生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

森林生態系を破壊するメガソーラー・風力発電計画

ナキウサギふぁんくらぶ会報「ナキウサギつうしん No93 」より転載

 

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愛媛県佐多岬半島の尾根筋に林立する風車。近くに伊方原子力発電がある。
                                                                                                     (2019年,金井塚撮影)

はじめに―再生エネルギー計画の問題点

 2021 年 8 月のお盆は西日本を中心にかつて無い集中豪雨に見舞われ、各地で河川の氾濫、土砂崩れなどが発生しました。この原稿を書いているのはこの災害が進行中のことです。このところ毎年のように日本のどこかで大規模な災害が発生しています。集中豪雨の原因はある地域に積乱雲が連続して発生することで生じる線状降水帯(以前は湿舌などと呼ばれていた)なのですが、そのような気象現象を引き起こす大元の原因は地球温暖化を影響で海水温が上昇し、大気中の含有水蒸気量の増大にあります。 この地球温暖化1850年頃のイギリスの産業革命以後の化石燃料をエネルギー源としたことに始まりますが、問題がグローバル化し、気候変動に及ぼす悪影響を回避しようと国際的な脱炭素社会に向けての取り組みが始まっているのは、ご存じの通りです。

  脱炭素社会の肝はエネルギー問題に有りとばかりに政府は脱石油を目指し自然再生エネルギーへと政策を転換させました。メガソーラー発電計画や大規模風力発電計画がそれです。メガソーラー計画では農地や里山を、地上風力発電計画では山地の尾根に大規模な施設を設置することになります。つまり、休耕田や廃田などの農地や里山の森林を切り開き、斜面を削り、谷を埋め立てて発電設備を設置しなければなりません。その結果、大規模な発電所建設に絡んで土石流などの大規模災害が頻発するという事態が生じています。災害を防止するために転換したエネル ギー政策のためにさらなる災害を誘発するとは本末転倒そのものです。

 「自然再生エネルギーは必要ですが…」とは再エネ問題を論じるときに枕詞のように言われるフレーズです。 今日のようにエネルギー大量消費社会を持続させようとすればその通りかもしれません。しかし本当にそれほど大量のエネルギーが必要なのか、そのエネルギーを得るためにどれだけの犠牲が必要なのかを考えると、また別の答えが見えてくるはずです。ですが、ここで再エネの是非を論じるつもりはありません。ここでは森林を破壊することの問題をすこし具体的に考えてみようと思います。

森林破壊と災害の歴史古来から高度成長期までの里山と奥山の森林利用

 まずはじめに、人間の暮らしと森林破壊との関連を振り返ってみましょう。 私が暮らす中国地方は、古来から森林の過剰利用の痕跡が今も残っています。沿岸部では造船の用材に、製塩や日常の薪炭用に、内陸部では窯業やたたら製鉄のために森林は回復不能なほどに切り尽くされてきました。特にたたら製鉄では、大量の炭を必要とし原料の砂鉄は花崗岩の風化土を切り崩し、それを川に流して採取するという鉄穴流(かんなながし)が行われていました。その結果生じた残土で谷を埋め、棚田を造成してきた歴史があります。 中国地方の棚田や瀬戸内の白砂青松という独特の景観はこうして形成されたものです。たたら製鉄にかかわる大規模な森林破壊の結果、中国山地ではニホンカモシカやニホンリスなどの哺乳類が絶滅してしまいました。

 しかしながら、たたら製鉄磁鉄鉱を含む花崗岩地帯に限られ、磁鉄鉱を含まない花崗岩地帯である西中国山地の南西部では依然として豊かな森林生態系が残存していたことは間違いありません。私たちのツキノワグマ調査フィールドでもある(大規模林道問題で話題になった)細見谷渓畔林はその代表例で、西中国山地の生物種のストックとして貴重な存在となっています。

 昭和初期までは伐採した木材の搬出は、河川を利用した水運に依存していたので、滝が連続していたり、川幅が狭い急流が搬出の制限要因として働いていたので奥山における木材生産のための伐採はかなり限定的なものだったようです。

 森林の伐採状況が大きく変化するのは、林道の敷設、チェーンソウや索道の普及とトラック輸送が可能となった戦後のことです。この技術転換がなされる直前の様子を知る古老の話を聞くと、巨木を伐っても伐っても森の様子が変わるということもなく、うっそうとした山にはコウモリ類をはじめ多くのケモノや野鳥、川にはゴギ(イワナ)やアマゴ(ヤマメ) が信じられないくらい生息しており、作業員の食糧として困ることはなかったといいます。

高度経済成長期における過疎化と里山と奥山の森林生態系の破壊

 こうした状況が一変するのは高度経済成長を国是とした 1960 年代のことです。農林水産業主体の産業構造を重化学工業中心の工業国家への転換が森林生態系の破壊を推し進めることになりました。主要河川には発電や工業用水の確保といった利水、災害予防など治水などを目的とした多目的ダムが構築され、森―川―海をつなぐ物質循環系は分断されてしまいました。森林は建築資材の確保のための大面積皆伐が進行し、その跡地には針葉樹への転換を目的とした人工林の拡大やそれに関連して治山のための砂防堰堤が設置され、河川生態系に決定的なダメージを与えることになりました。こうした森林帯の破壊により自然の生産力は大きく減退しました。

 そしてさらに追い打ちをかけたのが、それまで利用されていなかった薪炭の生産などを行っていた広葉樹林(低位利用広葉樹地帯)の樹種転換を目的とする大規模林業圏構想です。全国 7 カ所に設定された大規模林業圏の中核をなす幹線林道(大規模林道)は不釣り合いなほど高規格 の道路で、貴重な森林帯の生物多様性を根底から破壊し、全国各地に大きな爪痕を残しています。取り返しのつかない破壊を招く大規模林道計画に対して、全国で多くの反対運動が展開され、北海道や広島ではこの計画を中止に追い込むことできました。数少ない市民運動の大きな成果です。

 話を少し戻します。1960年代の高度経済成長期になると、自然と人との関係が大きく変化します。内陸部の農山村(中山間地域)に暮らす人たちは、労働力として沿岸部の都市へと移住し、過疎化が進行しました。こうした産業構造の変化はエネルギーの利用状況にも大きな変化をもたらしました。いわゆるエネルギー革命です。その結果、農業生産用の堆肥として、あるいは生活のためのエネルギー源(薪炭)として、そしてまた家屋や農機具など生活に必要な道具の材料として利用されてきた里山はほとんど利用されることなく放置されるようになりました。

 そのことはある意味では里山における森林生態系の復活とも言えるのですが、人間が利用しなくなった里山の生産物(薪炭用の樹木やその果実、農業用の堆肥の原料となる落葉や用材として利用する木材をはじめ、動物も含めた森林生態系の全ての有機物のことです)は人間に代わって野生動物が利用するようになります。

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人工林の中の沢で発生した土石流は砂防ダムでは止まらなかった。 広島県安芸太田町横川 (2004 年,金井塚撮影)

 一方、奥山ではすでに広葉樹林からスギ・ヒノキへの樹種転換が進み、皆伐地にはダム・砂防ダムが設置され、河川生物相の壊滅的ダメージを受け、山地帯での生物生産量(バイオマス)が低下し、野生動物の暮らしを支えきれない状況となっていました。最近のクマの出没件数の増加にみられるように、多くの野生動物は奥山から人のいなくなった里山周辺を主な生息場所とするようになったのです。これは生態学的にはごく当たり前の出来事です。

 こうした背景があって、今日のメガソーラーや大規模風力発電計画が顕在化してきたのです。つまり生産力を回復してきた里山にはメガソーラー計画が、そしてかろうじて多様性を維持している奥山には大規模風力発電計画が目白押しの状況で、こうした再エネ事業による自然破壊は野生生物にとって存亡の危機にあるということは決して大げさな言説ではありません。そこで次に森林を破壊すると何が起こるのか?とうことについて考えてみます。

生物多様性(Biodiversity)の持つ意味と森林破壊が生態系にもたらす影響

 ここでわざわざ生物学的多様性などという言葉を持ち出したわけを簡単に説明しておきましょう。今日では生物多様性(Biodiversity)と言葉はよく知られた言葉として耳にしない日はないほどです。これは元々生物学的多様性(Biological diversity)という言葉からの造語で本来両者に違いはありません。ところが不思議なことに言葉を簡略にすると概念までもが簡略化され、希薄になるようです。

 一般に生物多様性というと、「生息している生物の種が多様」であるという程度の意味になっているように思います。それも間違いではないのですが、生物は暮らしを持つ生命体でその歴史(進化史)や環境との相互作用までも含めた概念であるということが希薄になってしまうようです。

 それぞれの種にはそれぞれ固有な暮らしがあり、その暮らしを通じて生物間で相互作用を及ぼし合って生きています。つまり森林は一つの極めて複雑なコスモスといってもいいでしょう。例えば、古木に洞(うろ)ができれば、そこはフクロウなどの野鳥類やモモンガ、コウモリ類の巣として繁殖の場となりますし、幹のくぼみですら着生植物の暮らしの場ともなります。枯れた樹は昆虫類や粘菌類をはじめ多種多様な菌類の格好の暮らしの場ですし、水の貯留場としても機能します。森林内がひんやりとしてしっとりとした空気に包まれているのは、植物の蒸散作用に加えてこうした腐った古木の湿度調節機能が働いているからです。安定した湿度は多くの生きものにとって重要な条件でもあります。

 この観点から見ると、林床に積もる腐葉土層も生物学的多様性の極めて重要な要素です。森に降った雨は葉や樹 幹を伝って林床へと流れ下り、腐葉土層に到達します。この腐葉土層にはスポンジのように多くの隙間があり、雨水を貯留します。貯留された雨水は地下へと浸透し、時間をかけて地下水脈へ到達したり、蒸発して林内に戻っていきます。こうして腐葉土層は一年を通して湿潤で地温も安定しており、ミミズなどの環形動物をはじめ粘菌類や腐朽菌類、キノコ類などの菌類はもちろんササラダニ類や小さなキセル貝など普段目に見えない様々な生物が暮らす場となっています。

 このような土壌中の小さな生きものは、食う食われるの関係に加えて落葉や動物の死骸などを食資源として利用するなど、その生産物(排泄物)は別の生きものたちの糧となって最終的には有機物を水と二酸化炭素へと分解するという機能を担っています。その水と二酸化炭素は植物の光合成に利用され樹木の生長に使われます。この生きもののネットワークこそが森林生態系と呼ばれる物質循環系なのです。とはいえ、この物質循環系は森林内に留まるものではありません。森林を流れる川や地下水を通して様々な物質(土砂などの無機物や無機塩類、落葉や生物の排泄物や死骸などの有機物、生物そのものなど)が海へと流れ下ります。川を流れ下る物質には土砂などのように一方通行のものもありますが、多くの無機物や有機物は大気循環や生物の力を借りて森林に戻ってくるものも少なくありません。このように森―川―海には大小様々な循環系があって、生物の世界を構築してます。

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植林した人工林は根張りが浅く、ちょっとした集中豪雨でも斜面崩落 を招きやすい。 広島県安芸太田町横川 (2004 年,金井塚撮影)

 こうした自然は一見すると調和のとれた静的なものに見えますが、実際にはそれぞれの種が環境への働きかけ(生活)をしており常に動いてます。これを動的平衡と言いますが、自然を予定調和の世界とみるのではなく、多くの種がそれぞれの働きかけを通して(相互作用)、動的平衡を保っている世界なのです。ですから森林の小さな破壊や各欄は元の戻る力が働くということでもあります。しかし破壊の規模が大きくなるにつれて、復元には時間もかかり、場合によってはそれまでとは異なる自然へと変化することになります。さらに規模の大きな破壊や改変が起これば復元不能ということになります。

・メガソーラー等は森林生態系の大規模破壊と土石流災害をもたらす

 このようなことを踏まえて、メガソーラーや大規模風力発電事業の問題点を整理してみましょう。かつての古老の話のように、森の中の樹木を選択的に伐採(択伐)し、腐葉土層を破壊しないのであれば、 攪乱の度合いは低く多様性を回復するという効果もあります。しかし広い面積の樹木を全て切り尽くす皆伐では、面積によりますが生物相に与えるダメージは相当なものになります。農地の後背地である里山では、過剰な利用をせず、10-20 年周期での伐採であれば、切り株からでる萌芽による再生(萌芽更新)によって持続可能となるばかりか、小程度の攪乱によって多様性も維持されます。 江戸後期から昭和前期までの武蔵野の雑木林がその典型例です。

 ところが、メガソーラーではかなりの面積で斜面の掘削しますし、巨大風車を尾根筋に設置する大模風力発電では斜面の掘削に加えて大規模な道路の設置も不可欠です。森林内に大規模な道路を敷設することは森林生態系を根底から破壊することになりかねません。道路の敷設で林内は乾燥化が進行し、林縁部から樹木は立ち枯れることになります(林縁効果)し、掘削や盛り土によるは腐葉土層の消失によって、森の生産物のストックである埋土種子や土壌生態系そのものを破壊してしまいます。こうなると多様性の再生は困難なだけでなく、土石流災害の原因ともなります。かつて山の民の戒めとして「尾根と沢はいじるな」というものがあり、林業関係者の間でもそれは常識でした。尾根筋の伐採や掘削は土石流の原因となることをよく知っていたからに他なりません。また、沢筋も同様で、水辺の生物多様性は森の命ともいわれものです。

 そうした生物学的多様性のイロハもわきまえない、メガソーラー計画や大規模風力発電計画は破壊行為そのものと言えるでしょう。私たちの将来と引き換えにはできません。自然エネルギーも食糧と同様、小規模な地産地消を基本とするローカリズムが肝要なのではないでしょうか。

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開発中のメガ―ソーラー (奈良県平群(へぐり)町) 森林を伐採し、斜面の切土・盛土に より谷筋を埋める。48haの予定地に 6 万 5000 枚のソーラーパネルを並 べるという。 数値偽装の発覚で、現在、工事停 止命令が出ている。 (2021 年7 月,市川利美撮影)