生きもの千夜一話 by 金井塚務

大型ほ乳類の生態学的研究に関するエッセイ、身の回りの自然、旅先で考えたことなどをつれづれに書き連ねました。

日本の堤防はなぜ決壊してしまうのか-水害から命を守る民主主義へ 西島 和 著 現代書館 1600円+税

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 最近とみに増加している河川の氾濫、堤防の決壊、あるいは土石流による大災害は市民の生命と財産はもちろん、将来にわたる地域の暮らしに大きな不安をもたらしている。
 マスメディアは地球温暖化という遠因を指摘しつつ、ダムや砂防ダムの未整備が直接的な原因であることを暗に指摘する報道も目立つ。しかし、本当にダムを整備すれば大水害は防げるのだろうか。ダム万能論はもはや神話に過ぎないことは科学期にも証明されている。しかし行政はこうした河川の氾濫や豪雨被害を名目に、ダムや砂防ダムの整備に精を出している。もちろん中には災害防止(治水)のためにダムや砂防ダムが必要な場合もあろう。しかし大半は災害を名分にしてダムを設置することが目的化しているのではないだろうか。そんな疑問がわいてくる事例が多い。
 ダム(砂防ダムも含む)は、生物の生存に不可欠な物質循環を分断し、生物生産と多様性を破壊するという、生態学上大きな問題を抱える構築物である。残念なことに生物的自然は無限に再生産するものと言わんばかりに、社会インフラの整備の可否を検討するさいに生態学的な見地は無視され続けている。持続可能性が厳しく問われている21世紀の今日において、これは決定的な欠陥でもある。
 日本の社会的インフラの整備事業には必ずしも必要なものばかりではない。これは誰もが知っている事実なのだろうが、実際にはこうした無駄な公共事業はそれが科学的に根拠がなくともあるいは経済的に効果が期待できるものでもないことが明らかになっても止まることがない。
 なぜだろうか?こんな疑問が当然のごとく湧き上がってくるはずなのに、世間ではそんなものさという冷めた感覚というか、無関心が蔓延している。どうせ民意は無視される、それが日本の政治状況なのだろう。政権は脱法だろうが違法だろうがやりたい放題なのだが、問題は政府だけではない。
 公共事業は政(府)・官(僚)・業(界)・司(法)・学(界)・報(道)の六環がハニカム構造のごとくがっちり連関し、既得権益を手放さないからである。市民の批判や政策提言はいかに科学的・合理的であろうとも、ほぼ無視されてしまう構造がある。

 官僚組織を維持するためには仕事を作り続ける必要がある。最初にダムを造ると決めると、ダムを建設するための部局が作られる。つまりポストができ予算が付く。そのポストと予算を存続するためには、何が何でも仕事を作り続けなければならない。従ってダムをつくって災害を防止しようとする手段が、次第にポストを維持するための目的となる。地図を眺めて、ダムが造れそうなところを見つけ、理由をこじつけても、鉛筆をなめなめ計画を練ることになる。これが実態ではないだろうか。林道問題ではそうした事態が明確に見て取れた。そんな計画を推進してもうけるのが業界であり、それを後押しする政界である。また問題となる計画にお墨付きを与えるのが御用学者を擁する学会であり、ご用報道である。もし仮に裁判と言うことになれば、司法が行政を追認することとなる。

 こうして政(府)・官(僚)・業(界)・司(法)・学(界)・報(道)の六環の見事な利権のハニカム構造が完成する。

 このような難攻不落の構造に素手で立ち向かってかなう相手ではないが、一つだけ戦う手段はある。それが権利を手にした市民による民主主義の確立である、というのが著者の主張である。お願いではなく、権利としての政策決定への市民の「参加」が重要であるというのだ。
 私はこれまで、広島県の「細見谷渓畔林を縦貫する大規模林道問題」に関わる中で、著者の主張のだだ示唆を実感している。この問題では署名によるお願いや意見書の提出など「お願いの参加」から、条例制定の直接請求、監査請求を通じての住民訴訟と強制力のある権利行使を通じて、大規模林道建設阻止と受益者付加金の行政による肩代わりが違法であることを確認し、その返還に一定の成果を上げることができた。 しかし多くの場合、市民運動は連戦連敗である。その理由を著者は、八ッ場ダム訴訟や成瀬ダム訴訟などを通じて科学的、具体的に暴き出し、その解決への提言をまとめている。
 故に本書は、一般の市民の皆さんに読んでいただきたいと強く感じている。絶望的な状況ではあるが、決して諦める必要はない。かのハニカム構造を打ち破ることができるのは、選挙を通じての権利行使に始まる。政界の構造を変えることができれば、その先の構造も変えることができる。ただし、先の民主党の失敗を真に批判的に乗り越える必要はあるが。と同時に、市民の政策決定に関して参加する権利を自覚し、行使すべく運動を展開していくことも忘れてはいけないことも本書の教えるところである。

目次

はじめに 堤防の決壊から民主主義の課題がみえる

第1章 水害対策における堤防強化の重要性

    あいつぐ堤防の決壊

    水害対策の必要性と現状    

第2章 重要な水害対策が消されてしまう 日本の政策決定プロセス

    「決壊しにくい堤防」はなぜ消されたのか

    堤防の決壊からみえてくる民主主義の課題

第3章 堤防を決壊させない民主主義へ

おわりに 変化のきざしと変化への抵抗