暮らす人たちにとってはやはり馴染みの薄いようなので、本土の人にとっては一段と馴染みが薄いのも無理からぬことかも知れない。馴染みがなければなかなか親しみも湧いてこないのも道理である。自然への無関心はその破壊に対しても無関心とならざるを得ない。やんばるの森の皆伐問題はそうした無関心を背景として止むことなく続いている面もあるに違いない。逆にみんなが強い関心を持てば、現状も変わるのではないかと期待して、まずはやんばるの森について、話題提供をしていくことにした。今回は、オキナワウラジロガシの話です。

 日本にはドングリのなる樹種が数多くある。落葉性のミズナラ、コナラ、クヌギ、アベマキなどはいわゆる里山の樹木として知られているし、常緑樹であればアラカシ、シラカシウラジロガシ、ツブラジイ、スダジイなどが身近な存在である。

 たとえば私の地元宮島とその周辺の常緑林には、海岸沿いにウバメガシ(備長炭の原料)、そこから標高が上がるにしたがってシリブカガシ、ツブラジイ、ウラジロガシ、ツクバネガシ、アカガシが見られるようになるが、アラカシは海岸沿いから山頂部まで広く生育している。このようにドングリがなる樹木はごく当たり前の存在となっている。ところが驚いたことに沖縄の人たちは、自分たちの暮らす島にドングリがなる樹があることを知らない人が意外に多いという。この話を聞いて、こちらが驚いた。

 沖縄にはオキナワウラジロガシ、マテバシイ、イタジイというドングリのなる樹はあるし、特にイタジイはやんばるの主要な樹種である。それにも関わらず、知らないとは、驚きの極みである。

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  この写真は国頭村伊部集落近く、県道70号線から西へ30分ほど歩いた伊部岳の麓にあるオキナワウラジロガシである。胸高直径が2mを超えるこの樹はやんばるでも最大級のオキナワウラジロガシである。ちなみに後ろに写っている人物は、一緒に調査をしていただいた故河野昭一先生の懐かしい姿である。

 オキナワウラジロガシ(Quercus miyagii)はウラジロガシ(Quercus salicina)に似ているが、奄美大島西表島までの琉球列島にのみ生育する固有な樹種で、その果実、ドングリは直径2.5cmを超えるものもあり、日本最大である。11月下旬に川沿いのやんばるの森を歩いていると、時々、ドボッという音ともに大きなドングリが落ちてくる。ポチャンではなくドボッという鈍い音は恐怖ですらある。頭にでも当たったらかなりのダメージを受けるに違いない。材質はイタジイよりも堅く、寿命も長い。そんなオキナワウラジロガシだが、林道沿いではほとんど見かけることがない。

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 それはオキナワウラジロガシの生育する場が、ここやんばるでは川沿いの斜面や湿地に限られているためである。オキナワウラジロガシは湿潤な環境でしか再生できないようなのだ。西表島のように一様に温暖湿潤な環境であればほぼ全域で生育できるのであろうが、比較的乾燥がきついやんばるでは沢から離れた斜面や尾根部には生育していない。

 私たちは2009年に、林道敷設予定地の伊江川流域でオキナワウラジロガシとイタジイの再生に関する調査を行ったことがある。その詳しい内容は「やんばるにおけるオキナワウラジロガシの現状と保全」(日本森林生態系保護ネットワーク論文集Ⅰ)か「やんばるの森のまか不思議」(沖縄大学地域研究ブックレット12 2011)に譲るが、オキナワウラジロガシの置かれている現状や特徴についてかいつまんで紹介してみよう。

 私がオキナワウラジロガシと初めて出会ったのは2003年、西表島でのことである。しかしこのときはなんということもなく、その印象もサキスマスオウの板根やマングローブ林に比べれば、極めて薄かったというのが正直なところである。それから5年後、やんばるの林道問題へひょんなことから首を突っ込むことになり、現地視察をすることになった。伊江川へ案内されてそこでオキナワウラジロガシの群落にであい、いくつかの疑問が湧いてきた。そこで見たオキナワウラジロガシはどれも大径木で若木が見あたらないのだ。そしてどの樹にも萌芽した痕跡がない。そもそも萌芽更新はないのだろうか?それに加えて若木もないということはとりもなおさず、オキナワウラジロガシの再生がうまく行っていないことの証なのではないかということである。その阻害要因は何か、やんばるの森林問題に関わる中で、これを解き明かす必要があるという問題意識を次第に抱くようになった。まずはオキナワウラジロガシの生育状況を把握しようと、あちこちの森林を見て回ったが、意外なほど少ないということがわかった。ただ、伐採地に立ってみると、沢筋に近い斜面や谷底の湿地に大きなオキナワウラジロガシの切り株が見つかるということを経験的に学んだ。どうやら湿度(水)がオキナワウラジロガシの生育に大きな要因として関わりがありそうなことがみてとれた。

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 2009年。この年はオキナワウラジロガシが大豊作で、調査地の伊江川の支流には大きなオキナワウラジロガシのドングリが転がっていた。それが翌年の2月には一斉に芽吹いて20cmほどの幼樹となっていた。伊江川の支流では写真の様に川沿いのごく限られた範囲に集中しており、川から十mも離れた斜面にはもうほとんど実生は見られない。

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 植物の種子は、母樹からなるべく遠いところで発芽し、母樹と競合しないような工夫がみられる。たとえば、果実を実らせる多くの樹種は鳥やケモノに運んでもらうための工夫を果実に施しているし、カエデやテイカカズラのようなものは風の力を借りて分散する工夫がみられる。またヤナギやカツラのように水辺に生育する樹種は水流によって種子が運ばれるものも少なくない。

 ではオキナワウラジロガシのこの大きなドングリはどのようにして種子をばらまいているのだろうか。この大きさから見てどう見ても動物や風によって運ばれる種子ではなさそうだ。本土のブナやミズナラ、コナラなどのドングリ類は、アカネズミやヒメネズミなどの哺乳類、カケスなどの鳥類がドングリを運び出して土中に埋設し、そこで発芽するというケースもあることが知られているが、やんばるでは大きなオキナワウラジロガシのドングリを運ぶようなネズミ類も鳥類もいない。ケナガネズミくらいの大きさがあれば、あるいはそれも可能かも知れないが、ケナガネズミそのものも希少であり、種子頒布に貢献することはほぼないだろう。ほとんどのドングリは斜面を転がし落ち、水路へ落ち込んでいく。たまに斜面の岩の凹みや平坦な湿地に落下したドングリはそこで発芽する。ひたすら重力と水流に依存しているとしか考えられない。イタジイなどの小さなドングリであれば、台風などの強い風が吹けば斜面上部へと吹き飛ばされることも考えられるが、さすがにオキナワウラジロガシのドングリでは相遠くへは吹き飛ばされることもなさそうだ。

 つまり、オキナワウラジロガシは母樹の近辺か、それより低いところへ向かって転がったり、流されたりして分布を広げていく樹種なのだろう。実生の分布を調べてみるとこうした実態が見えてくる。

 つまりオキナワウラジロガシの種子は

1.種子頒布はひたすら重力と水流に依存している。

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オキナワウラジロガシの実生

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 つまり、少なくともやんばるでは川沿いに分布を広げていく河川依存型の樹種といえる。そして水辺に分布が限られる要因はもう一つある。それは

2.種子は耐乾性が低く、再生には川沿いなどの安定して高い湿度条件を必要である。

ということである。

 ドングリ類は乾燥に弱く、意外と短期間で発芽能力を失ってしまうものらしい。やんばるの森は、沢から少し離れた斜面は意外に乾燥している。したがって斜面に取り残されたオキナワウラジロガシの種子は発芽することなく、消滅していくことになってしまうのだろう。そしてさらに

3.一定樹齢をすぎると萌芽更新する再生力は低下し、再生が困難である。

という事実が再生を困難なものにしている可能性もある。

 カシ類を始め広葉樹はおおむね再生力が強く、幹が折れたり、切られたりしても根が残っていれば萌芽して再生するが、それもある程度の樹齢までのこと。樹種によって再生能力寿命はことなるが、大木となったオキナワウラジロガシではほぼ萌芽による再生はできないようだ。ほとんどのオキナワウラジロガシは株立ちしていないことも、萌芽更新が少ない樹種の現れなのかも知れない。

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イジュの萌芽

したがって私は当初、オキナワウラジロガシは萌芽更新しない樹種なのだと思っていたのだが、ある場所でそれを覆す事実にであった。若く湿度の高い環境ではちゃんと萌芽更新することを確認してそれまでの考えを改めたことがある。

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萌芽更新しているオキナワウラジロガシ

 伊江川の調査地近くで、切り株の直径が20cmほどの若い樹で萌芽更新をしているのを発見したのだ。幹はもうほぼ腐りきってしまうような状態であったが、萌芽は5cmほどにまで成長していた。おそらく幹の腐朽と萌芽とは時間との競争なのだろう。

 オキナワウラジロガシについては、まだ多くの謎が残されている。たとえば何故あのような大きなドングリを稔らせるのか。これについてはまだ明確な答えが見つからない。一つの可能性としては初期成長の速さが生き残りに重要な性質なのかも知れない。これまで見てきたように、やんばるのオキナワウラジロガシはほとんど土壌のない岩の凹みのようなところで発芽し、生育している。たっぷりと栄養をため込んだ大きな種子は暗い森の中で少しでも他の植物の上に葉を広げ、一定期間を生き延びるのに効果的な形質であることは想像できる。

 これに加えてオキナワウラジロガシにはもう一つ面白い性質がある。それは板根を発達させるというものだ。

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写真の板根はまるでサキシマスオウのものに匹敵するほどだ。これほどではないにしても多くのオキナワウラジロガシは板根を持っている。イタジイなどにもある程度は見られるが、オキナワウラジロガシは土壌層の薄い生育場所とも関連しているのだろうが、よく発達している。川沿いの崖地や急斜面に生育するオキナワウラジロガシの発達した板根は、斜面上部から流れてくる土砂や落ち葉などを根元にため込み、土壌層を形成する。このこともやんばるの生物多様性の創造に一役買っているに違いない。その話はいずれまた、ということにしよう。
 土壌はないが比較的光の届く沢筋で成長すれば、
これまでの話を総合して考えて見れば、皆伐が続くやんばるの森では、オキナワウラジロガシが減少しつつあるのも頷ける。 

 いかに保全に気を遣っている様な印象を与える施業形態でも皆伐は生物の生存に大ダメージを与える。源頭部(河川源流部)のオキナワウラジロガシの喪失は、その下流域への種子供給を根底から破壊する。源頭部の母樹の保存は流域全体の利益につながることを肝に銘じてもらいたい。

 オキナワウラジロガシにまつわる話はこれくらいにしておきましょう。果たして次回はどんな展開になるやら。お楽しみに。  

 

 

やんばるの森事情 1 やんばるの森散策

 前回は森林伐採の現場を紹介したが、こうした森林伐採がやんばるの生物多様性にいかなる影響を与えるかということを考えてみたい。だがその前に、そもそもやんばるは本来の森林って?、そこはどんな世界なのか、どのような生きものが暮らしているのか、といった素朴な疑問に答えておくことにしよう。

 下の写真は大国林道・長尾橋から眺めたやんばるの森である。よくポスターなどで見るやんばるの森はたいていここからの眺めたものである。もこもことしたブロッコリーのような森。このもこもこした樹木はイタジイ(スダジイ)で、このイタジイが優占する森、それこそやんばるの森の基本的景観である。写真は5月、いわゆる「うりずん」に撮影したもので、白い花はイジュ(ツバキ科)である。写真を見る限り、やんばるはこうした立派な森が延々と続いているかのように思えてくる。

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大国林道・長尾橋から見たやんばるの森

 しかし遠目には立派な森林に見える森でも、実際に足を踏み入れてみると意外に細い樹ばかりでがっかりすることも少なくない。というか、今のやんばるにはそんな森のほうが圧倒的に多いのだ。

 では本当に豊かなやんばるの森とはどんなものなのだろうか。その一部を画像で紹介してみよう。写真アルバムやんばるの自然 をご覧ください。

 

 やんばるの森散策

 やんばるとは山原の意味で、その地形は本土の山岳帯とは異なり、大きな山体を有するものではない。名前の通り、丘陵といった方がわかりやすい。千葉の房総半島内陸部や下北半島の地形に近く、平らな地面が東西南北から押されて地面にしわが寄った様な地形に特徴がある。せいぜい2-300mの山が複雑に連なり、小さな川が網の目のように流れている。森を眺めての印象は一見なだらかで歩きやすい森に見えるが、実際はかなり歩きにくい。それは樹木が地形の厳しさを覆い隠しているからに他ならない(下の写真参照)。

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 伐開地に立って森の断面を見るとわかるように、谷に近い樹木は樹高も高く太い。それに比して尾根部では季節風も強く、乾燥しやすいために樹木の生育は遅れ、樹高もかなり低い。また地形は沢筋の土壌は浸食されて岩盤が露出し、川沿いは数メートルの高さの崖となっていることが多い。つまりお椀を伏せたような地形の集合体と思えばわかるだろうか。その結果、樹木に覆われたやんばるの山並みはなだらかに見えるが、実際に森を歩くのは、粘土質の赤土の斜面と相まって容易ではない。またこの赤土の土壌はかなり酸性が強く農業には適さない。

 薄暗い森

 やんばるに残る古い森に足を踏み入れてみるてまず感じるのは、暗いということかも知れない。その暗さにはすぐに馴れて気にはならないのだが、写真撮影をするとなるとこの暗さに苦労することがある。動きのある鳥やパンフォーカスで景観をカメラに収めようとすると、どうしてもスローシャッターを切らねばならなくなり、息切れした身体では手持ち撮影で苦労する。

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 写真はそれほどでもないのだが、巨樹に覆われた森では樹冠が完全にふさがれて林床はかなり暗い。そのため林床に生育する植物は意外なほど少なく、すかすかである。熱帯、亜熱帯の森は、いわゆるジャングルのような樹が密性して歩きにくいと思うかもしれないがそれは誤解である。

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 森林内部は暗いだけではない。沢沿いの森は湿度が高くしっとりとしている。ところが尾根部は冬の強い北西風のためやや乾燥がきつい。そんなこともあってわずかな高低差ではあっても、生育している樹種は斜面の上部と下部(沢沿い)とでは異なっている。たとえば高温多湿の谷筋から中腹まではイタジイやオキナワウラジロガシの巨木が生育しているが、尾根部周辺は乾燥に強いアデクリュウキュウチクの群落となっているだどわずかな標高差でも大きく植生が異なる。

 生物にとって湿度(水分)は生死を分けるかなり重要な要素である。極端な言い方をすれば、水問題を解決することも生物の進化に大きな影響を与えてきたのである。逆説的な言い方をすれば、水を求めて水と縁を切るように大進化が生じたと言えるのかも知れない。身体の内部に豊かな水環境を保持できる身体の仕組みを獲得することで水の少ない新しい生息域を獲得してきたことは脊椎動物の進化史にも見られる。

 生物はこのような水問題の解決とともに 1.いかにして食物を獲得するか、そして逆に 2.いかにして他の生物の食糧とならずに暮らすか、そして3.いかにして子孫を残すか、という三つの難問を同時に解決しなければならなかった。この多元方程式を多様な環境の中で解決するために生物同士の多様な相互作用が生じ、多様な関係が構築されてきた結果が現在の生物世界である。 

 だから湿度も気温も高い亜熱帯のやんばるには、本土にはない多様性がある。そんなやんばるの森を探索しながら散策してみよう。 

 やんばるの川筋を歩くとそこここにかなりの巨樹に出会う。ほとんど岩盤のような川沿いの崖地の上部には、板根を発達させたオキナワウラジロガシがまるで斜面の崩落を食い止めるがごとく岩盤に板根を伸ばして立っている。

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川縁の岩盤にそそり立つオキナワウラジロガシの巨木

 日本最大のドングリで知られるオキナワウラジロガシであるが、今、このオキナワウラジロガシは毎年の皆伐で姿を消しつつある。その辺の事情を少し詳しく述べたいが、それは回を改めてのこととしたい。ここまでやんばるの森事情を紹介しようと書き始めてものの、どうもそう簡単には話が進みそうにない。ということですこし予定を変更して、これからはシリーズでやんばるの森事情を紹介していくことにします。

 次回はオキナワウラジロガシについて、これまで調査してきてわかったことなどを少し詳しくお話をします。ということで、中途半端ではありますが、今回はこのくらいにしておきます。